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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)一章 オートマトンとレガトゥス
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4話 気配は感じなかったのに

 木の種類が変われば、湿度も変わる。菌類特有の香りを感じるのは亜人だけなのだろうか。そんなことを考え、ユゼフは馬を走らせた。

 ダーラやラセルタもキノコを見つけるのは得意かもしれない。今まで身近に亜人はいなかったから、そういう話をしてみたい。そばにウィレムがいるから話せないが……


 ──ああ、でもシーマも同じなんだ。シーマが王になれば、いろんなことが変わる。きっと、いい方向に……


 トウヒの木々は空を高くし陽の光を遠ざけ、陰鬱な気持ちを増幅させる。そのトウヒの森を抜けると、今度は多様な木々が生い茂っていた。

 雑木の入り乱れる森は種々雑多な生物の気配があり、大変賑やかだ。今は薔薇の月だから、夏になればもっとたくさんの虫や鳥たちが集まってくる。


 彼らは時に食い食われる関係性でありながら共存し、互いに支え合って森を形作っている。

 虫は植物の受粉に大きな役割を果たすが、増えすぎれば植物の生育に害をなす。小鳥が彼らを補食することにより、その数を一定に保つのだ。その小鳥は森の支配者たる猛禽に食われる。猛禽の死骸は虫と小動物の食糧となり、その排泄物が植物の栄養となる。


 ユゼフは森のあちこちから感じられる生命の息吹を吸い込み、馬を走らせた。雑多な気配でごった返しているのは町と同じだが、人間より動物のほうがシンプルでいい。

 ウィレムの話を今は考えたくなかった。的確な判断のできるアスターに従うのが一番いい。


 ──何も考えたくない。


 ウィレムは急におとなしくなった。

 葉の隙間から差し込む陽光が優しく揺れ、シャラシャラと地面を移動している。それに合わせて、リズミカルな蹄の音と鈴の音を思わせる葉擦れの音が流れていった。

 森の中は穏やかで心地よく、逃げていることさえ忘れそうになる。それなのに、どこからともなく現れた不安が追いかけてくる。


 ──妙だな……


 そうだ……小鳥の「チチチチ」や「キキキキ」といったさえずりが、少しまえから聞こえない。


「ダーラ! 止まれ!」


 ユゼフは声を荒らげた。


「どうした?」


 アスターの質問には即答せず、周囲の気配を探る。


「敵の気配か?」

「いや、なにも感じない……でも、なにか変だ……」

「……ダーラ、おまえはどうだ?」

「おいらにはわからない……洞窟までは、あと二スタディオン(四百メートル)くらいだ」


 ダーラは言いながら、顔を上げて鼻をひくつかせた。


「……少し火薬の臭いがする……それと、虫が飛ぶ音かな……」


 後ろから追いついたアキラとラセルタが息をひそめて、周囲の気配をうかがった。


「オレが様子を見てきましょうか?」


 ラセルタの言葉にユゼフはうなずいた。ラセルタは馬を近くの木に繋ぎ、音を立てず森の奥へ消えていった。

 戻るまでに時間はかからなかった。最後尾のイザベラとクリープが追いついた時、ラセルタは木々の間から姿を現した。


「ユゼフ様、まずいです」


 いつもふざけているラセルタの顔は、緊張でこわばっていた。


「洞窟は機械兵士(オートマトン)に囲まれています」

 

 オートマトン──


 カワウとの八年戦争でその存在が世間に認知された。グリンデル王国の心を持たぬ兵士である。戦場となったモズへ寄越した援軍が機械兵士(オートマトン)だった。その話は死んだアルシアから聞いている。彼らの鋼鉄の体は剣を通さず火にも強く、投石攻撃のみ有効であるが、完全に破壊するまで攻撃をやめない。


「奴ら、動くものはなんでも攻撃します。ここはひとまず後退しますか?」

「こら! 勝手に自分の意見を言うな! 本気でユゼフに仕えたいと思っているなら、でしゃばるんじゃない!」

 

 アスターに叱られ、ラセルタは膨れっ面になった。


 ──だから、近づくにつれ、動物の気配が少なくなっていったんだ……


 ユゼフは、洞窟とは反対の通って来た道の方向へ意識を向けた。


 ──感じる……何人くらいか……たくさんいるな……


「来た道の方角から気配を感じる。二百人くらい……こちらへ向かっている」

「挟まれたってわけだ。ところで、機械兵士が味方の兵を見分ける方法を知っているか?」


 こんな状況下でもアスターは落ち着いている。ユゼフは首を横に振った。


 傍で話を聞いていたウィレムがうわずった声を出した。


「ユゼフ、何を言ってる!? どうして追っ手がいるとわかるんだ? その子の言うとおり、機械兵士がいるなら早く後退しなければ……」

「黙れ、黙れ!」


 アスターは喚いた。ウィレムはライオンに威嚇された猫のごとく縮こまる。アスターは構わず話を続けた。


「グリンデル兵の兜には、目立つ位置にグリンデル水晶が埋め込まれている。兵士が両手を上げるのを合図に奴らは一旦動きを止める。そうして鉱石が放つ波動を感知するのだ」

「なるほど……では、グリンデル水晶を持っていれば突破できると?」

「そうだ。この中にグリンデル水晶を持っている者はいるか?……いないだろうな。かなり高価な物だ……」


 ウィレムはなぜか“グリンデル水晶”に反応して、体を硬直させた。


「一個はある」


 ユゼフは腰のダガーに触れた。これはシーマから(たまわ)った大切な物だ。


「見せてみろ」


 ユゼフは腰から外し、アスターのほうへ投げた。アスターはそれをかざし確認すると、即座に投げ返した。


「皆、馬から降りろ! 作戦会議だ!」


 魔国で戦場を経験したからだろう。誰もが硬い表情をしていたが、動揺する者は一人もいなかった。アスターに対する信頼度は高い。全員が速やかに馬を降り、輪になった。

 時間がない。


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