2話 その子のパパです
クイーンロードにたどり着くまでは順調に進んだ。ユゼフたちは兵士と遭遇することなく、ひたすら馬を走らせた。
クイーンロード──都市と都市を結ぶ街道はそこそこ人通りがある。
アスターを先頭にユゼフ、アキラと並んだ。サチを乗せたクリープとイザベラは最後尾で少し遅れている。先頭のアスターは彼らと離れすぎないよう、速度を調節して進んだ。
サチを背中にくくりつけたクリープは無表情だが、楽ではないはずだ。勝手についてきているだけだし、サチに至っては目を覚ますともわからない、ただの足手まといである。アスターも、本音では見捨てたいところだろう。
何組か行商人や旅人とすれ違った。向こうから誰かが来るたび、緊張が走る。時がとても長く感じられた。
出発してから、二時間近く馬を走らせただろうか。
「おい! レーベが休みたいと言ってる。先頭のアスターに伝えてくれ!」
エリザが声を張り上げて、伝えてきた。それはそう。頭脳派の少年に長距離乗馬はキツい。
だが、アスターは返事を渋った。さっさとこの国を出たいのだ。国境で出会った騎兵隊はもう百日城に帰って報告しているだろうし、追っ手が迫っている。ユゼフも気持ちは同じだが……
馬を停止させたアスターと目が合った。アスターの視線はユゼフからその背後のレーベへと移る。不機嫌そうな目が、憐憫を帯びてくる。
──ああ、もう……この人は……情が移ってしまったのだな
たしか、国に同じ年頃の娘がいると言っていた。冷酷なクソジジイも、自分の子と同じくらいの子には甘くなるのか。たとえ、それが小生意気なマッドサイエンティストだとしても。
振り返り、レーベの顔を見てユゼフは納得した。
青白い額にプツプツと浮かぶ汗が見える。死んだ魚を思わせる目は虚ろだ。いつもの邪悪さを感じさせないほど、憔悴しきっている。
アスターはクリープとイザベラが追いつくのを待った。
「休憩するぞ!」
†† †† ††
宿屋の厩に馬を預け、入るまえにアスターは全員を集めた。
「二組に分かれよう」
アスター、ユゼフ、ラセルタ、エリザ、レーベで一組。残りのアキラ、ダーラ、サチ、イザベラの四人で分かれる。ラセルタ、ダーラは聖水をかけ、人間の少年の姿に変身してもらっている。シリンの言っていたことは正しかったのだ。耳や尻尾のない彼らの幼さは倍増していた。
そして、クリープだけはサチを背負っているため、外で待つことになった。ユゼフが代わろうかと提案したところ、断られてしまった。宿屋で何かあった時、迅速に動けるよう馬の近くにいたいとのこと。
なぜ、そこまでサチのことを考えてくれるのか、違和感があった。
魔国でクリープとサチはひと月ほど一緒に過ごしただけだ。大部分をサチは魔甲虫に操られていたので、実質は一週間程度になる。その短い期間に、サチと感情を持たないクリープが親睦を深めたとは考えにくい。
──百日城の隠し通路にしても、不自然すぎる……いったい何者なんだ?
そうは思っても、ユゼフは無理にサチを背負おうとは思わなかった。今、ここでクリープが裏切るのなら、百日城でとうに裏切っている。素直に任せるが良しと判断した。ちなみに、クリープはロープを前で交差させ、赤子をおんぶする体でサチを背負っている。
要衝※の宿といったところか。宿屋は街道を利用する客で混み合っていた。商隊が宿泊することもあるのだろう。ユゼフたちも十人の大所帯だ。そこそこ大きな宿で助かった。
──人が多いほうが目立たない。好都合だ
商人が多いが、旅人や騎士風の男もいる。追ってきた兵士らしき影はなく、ユゼフはとりあえず胸をなでおろした。
「エールを五人分と、なにか食べるものを……あれば一品は魚料理にしてほしい。それと甘いものも」
アスターが注文する。魚はユゼフのため、甘いものはエリザとレーベのために頼んだと思われる。気が利かないようでいて、案外優しい。
女給が去ったあと、ユゼフは周囲を確認した。
六台の長テーブルが、三列になって並んでいる。テーブルと同じ長さのベンチは前後かなり接近していた。給仕人がやっと通れるくらいの幅だ。
アキラたちとはだいぶ離れてしまった。混んでいるため、席を選べない。
ユゼフとアスターは騎士風の二人組と背中合わせに座った。並んで座る青年二人は、なにやら話に夢中のようだ。こちらを見ようともしなかった。
一方、隣の行商人はジロジロ見てきた。女、子供連れがめずらしいのか。アスターがギロリとにらむと、見るのをやめたので、こちらも問題ないだろう。
背中合わせで座っていれば、互いの会話は筒抜けだった。騎士風の男たちの会話が、嫌でも耳に入ってくる。どこかで聞いたような、若いトゲトゲした声が癪にさわった。
「だからさぁー、なんでおれたちだけ別行動なわけよ?」
不満げに声を出す青年とは反対に、もう一人の男は低く落ち着いた声で答える。
「しようがない。女王陛下がリーダーにあいつを任命されたんだから……奴らを見つけられなかったとしても、グリンデル兵から情報収集ができるから、いいじゃないか?」
なにか、おかしい──
女王陛下というのはナスターシャのことか? 他に女王はいないから、そうだろうが……「グリンデル兵から情報収集できる」とは? グリンデルの騎士がこういう言い方をするのは変だ。
それに女王直属とはいえ、下っ端が直接指示をあおぐなんてことは、基本有り得ない。あるとしたら、特別な任務を負っているとか……ユゼフは気になった。
彼らは真後ろに座っているので、どんな顔で話しているのかまではわからない。ユゼフは感づかれないよう、振り向かないギリギリのところまで首を動かした。
テーブルに置かれた兜が見える。国境で遭遇した騎兵隊とは違う。シンプルで丸いフォルム。可動式の面頬も付いている。身分は高いのだろう。普通の兵士だと可動式でなかったり、面頬もなかったり、四角いフォルムだ。座るまえにチラッと見た時、高価そうな甲冑を着ていたから、騎士かとユゼフは思ったのだ。
勤務外なのか、フルアーマーではない。一瞥した時の記憶では 腕の部分を外しており、足元もブーツだったはず──
エールが運ばれてきた。安い発泡アルコールの苦味を味わいつつ、ユゼフは聞き耳を立てた。
「情報収集もなにも……やつらの行き場所は聞いてんだから……」
「俺は興味あるがね。エリザから詳しいことを聞いてないからな? 奴らがどうやって、機械兵士を倒したのか知りたい」
「他のみんなは先にモズへ行って、ゆっくりできるっていうのになぁ……」
「ボヤくな。貴公が小用で外してる間、話していた内容だが、ジェフリーとティムは一足先に例の犬を捕まえるため、五首城へ向かうそうだ」
「ふざけるなよ! じゃ、あいつ、宿でキャンフィと二人きりじゃないか!!」
──五首城、だと!?
今、はっきり“五首城”と言った。あんな廃城に用があるのは、無頼漢か追っ手しかいない。ユゼフは戦慄した。
マリクを回収してからアオバズクへ向かえ──これはシーマの指示だ。伝書犬は拠点である五首城にいる。文を託したのが五首城だからである。
だから、ユゼフたちは必ず五首城を通って、アオバズクへ向かう。マリクはシーマの返信を持って五首城で待機しているはずだ。
伝達に使われる動物はとても賢い。犬や猫は虫食い穴を使うこともある。彼らが文を届けるためには、二つの条件のどちらかさえ整えば良いのだ。
一、匂い
二、拠点
匂いで宛先人を見つけるのは、だいたい十スタディオン※(二キロ)圏内と決まっている。また、発信源である拠点には、文を受け取るまで留まってくれる。
例の犬を捕まえに五首城へ行った──これは偶然ではない……
隣のアスターとユゼフは視線を交わした。
『すぐにここを出たほうがいい』
アスターの目が言っている。同じく会話を聞いていたのだろう。ユゼフは小刻みにうなずいた。前に座っているエリザ、ダーラ、レーベに知らせなくては……
──あれ? レーベがいない!?
「わっ!!」
後ろの席の青年が声を上げる。ユゼフが振り向くと、ちょうどレーベが彼らのテーブルの下から出てくるところだった。
──な、に、を、やってるんだ?
レーベは涎を垂らすレグルスを抱え、反対の手には丸々太ったネズミを持っていた。尻尾を握り、逆さにぶら下げている。
「すみません! ネズミがいたもので……」
「なんだそれは!? キモチわるっ!」
声が若いほう、茶色い巻き毛の青年が立ち上がり、テーブルから離れた。気持ち悪いと言ったのは食虫植物のレグルスのことか。子供じみた反応に緊張が緩む。だが……
──あれ??
茶色い巻き毛※に青い目。整った顔立ちだ。よく毒を吐きそうな薄い唇をワナワナ震わせ、クルリとした睫毛を上下させている。大型の食虫植物に怯えるその姿は滑稽で愛嬌もある。知っている顔だった。
学院時代の同級生。名前はたしかウィレム……ウィレム・ゲイン・ドラケンベル! ビリーと呼ばれていた。ユゼフと違い、社交的で騒がしいタイプだから、ほとんど話したことはなかったが……
「おれはネズミが大っ嫌いなんだっっ!! この子の親は誰だっ?」
ウィレムは嫌悪感を剥き出しにして、怒鳴った。
観念したアスターは大きく溜め息を吐き、彼らに向き直った。
「すまない。その子の父親だが……」
二人組の反応は意外だった。目を剥いて、まるで化け物でも見るかのようにアスターを凝視したのである。
迷惑な子供に怒っていたら、長髭のいかついオヤジが出てきた。それは驚くし怖い。しかし、それ以上に度を超えた反応だ。
「あ、あ、あ、アスター……さま……だ」
ウィレムが声を震わせると、一緒にいた男が素早くダガーを抜いた。すかさず、逃げようとしていたレーベを追いかけ、抱え込む。男はテーブルに挟まれた通路を出る寸前のところで、レーベを人質にとった。アスターの大剣が届かない位置で、子供の首にダガーを当てる。
レーベの手から逃れたネズミをレグルスが追った。
「何者だ? なぜ、私の名を知っている?」
アスターは背中の剣柄に手をかけた。
「おっと! ラヴァーを抜くなよ? この子がどうなっても構わないのか?」
男はレーベの首に当てたダガーをきらめかせた。こちらはウィレムより、やや年齢が高めのようだ。無精髭を生やしており、粗野な印象を受ける。
「剣を鞘ごと外して床に置け! 連れの奴ら、全員だ……おい、ビリー! なに、ぼさっとしてる?」
ビリーこと、ウィレムは目を丸くしてユゼフを見ていた。間違いない。あのウィレムだ。
「ウィレム……ウィレム・ゲイン……どうしてここに?」
「ユゼフ……覚えててくれたんだ……」
ウィレムは愛想笑いをした。妙に親しげだ。学生時代はユゼフのことなど、眼中にない様子だったのに。
「んなこと、どうでもいい! 早く剣を置け!」
無精髭が威嚇する。ウィレムは先に抜刀し、狭い通路で刃を向けてきた。ユゼフたちは、言われたとおりにするしかなかった。
店内は騒然とし、嫌な顔をして出て行く者、おもしろがって見物しようとする者、テーブルの下に隠れる者などいて、飲食どころではなくなった。女給たちは厨房に引っ込んで、息を潜めている。
アスターだけは、剣柄に手をかけたまま、動かなかった。
「早くしろ!! かわいい息子がどうなっても構わないのか?」
無精髭は、レーベの首に押し当てていたダガーを少し動かした。皮膚の表面が切られ、血はゆるゆるとレーベの胸へ垂れ落ちていく。
顔をこわばらせたレーベは、懇願する目でアスターを見つめている。それなのにアスターはピクリとも動かなかった。
無精髭の背後にアキラとダーラが見えた。アスターは待っているのだ。瞳も動かさずジッと。無精髭の意識が背後へ向かないよう、注意深く、ゆっくりと、アスターは柄から手を離した。
「悪いがさっきのは嘘だ。その子は私の子ではない。成り行きで一緒に旅をしている。殺されようが傷つけられようが、知るものか」
レーベの目から涙が流れ落ちた。肩を上下させ、嗚咽が漏れそうになる。普段の不遜な態度を差し引いても哀れだ。
「いいか、レーベ? 大人がいつでも助けてくれると思ったら、大間違いだからな? おまえみたいに生意気で、かわいげのない子は特にな?」
言葉とは反対にアスターは肩のベルトを外し、剣を鞘ごと床に落とした。
「ひと月前であれば、絶対に見捨てていた……」
アキラたちが、無精髭の間合いに入った。無精髭は気づかず、笑みを浮かべる。
「アスター、俺らの目的は貴公とユゼフ・ヴァルタンだけだ。貴公らがおとなしく従えば、この子は殺さない。他の連中にも何もしない……」
言い終わったとたん、無精髭は吐血した。
目は虚空をさまよい、レーベを捕らえていた両腕がダランと下に垂れる。すぐさまレーベは床へ伏して逃れた。
血に濡れた剣先が胸を貫いて見えた、と思ったら即座に引っ込み、血が吹き出す。ドサァッ……無精髭は豪快に倒れた。
テーブル越しに刃を突き刺したのは、暗い顔をしたアキラだった。
「ダーマー!」
無精髭の名を叫ぶウィレムに、ダーラが斬りかかろうとする。
「待て!」
ユゼフの一声で間一髪、ダーラは刃をウィレムの鼻先で止めた。
ウィレムは真っ青な顔で剣を落とし、ブルブル震えている。
「頼む……命だけは……」
哀願された。同情? この状況では湧かない。ユゼフはあくまで冷ややかだった。アスターも同様、
「それは話を聞いてから決める……お、ちょうどいい物があった!」
ネズミを食べ終えたレグルスが、レーベのもとに戻っているのを見て、アスターはニヤリと笑った。
「レーベ、レグルスに蔓を伸ばさせろ。こいつを縛るのにちょうどいい」
何事もなかったかのように言うアスターを、レーベはにらんだ。
「そう、怒るな? ちゃんとラヴァーを床に置いただろうが?」
「首を切られました」
「おお、そうだったな! どれどれ、見せてみろ……ふむふむ……大丈夫だ。たいしたことない。まずは、こいつをレグルスの蔓で縛ってから手当てしよう。急いでここを出なくてはならなくなった……おいおい、おまえが休憩したいと、わがままを言うから、こんなことになったのだぞ?」
まったく悪びれずにいるアスターに対し、レーベは頬を膨らませた。
※要衝……交通・軍事・通商の上で大切な地点。
※キュビット……一キュビット五十センチ
※スタディオン……一スタディオンは約二百メートル
※巻き毛……天パ




