136話 反発(画像有)
ディアナとサチをこの城から連れ出して逃げる──ユゼフの心はすでに決まっていた。むろん、二人一緒には無理だ。二手に別れて作戦を決行する。イザベラ、アスターにも協力してもらおう。
盗賊たちを送り出したあと。
西日が当たって、天幕の中は蒸し蒸ししていた。七人が過ごすには狭い空間だ。香やら体臭やら食べ物やら、いろいろな匂いが合わさってムワッとする。窮屈に思うのは暑さや匂いのせいだけではないだろう。これから、向き合わねばならぬ重責に押し潰されそうだ。
秘密の相談のため、閉め切った。集まったのはユゼフ、アスター、レーベ、クリープ、ダーラ、ラセルタ、エリザ。見張りのアキラ以外は全員揃っている。ちなみにアキラはイアンの家来だった兄の安否が知りたいという理由から、同行することになった。
明日、薔薇の月八日正午。鳥の王国、魔の国、グリンデルの国境が交わる場所にディアナを連れて行かねばならない。シーマとの約束だ。
※○の付けてあるところ。Dの◎はモズのソラン山脈につながる虫食い穴。
メインの相談は問題なく片付いた。イザベラを味方に引き入れれば、ディアナとニーケを城から連れ出すのは簡単だ。
イザベラを抱き込むには、サチのことを持ち出せばいい。
サチが殺されそうになっていて、助け出さねばならないと伝える。それから、ディアナたちも一緒に連れ出したほうがよいと付け加えよう。理由はナスターシャ女王が私生児と無理矢理結婚させようとしているからと。その私生児がサチということは、ひとまず伏せておこう。
イザベラはサチに惚れているから、与える情報はこれだけで充分である。
侍女のふりをして、城を抜け出してもらう。外の天幕まできたら、ユゼフたちの誘導で国境まで連れて行く。それから先の計画は状況次第だ。
問題はサチのほうだった。迷宮と言っても過言ではない城内に忍びこみ、意識不明のサチを担いで外へ出なければならない。これはほぼ不可能に等しい。
サチのいる地下室へは長い階段を通る。誰とも会わず、怪しまれずに行けるわけがなかった。
運よくサチを連れ出したとしても、迷宮のど真ん中。迷い込んだら、骨になるまで出られないと噂される城だ。単身でも出入りが難しいのに、意識のないサチを背負った状態でどうやって脱出するのか? 門という門は衛兵ががっちり守っている。そのまえに、正門以外の出口へたどり着ける可能性は極めて低い。
ユゼフは必死に知恵を絞り、アスターやレーベの意見も聞いたが、よい方法は見つからなかった。
しぶしぶ、あきらめようと思った時、クリープが突然申し出たのである。
「この城の隠し通路を知っています」と。
唖然とするユゼフに対し、クリープは事務的な口調で説明した。
「以前、使用人として潜り込んだことがあります。その時に城の内部を調べさせていただきました。潜入した理由ですか? 私の飼い主だった魔人に骨董品を盗んでこいと命令されたからです」
「だが顔が割れているとなると……」
「顔バレはしていません。変装していたので……」
クリープは無表情のまま、眼鏡の位置を直した。
どういうつもりなのか。助け出すにはかなりの危険を伴う。命がけだ。部外者が気軽に協力できる内容ではない。絶対にうまくいく自信があるとしても、手助けするメリットは?
ユゼフはクリープの顔から意図を読み取ろうとしたが、まったくわからなかった。
「……悪いが、信用できない」
「それは、助けるのをあきらめるということですか?」
クリープの質問にユゼフは答えられなかった。すると、そばで呼びかける者がいる。ラセルタ。
「ユゼフ様」
「今、打ち合わせ中だ。黙ってろ」
「ちがうんです。この人、信じてあげてください」
めずらしく、ユゼフはラセルタを強くにらんだ。生意気に口を挟むな、幼稚な意見を聞いてやる時間はないのだと、目で訴える。しかし、ラセルタはいつになく真剣な顔をしていた。
「この人、わるい人じゃありません」
ラセルタが言っているのは、黒曜石の城で対峙した時のことだろう。魔王に知らせようとするクリープを、ラセルタは止めようとした。その時、子供だからという理由でクリープはラセルタを斬れなかったのだ。その話は聞いていたが……こんなことは判断材料にはならない。
ユゼフは向かいに座っているアスターを見た。思考を巡らせている証拠に髭を触っている。
「基本的に私は、隠し事をしている奴を信用しない」
ユゼフと目が合うと、アスターは言った。悪だくみをしている顔だ。怒号を飛ばすか、威嚇するかしていない時はたいていそう。落ち着いている時ほど危険だったりする。
「だが、他の者の意見を聞くのも大切だ。ダーラ、おまえはどう思う?」
どうして感情的で愚鈍なダーラに意見を求めるのか、ユゼフにはわからなかった。唐突に振られたダーラはまごついている。
「ビジャンは死ぬまえ、おいらのことをうらやましいと言ってた。ビジャンは気持ちを外に出すことができないから……それは魔人に育てられたからで……」
ダーラは亡くなったビジャンのことを思い出して涙ぐんだ。こういうお涙頂戴を、今聞きたいわけではない。時間の無駄だ。ユゼフはさっさと話を切り上げたかった。
「クリープも同じで、みんなから誤解されているんだと思う。食虫植物に襲われた時も、おいらたちを先に逃がしてうしろへ行った。本当はビジャンと同じで、強くて優しい奴なんだと思う」
クリープは照れ笑いすることもなく、話が終わるのを待っていた。アスターは判断できずに迷っているユゼフと、クリープの様子を賢い目で観察している。
「私は見て、一言二言話すだけで、その人間がどんな人間かだいたいわかる。どんな性格で、どんなふうに生きてきたか……わからんのは嫌いだ。自分を隠して生きているような人間は、信用できない……つまり、ダーラとは反対意見だ」
「さあ、どうする?」とでも言うかのように、アスターは腕組みしてみせた。
ユゼフは理解した。アスターはダーラが自分と反対のことを言うとわかっていて、わざと意見を言わせたのだ。ユゼフが友を助けたいのを知っていて、わざとだ。このクソジジイはユゼフを試そうとしている。
──迷ってる俺が余計に混乱するよう、仕向けやがって……俺が決められないのが、そんなにおもしろいのか? 上から見下ろすのは、さぞ気持ちいいだろうな?
怒りは反発につながった。アスターはいつでも間違わない。昨晩もアスターの忠告を無視しなければ……そう思ってしまう自分に、ユゼフは反吐が出そうになる。何もできない未熟者だと突き付けられているようで、みじめな気持ちになった。
──魔国でも黒獅子天子とイアン、大将首はすべてアスターさんが倒した。俺ができたのは雑魚を蹴散らすことぐらいだ。おいしいところは全部この人が持っていった。アスターさんが機転を利かせなかったら、俺は命だって助からなかったんだ。アスターさんがいなければ……
ユゼフは奥歯を噛み締めた。忘れていた腹の刺し傷がシクシク痛み出す。
──本当は俺一人だってやろうと思えば、できるんだ
五首城でエリザと二人、百人近い盗賊たちに挑んだ時のこと、カワウのフェルナンド王子の暗殺も一人でやった……それに、魔国へ連れ去られるまでは、ずっと一人でディアナを守ってきた。
アスターのせいで、どんどん自分が駄目になっていく気がする。劣等感を刺激され、抑圧される。結局この人は、なんだかんだ口出しして、俺ができる機会を奪っているのだ──こんなひねくれたことまでユゼフは考えた。
「では、イザベラにディアナ様とニーケ様を連れ出してもらい、そのあとのことはアスターさんに任せる」
自身でも愚かだとは思う。ユゼフの口は勝手に動いていた。
「俺とクリープはサチを助けに行く」
本来の勝ち気な性格が顔を出した。
この後、カットしたディアナとアスターの視点↓↓
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