14話 盗賊達②(アスター視点)
レーベという少年の案内で、アスターと盗賊たちはソラン山脈へ向かった。
辺りは見渡す限り岩ばかりで何もない。緑といえば、生命力の強そうな草が所々、岩の隙間から顔をのぞかせているぐらいだ。唯一、美しいと呼べるのは雲一つない青空。濃い青と岩のコントラストは無味乾燥をいっそう際立たせた。殺風景な岩山である。
アナンは家来の半数以上、百人を引き連れていた。王女側は何人いるか、わからない。宿営地を奇襲した際、敗走兵は結構いたから、示し合わせて集結している可能性もあった。小規模な戦となった時のため、頭数を揃えろとアスターが助言したのだ。
今いるのはソラン山脈の中腹。野暮用を済ませたアスターは先頭には戻らず、後列でアナンたちの様子をうかがった。先頭にはアナンと少年、そのすぐ後ろにバルバソフがいる。予想どおり──
「おい、ガキ! まだ着かないのかよ?」
バルバソフはイラついていた。
「そんなに急かさないでください。ほら、景色でも見て」
レーベ少年は強面の盗賊相手に平然としている。余裕の対応だ。
ラバで移動しているのにもかかわらず、まだ五首の城へは着かない。山の中腹に到着してから、半日以上が過ぎていた。バルバソフがイラつくのも無理はないだろう。こんな岩山では天幕も張れないし、気温も低い。一夜を明かすはめになったらと思うとゾッとする。
バルバソフは舌打ちした。
「アナン様。こいつ、本当に城の場所を知ってるんすかね? 全然たどり着かねぇし、さっきから同じ所をグルグルしてる気がする」
「もう少しですよ。ここの崖道を上がって、すぐの所です」
レーベは悪びれず、アナンが口を開くまえに答えた。
バルバソフはラバの肩を叩き、レーベを追い越して一番前へ躍り出た。道はそんなに広くないから、レーベの横を過ぎる時、ラバがギリギリ接触しそうになる。
バルバソフはレーベ三人分くらいの体躯である。
レーベは大男を前にしても、まったく臆さなかった。いくら急かされようが、慌てる素振りは見せず、楽しんでいるように見える。
「熊男君は女に逃げられて、イラついているのだよ」
バルバソフが遠くへ行ってから、アスターは前列へ移動し、アナンに声をかけた。
アスターを見たアナンは苦笑する。おおかた、野暮用でいない間、逃亡を疑っていたのだろう。苦笑というより、ホッと気の抜けた笑いかもしれない。
気の抜けたついでに、アナンはレーベに話しかけた。バルバソフに比べて呑気だ。こういうところに、育ちの違いが現れる。
「レーベ、と言ったな? 戦争で村が焼けたと聞いたが、カワウがここ一帯を占領した時か? 両親は?」
「ええ。両親は亡くなりました。僕が九才の時です」
レーベの声のトーンが変わった。さっきまでの楽しそうな声音から一転して、棒読みになる。本当の話かもしれない、とアスターは思った。
「それは残念だった。それからはどのように生活を?」
「……お兄さんは本当の盗賊なんですか?」
レーベは質問に答えず、アナンに問いかけた。
「ああ、そうだが」
「後ろの髭のおじさんは貴族の人ですよね?」
レーベは振り返って、鋭い視線をアスターへ向けた。あからさまな嫌悪を向けてくるのはなかなか……イイ。アスターは歪んだ性癖を自覚する。アスターの代わりにアナンが答えた。
「まえはな? 不祥事を起こして、今は爵位も領地も剥奪されている……なぜそんなことを聞く?」
「ぼくは貴族、大嫌いなんですよ。勝手にぼくたちの国へ入り込んで支配しようとしたり、ぼくたちの土地で戦争を始めたり……あいつらはなんで、戦いが好きなんでしょうね?」
「さあ……オレも貴族は嫌いだ」
会話が途切れたところ、真っ赤な顔で戻って来るバルバソフが見えた。
「どこがすぐ、だ? このクソガキが!」
「どうした?」
「上の方には何もねぇ! アナン様、このガキ胡散臭いですぜ?」
レーベは二人が話しているうちに、するっと通り抜けた。
「待てっ! クソガキ! 逃げる気か?」
「ぼくは逃げも隠れもしませんよ? この先に吊り橋があったでしょう? ご案内します」
レーベはそう言って、ラバを走らせた。アナンとバルバソフは顔を見合わせてから、追いかける。
アスターは悠々とそのあとに続いた。
たしかに城の姿形はどこにも見えず、ボロボロの吊り橋ならあった。レーベは古く傷んだ吊り橋を勢いよく走り抜けていった。
吊り橋はギイギイと嫌な音を立て、派手に揺れる。そのまま追走しようとするバルバソフを、アナンは吊り橋の手前で止めた。
吊り橋の長さは百キュビット(五十メートル)はあった。今、連れている人数の五分の一が乗れる長さだ。
「早く来てくださいよ! おバカな盗賊さんたち!」
向こう側に着いたレーベがラバから降り、叫んだ。
「渡らないんですか? 意外と盗賊って怖がりなんだ?」
レーベの挑発に怒り狂って飛び出すバルバソフを、アナンは止めることができなかった。そして、他にも何人かバルバソフを追う。
「バルっ!! 待てっ!」
ギィギィギギギギギギィイイイ……
耳障りな音を立て、腐った横板から埃が舞い上がる。板をつなぐロープも劣化が進んでいるのだろう。重みで千切れてしまいそうだ。
「……十八人か」
アスターはレーベの唇がそう動くのを見た。言葉のあとに続くのは、弱った繊維を容赦なく断ち切る音だ……ブチン!
レーベは吊り橋に乗った人数を確認するなり、橋をつないでいるロープを切った。
叫び声と共に吊り橋は反対側の崖へ叩きつけられる。渡っていたほとんどが、深い渓谷へと落ちていった。
「バルバソフ!」
アナンが怒鳴る。
バルバソフは、かろうじて岩場の尖った所をつかんでいた。血を流してはいても無事だ。
──うーむ、なんと運の強い奴だ。だが、これで運を使い果たしてしまったかもしれぬな?
アスターは感心しつつも、バルバソフを軽く案じた。盗賊なんて職業は命がいくつあっても足りない。死にたい人間でもない限り、割に合わない職業だ。
──そう、この私みたいにな?
「おーい、おバカな盗賊さんたち! 今、どんなお気持ちですかー??」
レーベの笑顔は渓谷を挟んでいてもよく見える。とんだクソガキだ。アナンは歯ぎしりをした。
「あのガキ、曲者だったか!」
「王女の一行に加わっていた一人だ。シーバートの弟子かもしれん」
悔しがるアナンに対し、アスターは冷静だ。気づくのが遅いぞ、もっと観察しろ……とは自分の子になら言うが、よその子には言わない。もとより、こんな反発心の強い不良は言うことを聞かないだろう。きっと、親が手を焼いた末の結果がこれ、盗賊だ。
アスターは諭さず、後ろにいる盗賊の一人を呼んだ。持ってこさせたのは、先ほど預かってもらった丸い籠だ。黒い布を被せてある。
布を剥げば、立派な鷹が目を瞬かせた。アスターは籠の蓋を開け、鷹を空へ放った。こういった伝書鳥はよく馴らされており、主の命令を忠実に守る。
鷹は青空高く浮上し、南西へ飛んでいった。風切羽に傷を負った伝書鳥――鷹を見た悪童の顔から笑みが消える。
「もしもの場合に備えて、あの子供を監視していた。そうしたら思ったとおり。小用だと言っていなくなった時、指笛で使い鳥を呼び、文を託しているではないか? 私は羽根を狙って鳥を射落とし、捕らえていたのだ」
アスターはネタばらしした。さっき、野暮用でいなくなっていたのはこういう理由だったのだ。
「風切羽に矢を受けたが、継ぎ羽をしたのでゆっくりなら飛べる。あの鳥を追っていけば、五首の城にたどり着けるだろう」
アナンは驚き、しばし言葉を失った。その後、嘆息。アスターを見る目が不審者を見る目から、崇敬の眼差しへと変わった。
「アスター、感謝する。使い鳥が持っていた文には、なんと書いてあった?」
アスターは胸元から便箋を取り出し、崖の向こうのレーベにも聞こえる大声で手紙を読み上げた。
「敬愛するシーバート様。時間がないため、要件だけお伝えいたします。まず、ダニエル・ヴァルタン隊長が亡くなりました。王女様とユゼフさんの行方はわかりませんが、おそらくそちらへ向かっていると思われます。そして、最悪なことですが、賊どもに居場所を感づかれてしまいました。僕が奴らの道案内を買って出て、できるだけ時間稼ぎをいたします。王女様と合流したら、すぐに虫食い穴のほうへ移動してください。僕も、うまいこと撒けたらそちらへ向かいます」
読み終わるまえにレーベの姿は消えていた。ケガを負った鷹の速度はゆっくりだから、追うのは難しくない。
アナンは数人をバルバソフの救助に残し、アスターと共に鷹のあとを追った。




