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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)七章 グリンデル王国の秘密
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126話 気球の中で目覚める

(ユゼフ)


 自分が殺したサチの遺体を、ユゼフは見下ろしていた。

 吐血したのだろう。口の周りが汚れている。あどけない寝顔は幼子のようだ。性格を知らなければ、誰しもかわいいと思う。本人にとっては劣等感なのだろうが。


 ダブレットの胸の部分に穴が空いていた。そこから出た血が服を八割方、黒く染めている。不思議なことに空いた穴から見える肌はスルッとしており、刺された痕は残っていなかった。

 遺体を挟んで反対側にユゼフとそっくりな顔をした男がいて、こちらを見ていた。鏡に映った自分だと思わなかったのは、男の耳が尖っており、装いも特徴的だったからだ。

 男は青い髪を腰まで伸ばし、簡易な衣服をまとっていた。一枚布を肩で留め、腰の辺りを紐で結んでいる。頭にはシャリンバイの葉で作られた冠。装飾品はそれだけだ。教科書で見たアオバズクの妖精族を想起させる。


「朕の魔力をもってすれば……」

 

 青い髪の男は口を開いた。(ちん)?……王が使う一人称だ。


「死んだ直後で、なおかつ体が使えるのであれば、魂を呼び戻すことができる」


 ユゼフは口を開かない代わりに、


『助けたい……』


 と強く願った。


「どうしても助けると言うのか? この者が何者かも知らないのに……」


 ──知っている……友達だ。たった一人の……


 思いが伝わったのか、伝わらなかったのか、男は深い溜め息を吐いた。あきらめ、失望といった類の溜め息である。


「よかろう。だが、一つだけ忠告しておく」


 男は悲しい顔をしている。男の嘆きが自分の中に入ってくるようで、ユゼフは胸をかきむしりたくなった。落ちれば永遠に抜け出せない深淵が、目と鼻の先に横たわっている。フッと気を緩ませるだけで、たちまち呑み込まれてしまう。


 憂いに満ちた蒼銀の瞳がユゼフを捉えた。男はおもむろに口を開く。


「この者はおまえの敵だ」


 


 そこでユゼフは目覚めた。


「ユゼフ様! 気がつかれたんですね!……よかったぁ!」


 嬉しそうに声を上げる子トカゲ……ラセルタがいる。小さな角を額にニョッキリ生やし、牙を見せて笑うさまは幼い。ユゼフはホッと安堵した。

 (とう)で編まれた狭い籠の中にユゼフたちはいた。何人かは座ってウトウトし、何人かは立ち上がって籠の外を眺めている。顔なじみの盗賊たちだ。見上げると、黒い球皮と青い空が見えた。


「ここは?」

「気球の中です。もう、グリンデルに着きました。まもなく着陸しますよ……みんな! ユゼフ様が起きたよ!」


 同乗する者たちに向かって、ラセルタは叫んだ。

 盗賊たちはユゼフの目覚めを祝福してくれた。周囲を確認していた者も歓声を上げ、拍手する。片腕を失ったシリンは、拍手の代わりに白い歯を見せて笑ってくれた。拍手せずに冷ややかな視線を送ってくるのはレーベだ。

 

 それと、もう一人。少し離れて隣に座るイザベラ。

 固く目を閉じたサチが、イザベラの膝に頭を預けている。気球の中が狭いせいで、サチは両膝を立てた状態で寝かされていた。


「サチ!」


 動こうとして腹に激痛が走り、ユゼフは片目をつむった。腰にごわごわした包帯の感触がある。


 ──そうだ。あの時! サチを操る化け物に腹を刺されたんだ……


 ユゼフは懸命に記憶の糸を手繰(たぐ)り寄せた。

 アスターと丘の途中で別れ、黒曜石の城へ向かった。そして、イザベラを信じて東の塔へ入ったところ、本人に遭遇した。


 ギョッとしたのも束の間、イザベラが涙ぐんで再会を喜ぶものだから、ユゼフはすっかり騙されてしまった。なんの疑いも持たず、呑気に話しながら階段を上ったのだ。

 イザベラとサチは恋人同士?……いや、このように言っていた。


「まだ、恋人同士……ではないけど、たぶん彼も私のことを好きだと思う!」


 相当変わっているとはいえ、イザベラは美人だし、深窓の令嬢には違いない。ユゼフは不覚にも羨ましいと思ってしまった。

 その後、イザベラは最上階の部屋にユゼフを誘い込み、外から鍵をかけた。ユゼフは身体を乗っ取られたサチに襲われ、刺し違えることとなったのである。

 サチの顔色は良く、ただ寝ているだけのようにも見える。呼気を調べようと、ユゼフが手を伸ばしたところ、イザベラに振り払われた。


「サチに触らないでちょうだい! よくも、よくも……サチにあんな、ひどいことを……」


 言葉に詰まるイザベラの顔からは、激しい憎悪が感じとれた。乱れた髪は怨念を体現しているし、血走った目に血の滲んだ唇。オーガ? 蛇女? 目を合わせるだけで石にされてしまいそうな……とにかく凄まじい形相だ。

 一時でも綺麗とか美人とか思ってしまったことが悔やまれた。この女はユゼフをサチの身代わりにするため、化け物の所へ案内したのである。

 幸い、質問をするまえにラセルタが答えてくれた。


「その人……サチさんなら大丈夫ですよ。息を吹き返しました。まだ、意識は戻りませんけどね。お(かしら)とアスターさんは定員割れで気球に乗れないんで、歩いてグリンデルへ向かってます。アルシアさんとバルさんは死にました」


「バルバソフが!?……そうか……」


 アルシアは胴体が千切れた状態だったから、助からないだろうと思っていたが……バルバソフを城に潜入させたのはユゼフだ。罪悪感が湧いてくる。


「ユゼフ様のせいじゃないっすよ。イアン・ローズと勝負して敗れたんです」

「イアンと……イアンはどうなった?」

「城と一緒に消えちゃいました。あのうっさい鳥も一緒に」


 言葉を失うユゼフを慰めるように、ラセルタは話し始めた。


「全部うまくいきました。順を追って説明しますね。ユゼフ様と別れたあと、オレとアスターさんもすぐに城へ向かいました……」



 アスターはイアンを倒し、身体を乗っ取られそうになったユゼフを助けてくれた。そのうえ、ユゼフが頼んだとおり、イアンのことを殺さずにいてくれたのだ。

 

 ──ありがたいし、感謝もしてるけど……うーん……当分、頭が上がらないな


 自身の不甲斐なさに落ち込む。ユゼフは素直に喜べなかった。アスターに抱く感情は複雑だ。

 それに、せっかく捕らえたイアンはいなくなってしまったという。

 脱出時、アスターとラセルタはイアンの姿が見えないのに気づいたが、探すことはままならず。逃げるのに専念するしかなかった。


「城の姿は影も形もないですよ。そこにあった遺体も煙みたいに消えてしまったので、逃げられなかったイアン・ローズも、きっと消えてしまったんだと思います」

 

 ユゼフは冷静さを保ちつつ、話を聞いていた。城が消えたと聞いても驚かない。心のどこかで、そうなるのをわかっていたかのような……


「オレたちが城にいる間、三百ものアンデッドが村を襲いました。ジャメルさんやレーベが退治したんですよ? 例の計画どおりにね。かなり派手にやったそうです。倉庫から火がボワッと噴き出して、アンデッドどもはみーんな、丸焼きですわ。オレも見たかったなぁ」


 えぐい話を楽しそうに話すのは、この子の性質であろう。


「……ま、それはおいといて、村に戻ると、すでにお頭がユゼフ様を湖から助け出したあとでした。湖に沈めることでユゼフ様の体ん中の虫は全滅したから、もう大丈夫ですよ」


 ラセルタは青空を仰ぎ、新鮮な空気を吸い込んだ。ここは、思う存分深呼吸できる人間の世界だ。ユゼフもラセルタを見習って深く呼吸してみた。少しだけ肺が痛む。湖に落とされた時、水を吸い込んでしまったのだろう。


「この気球は、お頭たちが乗っていた村の外に不時着したものです。シリンさんが修理して乗れるようにしてくれました」


 ユゼフはラセルタが自分に対して、距離を置いているような気がした。考えすぎかもしれないが……

 それより、気になるのはイアンのことだ。イアンは一度、ユゼフに逃げる機会を与えてくれた。面会の際、化け物に差し出すこともできたのに、それをしなかったのだ。



 ──そうだ……あの時……


 唐突に記憶が蘇る。出会ったころ、強引に真剣勝負をさせられた時のことだ。

 大ケガをしたユゼフに対し、見舞いに来たイアンは泣いて謝った。ユゼフはそれを冷たくあしらってしまった。

 今から思えば、ユゼフは無意識下でイアンの心臓を確実に捉えていた。身に付けていたお守りに当たって軌道がずれなければ、イアンは死んでいたかもしれないのだ。ユゼフは子供だったため、そこまでの考えに至らなかった。まさか、自分に人を殺せる力があるとは思いもしない。一方的に自分だけが害されたと思い込んでいたのである。


 あの時、イアンに思いの丈をぶつければよかった。イアンは本気で心配して、心から謝っていたというのに…… 


 ──イアン、ごめん……


「そうそう、これ、イアンの剣です」


 ラセルタが鞘に納められたイアンのアルコを差し出した。

 柄には白い鮫皮が巻かれ、その上に黒い柄糸が菱形模様を形作っていた。刃は緩やかな弧を描き、艶のある黒い鞘がそれを覆う。まぎれもないエデンの剣。アニュラスで多く使われる刀剣とは、製造過程が異なっている。かなり高価なものだ。

 ユゼフはラセルタから受けとり、こわごわ剣の柄に手を置いた。握ると、なぜか手に吸い付くようでしっくりくる。 


「アスターさんがユゼフ様にくれるって。自分にはラヴァーがあるからって」


 この剣が封印を解いたのだとユゼフは直感的に思ったが、黙っていた。剣を神妙に受け取る様子が滑稽だったのか。ラセルタがにじりより、悪戯っぽい笑みを見せた。距離を置かれていると思ったのは、気のせいだったのかもしれない。


「さ、ユゼフ様の番ですよ? オレはだいたいお話ししました。塔の中で何があったか、教えてください」

「おまえらが見たとおりだよ。騙されて、サチと最上階の部屋に閉じ込められた。それで、魔物に意識を奪われたサチに襲われた」

「あの不気味な竜巻はなんだったんです?」

「あれはシャドウズ。使い魔だ。殺した者の魂を解放せず、集めて使役している。まあ、たかが人間の魂の集合体だから、たいした力は持たない……そう、あいつは言っていた」

「イアンの話だと、サチさんの身体を乗っ取っていたのは魔王だって。ユゼフ様の身体じゃないと転生できないから、最初からユゼフ様が狙いだったって。それで、王女様もさらったって……」

「……そんなことは知らない。化け物には化け物なりの理屈があるのだろう。深く考えるな」


 ユゼフは嘘をついた。本当はもう一人の自分に見られていたのも知っているし、自分のためにディアナがさらわれたのもわかっていた。彼はこう言っていたのだ。


「おまえは朕であるし、朕はおまえでもある」


 こうも言っていた。

 無知で無邪気、哀れな王よ。最愛の妃と子供たちを惨たらしく殺され、国も民もすべて奪われた……朕はおまえの闇の部分。怨恨に呑まれ、復讐を誓った。三百年前、おまえは憎しみの記憶をこの場所に封印したのだ。転生した後、本当の自分に戻るには朕とおまえが一つにならねばならぬ──   


 土漠に宿営している時から感じていた気配はこいつであった。モズの町、五首城でもずっと、ユゼフを見張っていたのである。

 ちょうどそのころから、ユゼフは同じ悪夢を繰り返し見るようになっている。(はりつけ)にされ、体を燃やされる最悪な夢だ。その夢について化け物は、「あれは夢ではない。現実に起こったことだ」と。


「着陸の準備に入るぞ!」


 片腕のシリンが下を見て、大声を出した。ユゼフは我に返り、考えるのをやめた。

 盗賊たちが勝鬨(かちどき)をあげる。


「勝った! オレたちは勝ったんだ!!」


 五十五人のうち、十人を戦死させてしまったが、王女を助け出すという目的は達成できた。疲れていても皆、表情は明るい。

 ユゼフは立ち上がり、下をのぞき込んだ。腹の痛みは高揚感に食われる。ユゼフは痛みに強い。気球は森の中の小さな野原に着陸しようとしていた。着陸を手伝おうと、城から遣わされた者たちが手を振っている。

 魔国の灰色の空とは対照的に、青空がどこまでも続く。地上は柔らかな緑で彩られていた。

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