13話 盗賊達①(アスター視点)
視点が別の人に変わります。
(アスター)
王女とその従者ユゼフ・ヴァルタンに遭遇した後、騒ぎが大きくなったために盗賊たちはナフトを出た。
今いるのは、そこから数スタディオン離れた別の町だ。
こぢんまりした酒場にて、かつて英雄と称えられた……今はゴロツキと一緒にいる放浪者といったところか──自嘲気味に、ダリアン・アスターは長い髭を撫でた。
髭は胸のあたりまで伸ばしており、リボンで結んでいる。金糸で孔雀の装飾を施したダブレットはだいぶ着古しているものの、仕立ての良い物だ。壁に吊した帽子にも孔雀の羽根をふんだんに使っている。マントの汚れが気になるから、そろそろ買い替えねば、と思うのは洒落者ならでは。
──マントを新調する金を得るためには、こいつらを何とかせねばな
アスターは隣に座る頭領の前で頭を垂れる熊……もとい、バルバソフに視線を投げた。
「それで、みすみす小娘二人とモヤシっ子を取り逃がした、と」
ナフトで王女といた娘は剣を持っていた。女の剣だと、バルバソフが油断してかかったのが悪かった。股間を蹴り上げられ、悶えている隙に逃げられてしまったのである。
アスターの言葉に対し、頭を垂れていたバルバソフはサーベルを抜こうとした。
アスターは動じず。大男のバルバソフをアスターは上回る。たとえ自分のほうが小さかったとしても、圧倒的な力量差は戦わずともわかっていた。
いきり立つバルバソフを制するのは頭領のアナン。額から右頬にかけて斜めの傷が走る美男子。
「おまえは短気過ぎる」
頭領に言われては逆らえない。青筋を立てたバルバソフは、荒々しく店の外へ出て行った。
この熊と美形のコンビはなかなか、おもしろい。
元は熊、バルバソフのほうが頭領だったが、アナンが戦いに勝利したゆえ、立場が変わったのだという。アナンの顔の傷はその時に付けられたとのこと。
顔を斬られたアナンは血まみれにもかかわらず、果敢に立ち向かい、大剣でバルバソフのサーベルを折った。
それからというもの、バルバソフはアナンの舎弟のような立ち位置になったそう。
バルバソフが必要以上にアナンを立てるのは、若すぎる優男がナメられないように気遣っているのかと思われる。ああ見えて案外、優しかったりするのだ。育ちの良いアナンに憧れもあるのかもしれない。
くわえて、アナンの並外れた美しさである。美しいものに対して、人間は自然と甘くなってしまう。同性愛の嗜好がなくてもそう。バルバソフは自身がゴツい熊のような見た目だから、余計に惹かれるのだろう。意外と野獣は、花や美しいものを愛でる傾向がある。
こんなどうでもいい分析は置いといて──アスターが盗賊たちと行動するのには、わけがあった。
横領により国外追放されてから二年。殺しや誘拐、用心棒……裏稼業の仕事を請け負い、アスターは食いつないできた。日銭を酒や賭博、女遊びに使うという自堕落な生活を送っていたある日、酒場で彼らと出会ったのである。
まず「コルモラン」という名前が耳に入った。コルモランはカワウ王家の相談役だ。盗賊たちはコルモランから請け負い、主国の王女をさらおうとしていた。
モズの盗賊といえば、ここらで名の知れた凶賊である。
──しかし、凶賊とは名ばかり。ただの不良少年の集まりじゃないか
遠目から、彼らを見ていたアスターは失礼な感想を抱いた。宿営地を襲ったはいいが、王女にまんまと逃げられた直後。右往左往する彼らを上から目線でアスターは観察した。平均年齢は二十代前半といったところ。戦争経験者も多少いるにはいる。だが、賊と言うには、あまりに幼い集団だ。
これなら操作できそうだぞと、アスターは思った。
モズの盗賊が名を馳せたのは、戦争続きの国情と環境のせいだろう。
主国の属国となったモズ国民の鬱憤が多くの非行少年を生んだ。戦争孤児もそれに加わり、大所帯となる。さらに、魔獣の出る深い森は未熟な半端者を守った。
宿屋に置いていた戦利品の女──たしか、ミリヤと言ったか──に逃げられたことで、バルバソフの機嫌は最悪だったようだ。それをわかっていながら、煽ってしまうのはアスターの悪い癖である。
なにせ、バルバソフは王女の侍女だったミリヤにぞっこんだったのだから。
アスターからしたら、ぶりっ子の過ぎる男慣れした女だが、武骨なバルバソフは骨抜きにされてしまった。
「盗賊というのは案外、意気地がないのだな?」
短気なバルバソフがいなくなり、アスターの標的はアナンに移った。
アナンはギッと唇を噛み、視線を尖らせる。胸を押さえている手の下にあるのはお守りか。
反抗期をこじらせた非行少年は、精一杯自分を誇示しようとする。アナンにとって、バルバソフの存在は大きかろう。バルバソフがいなければ、威厳を保つのは難しい。アスターは思わず微笑んでしまった。
戦死した息子と同じ年頃のアナンが、にらみつけてきたところで、かわいいものだ。
──ディオンにも、これぐらい勝ち気なところがあればな
アスターが笑んだことで、アナンの気勢はそがれたようだ。ポツリ、ポツリ……話し始めた。
「あの男、すごく弱かった。一人で見張り二人と御者を仕留めた手練れとは思えない。心臓を一突きだぞ? 他に斬りつけた痕はなかった。馬車のなか、目隠しされた状態でいったいどうやって?……御者も頸動脈を一刀で斬られていた。あんな、剣筋もなってないド素人に……」
「しかし、取り逃がした。そして、これ……」
アスターは椅子の上、無造作に置かれた剣を手に取った。これは逃げた男が落とした物だ。鞘から抜き、銀色に輝く剣身を眺め確認する。
「冠の下に交差する剣の紋章が彫られている。これはヴァルタン家の物だ」
男はユゼフ・ヴァルタンで、逃げた娘の一人はディアナ王女に間違いない。
「ただの従者が俺の家来を三人、叫ぶ間もない早さで片付け、魔獣を呼び出すのか?」
「おもしろいではないか?」
アスターは笑って、髭を弄った。
アナンは眉根を思いっきり寄せる。コルモランより催促の文が何度も届いているから、おもしろくはないだろう。
「ところで、アンタは横から口を出すだけで、まったく役に立っていないが……口だけではないところを証明できるのか?」
「……まあ、当たる可能性は四割ほどだが、彼らが逃げた場所を推理してやってもいい」
「……四割だと?」
アナンは冷笑した。アスターは気にも止めず、モズ国の地図を広げる。四割はかなり高い確率だと思うのだが──
「人気のない、人の寄り付かない場所で雨露を凌げる場所……」
アスターは地図を指でなぞる。
「使われなくなった砦、古い遺跡、廃城、昔の神殿、教会……」
「そんな場所、いくらでもある」
「彼らは宿営地ではぐれた仲間と、どこかで落ち合うかもしれんな?」
「どうだか。隊長のダニエル・ヴァルタンは死んでいるし、敗走兵はいるだろうが……そういえば、王女に変装した女と爺さんに逃げられた報告があったな」
「ほう……女と爺さんを取り逃がした奴らに罰は与えたのか?」
「いや。魔術で目眩ましされたと言っていたが……」
「貴公は甘い」
「アンタにとやかく言われる筋合いはない!」
「……まあいい、その爺さんというのは王室付学術士だ。壁の向こうと、なんらかの方法で連絡を取っている可能性もある……年老いた学術士で魔術が使える者……」
アスターは上を向き、目を閉じる。年を取ると、すぐに人の名前が出てこない。
「……ああ、思い出した……グランドメイスター、シーバート……優秀な学匠である」
「そのおエラい学匠様が逃げたからってどうなんだよ?」
「王女たちと必ずどこかで落ち合うはずだ」
「どこで、だ?」
「まあ、急かすな?」
アスターは髭のリボンを結び直し、再度地図を指でなぞり始めた。
「そもそも王女とその護衛隊は、どこへ向かおうとしていたのか?」
「グリンデル王国に時間の壁を通り抜けられる場所があると、ダニエル・ヴァルタンの従者から聞いたが……」
「壁に通り抜けられる所なんか、あるものか。そもそもグリンデルに背を向け、反対方向へ向かっているではないか? 反対回りだと、大陸の四分の三を回らねばならぬ。着くまでに数か月はかかるぞ?」
「早馬で行けば、ふた月で行ける」
「王女を連れてか?……頼むよ、坊や」
アスターは堪えきれずに吹き出してしまった。
アナンはムッと憤慨しつつも、剣を抜かないだけの理性は持ち合わせていた。
──ん。いい子だ。合格。
アスターはピタリと笑うのをやめた。ここからが本題だ。
「戦時中、カワウに攻められて、このモズが戦場になったことがある。鳥の王国軍は西のカワラヒワとの国境辺り、ソラン山脈まで追い詰められた。私はすでに帰国していなかったのだが、あとで興味深い話を聞いた」
地図上のアスターの指はソラン山脈で止まる。
「“虫食い穴”だよ! 虫食い穴を通って、同盟国であるグリンデルから援軍が来たのだ」
「虫食い穴!?」
虫食い穴は主国内にはたくさんあり、それ以外の国では少ない。アナンは見たことがないのだろう。まったく違う場所へ瞬間移動できる異空間トンネルだ。
「そう、虫食い穴だ。援軍のおかげで鳥の王国軍は盛り返し、カワウ軍を逆に追い詰めることができたのだ」
アスターはそこでエールを飲みながら、木の実を摘まんだ。
「これが王女、ユゼフ・ヴァルタン、メイスター・シーバート」
と、木の実を地図上に並べる。王女はクコの実、女剣士はくるみ、ユゼフはカボチャの種、シーバートは干し桑の実……
「虫食い穴の詳しい場所は知らないが……近くにこんな場所が……」
アスターは指し示した。
「……五首の城か」
その時、足元でガタガタっと音が聞こえた。猫や鼠にしては大きい。
アスターとアナンはテーブルから飛び退いた。
「何者だ?」
アナンがテーブルクロスを素早く引っ張っると、木のマグが倒れた。中に入っていたエールがこぼれ、地図上に大きな染みを作る。
テーブルの下にいたのは少年だった。
「ちょ、ちょっと、待ってください! 僕は食べ物を少し頂いていただけです。殺さないでください!」
剣を突き付けられた少年の手にはパンが握られていた。
「なんだよ……? それは持って行っていいから、さっさと失せろ」
安心したアナンは投げやりに言った。どうせ、強面の刺客が現れるとでも思ったのだろう。それが、かわいらしい少年だったものだから、気抜けしたのだ。しかし、アスターは逆に気を引き締めた。
少年の身なりは良い。物騒な男たちのテーブル下に入り込んで、つまみ食いするような浮浪児ではない。話は全部聞かれていた。明らかに曲者だ──が、アスターは注意深く様子をうかがうことにした。
曲者である証拠に、普通だったら怯えて立ち去るところを、少年は立ち止まった。なんの疑いも持たないアナンは無防備に尋ねる。
「なんだ? 何かあるのか?」
「さっき、ソラン山脈の話をされていましたね?」
「子供には関係のない話だ」
「ぼくの村がまえに、あそこら辺にありました。戦争で焼かれて、もうないですけど……」
「何が言いたい?」
「道案内は必要ありませんか? お小遣いをくれれば、やりますよ。ぼくはあの辺り、詳しいんです」
少年は人懐っこい笑顔を見せた。アナンは不安そうにアスターを見る。信用すべきか否か、判断がつかないのだ。本人も気づかないうちに、アスターを頼り始めている。よしよし……と、アスターは、ほくそ笑んだ。
「ちょうどいいではないか。小綺麗だし、賢そうだ」
アスターが答えると、アナンは安堵し、うなずいた。
なぜ、申し出を受けるのか? 子供の考えなど浅はかだ。王女がいるのは五首の城に違いない。案内すると言って、嘘の道を教えて迷わせるつもりなのだろう。この子はおそらく、王女の護衛隊に同行していた従者の一人──いや、魔法使いが着ているようなローブ姿だから、学匠の弟子あたりか。
こちらの邪魔をするつもりなら、逆手にとってやればいい。アスターは腹の中で悪役笑いをした。
「子供、名はなんという?」
「レーベと申します」
ここまでお読み下さりありがとうございました。お気に召されましたら、ブクマ、評価してくださると幸いです。




