112話 アスターとみんな③(アスター視点)
ジャメルを見つけたアスターは、他のリーダー格、カレンとビジャンを呼ぶように命じた。
エルフ族の特徴である尖った耳のジャメルは、アスターのお気に入りだ。読み書きできぬ者が多いなか、魔族語も多少わかり、機転も利く。礼儀、マナーをわきまえているところも気に入っていた。
やがて、ジャメルがビジャンを連れてきたので、アスターは二人から報告を受けた。もう一人の隊長、囚われたアキラの代わりに五番隊を率いるカレンは行方不明だ。
「戦死者は五名、それと瘴気にあたって臥せっていたベフナムが死んだ。バーバクも相変わらず高熱で意識がねぇ。ユゼフの血を飲ませたんだが、効果あんのかどうか……負傷者は十二名だ。ユゼフの血を飲み、回復したから命に別状なし、だ」
ジャメルの報告にアスターは満足した。戦死者の数は思ったより少ない。王女を逃がしたことで、目的はほぼ達成した。
ホッと安堵の溜め息をつきそうになるも、呑み込んだ。まだ城内に仲間は残っているし、後始末がある。
次に坊主頭のビジャンが口を開いた。癖なのか、剣傷のあるほうの右目を細めている。
「突撃するまえから、隊長のカレンが見当たらなかった。しょうがないので、代わりにオレが皆を指揮した……それと、ユゼフが首を刎ねた女の魔人の胴体が見当たらない」
先鋒隊が黒獅子に攻撃を仕掛けたあと、カレンとビジャンの隊は東から攻め入り、敵勢を湖へと追いやった。
「カレンのことは気になるな……レーベ、魔人は首がなくても動けるのか?」
アスターは傍らのレーベに尋ねた。レーベはアスターがうろついている間、ケガ人にユゼフの血を与えていたが、今は戻って付き添っている。
「個体によりますが……切られた部位を再生させる種族は珍しくありませんし、脳ではない場所に自意識を置いている場合もありますから……首なしの状態で逃げた可能性は高いですね」
「ふむ……魔人を倒すときは心臓を貫いて、必ずトドメを刺すよう周知させよう」
「もう攻撃は終わりかな……」
ジャメルのつぶやきに、アスターは首を横に振った。
「今のところ、攻撃はやんでいるが、連中の手のうちはベールに包まれたままだ。村を全滅させた魔甲虫やアンデッドはまだいるはずだし。それに、あれだけの魔物を操る主導者がいる。化け物以上の化け物に違いないだろうが、そいつを倒すまでは安心できまい」
アスターは乱れた髭を整えた。アスターにとっては、髪より重要な身嗜み要素である。
「とはいえ、王女はすでに逃がしたし、すぐに攻撃してこないということは、敵にとって予想以上の反撃だったわけだ。我々がここに長居する理由はもうないのだが……」
「頭領と副頭領がいない」
ビジャンが感情を込めずに言う。
魔人に育てられたビジャンは、成長期にすべての感情を奪われているから、つねに無表情だ。
アスターは声のボリュームをあげて反応する。
「そうだ! それが問題なんだ!」
「オレはアスターが頭領でも構わないぜ」
と、ジャメル。アスターは拒絶した。
「冗談じゃない! おまえら、ガキのお守りは、もうコリゴリなんだよ! とにかく、あの馬鹿二人を連れ戻さないと……」
アスターが心底嫌そうな顔をしたので、ジャメルは肩をすくめた。いつからいたのか、トカゲの亜人ラセルタが会話に入ってきた。
「もう、勘弁してくださいよ? アスターさんが頭だとか、最悪なんすけど……」
「入ってくるな! クソガキが……ケガ人の手当てでもしてろ」
アスターはシッシッと手で追い払った。
この子供は自由過ぎる。大人をナメているふしがあり、言葉使いや立ち居振る舞いがよろしくなかった。捨て子だから仕様がないとはいえ、アスターはいちいち注意したくなってしまうのだ。
ラセルタは口をへの字に曲げ、向こうへ歩いていったが、途中で振り返り舌を出した。
無視して、アスターは打ち合わせを続ける。
「で、残っている気球は何基だ?」
「二基だけだ。行方不明のカレンも入れると、生き残りは四十五人。半分も乗れねぇ」
王女を乗せているのが一基、人面鳥の大群を倒すため、爆破した気球が一基、畑に墜落したもう一基は気嚢が燃えてしまい、使い物にならない。
「アキラたちの不時着した気球は使えぬのか? 村からそんなに離れてもいまい」
「鳥に穴を開けられただけだから、修理すればなんとかいけるかもしれないが……詳しい奴に見てもらわないと、なんとも……」
ビジャンが答えた。
「一隊、気球の回収に向かわせろ。残った奴らはケガ人を優先して気球に乗り、まだ西風が吹いているうちにここを離れろ」
「アスター、回収した気球が使えても三基だ。一基につき、定員より一人多く乗せたとしても、十二人が残るぜ?」
ジャメルが横槍を入れる。アスターは即座に計算した。
「残るのはまだ城にいるアキラ、バルバソフ、ユゼフ……レーベもできれば残ってほしい。無理にとは言わんが……」
子供には負担をかけたくない。アスターはバツが悪くなり、レーベと目を合わせられなかった。
レーベは嫌そうな顔をするわけでもなく、すんなり承諾した。
「ぼくは構いませんよ」
「ジャメル、ビジャン、おまえら二人もリーダー格だから残ってほしい。カレンはどこに行ったかわからんが、同じく残る組だ。あ、あともちろん、この私も残る。これで八人。あとの四人は適当に決めてくれ」
ジャメルとビジャンは、うなずいた。
「オレも! オレも! 残りまーす!!」
戻ってきたラセルタが手を上げる。
「三人だ」
アスターは言い直した。
「それと、最も重要なことを疎かにしてはいけない。」
と前置きして、アスターはジャメルとビジャンに言い聞かせた。
「敵の長であるイアン・ローズの首をまだ討ち取っていない。私はこれから城へ向かう。ここは、おまえたち二人がいれば大丈夫だ。私が戻るまえに襲撃を受けた場合は、打ち合わせどおりにやれ。戻ってこなかった場合は、見捨ててもらって構わない」
ジャメルはビジャンと顔を見合わせた。
「……一人で行くのか?」
「ああ」
重苦しい沈黙が流れる。アキラもバルバソフもユゼフもいない。事実上のリーダーはアスターだから、不安になるのは当然だろう。
沈黙を破ったのはラセルタだった。
「オレもアスターさんと行く!」
「おい、遊びに行くのではないんだぞ?」
アスターは渋面を作った。少年は、ことの重大性を理解していない。幼いゆえの無邪気さは危険だ。
ラセルタ──トカゲと人間の合いの子みたいな少年は、いつでも愛嬌たっぷりで年長者から、かわいがられていた。が、人懐っこさの反面、行動は突発的。予測できない難点がある。
また、妙に達観したところがあり、底意地悪いレーベとは違った意味で悪魔的だった。
──ガキのお守りなどしたくないのに……
「連れて行けば、ラセルタなら、そこそこ役に立つと思うぜ?」
ジャメルがニヤリと笑う。アスターは「よし」とも「だめ」とも言わなかった。罪悪感を伴う選択は天に丸投げする。
大きく息を吐くと、
「では、幸運を祈る!」
その一言を別れの挨拶とした。歩き出したアスターを子供の足音が追いかける。ラセルタだ。
勝手についてくるから仕方がない。勇気ぐらいは認めてやってもいい。
アスターは、ラセルタのあどけない顔を見て思う。
──情けなんぞ、持ち合わせてないからな? 勝手についてこられても、助けはしないぞ?
「アスターさん、待って!」
丘の麓まで来ると、息を切らせたレーベに呼び止められた。
「これ!」
レーベは赤い液体の入った小瓶をアスターに差し出した。
「ユゼフさんの血。何事もなかったかのように振る舞ってるけど、あなたは重傷者です」
「必要ない」
レーベは頭を振った。
「飲んでください。みんなのためにも」
「みんなのため?」
「あなたが死ねば、みんな不安になる。この計画の中心人物が今、全員敵の居城にいるんです。本当は無理してるんでしょう? みんなの前では、なんでもないフリをして……ぼくは傷を見たからわかります。命を粗末にしないでください」
アスターはムスッとしたまま、レーベの手から小瓶を奪い取った。そして、一気に飲み干した。
「これで満足か?」
「ええ」
レーベはニッコリ微笑んだ。
純真な笑顔はいつもの小馬鹿にした笑い方とは異なっていた。ゆえに、疑念と後悔がアスターの心に湧き起こってしまった。
「ユゼフの血はまだ残っているのか?」
「いいえ」
──最後の……飲んでしまったではないか!
一縷の望みをかけて、尋ねてみる。
「……他の亜人の血ではダメなのか?」
「森のアジトにいた時、亜人全員の血を採取して調べました。ケガの回復に効果があるのは、ユゼフさんの血だけです」
なんたることか……残り一瓶を、死んでもいい自分が飲んでしまった……。
「学匠たちの間では、魔人の血は回復に効果なしとされています。無学な民が生んだ迷信だと。ぼくも目の当たりにするまでは、信じられませんでした」
小瓶をレーベに無言で返し、アスターは丘を登り始めた。追いかけるラセルタは無視する。
数歩歩いてから立ち止まり、アスターは見下ろした。丘を下っていくレーベの背中が見える。華奢な肉の付いていない背中……
「レーベ! 死ぬなよ!」
自然と言葉が口をついて出た。レーベは振り向かずに、そのまま下りていった。
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