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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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107話 どちらを取るか②(ディアナ視点)

 ディアナが追いついてから、イザベラは扉を開けた。ところが……


 早く危険な場所から逃れたいのに、前へ進めない。

 イザベラは開いた出口の所で、動かなくなってしまったのである。


「何をしているの? さっさと進んで!」


 さっきの仕返しとばかり、ディアナは声を荒げた。前にふさがって、動かないイザベラの肩を乱暴につかむ。

 怒りのおかげで抜けた腰は治った。ディアナはイザベラの肩越しに、扉の向こうを覗き込んだ。


「え……誰??」


 そこには、血まみれの兵士がしゃがみこんでいた。

 どれだけ壮絶な戦い方をすれば、そうなるのだろう……上から下まで赤く染まっている。彫像に赤い絵の具をぶちまけたのかってぐらい……

 ディアナの声に反応して、兵士が顔をあげた。血に濡れた頬……青灰色の目を向ける。


「王女様、ご無事でよかった」

 

 女の声だ。


「エリザベート!? エリザなの?」


 エリザはうなずき、立ち上がった。ディアナは口に手を当て、絶句する。 

 エリザは軽装で、胴鎧しか身に付けていない。鎧で守られていない腕や太股は傷だらけだった。


「なんて酷い……イザベラ、傷を見てやって」

「今は無理です。早く城の外へ出なくては……」

「でも、顔に傷がついているわ。顔だけでも、すぐに見てやって」


 イザベラはしぶしぶ、エリザの顔の傷を確認した。


「出血はありますが、皮膚の表面を薄く切られただけだから、ちゃんと手当てすれば傷跡は残らないでしょう」

「気球に医療品が積んであるから大丈夫です」


 エリザはしっかりした口調で言った。ディアナは涙ぐむ。


「……ごめんなさい、私を助けるためにこんな……」

 

「王女様、大丈夫です。血が出ているだけで、たいしたケガじゃありません。先ほど、西の塔の近くでバルバソフに会いました。出口まで戻れば王女様に会えると聞いて、ここまで参ったのです。これからはバルバソフの代わりに、アタシがお守りいたします」


 エリザは剣の(つか)をポンと叩いた。こんな傷だらけの娘に「守る」と言われても説得力は皆無だが、ディアナはウンウンと繰り返しうなずいた。自分のためにここまで尽くしてくれた、そのことに胸を打たれたのである。


「おしゃべりしてる暇はないわ。さあ、先を急ぎましょう」

 

 イザベラは膜の中にエリザを入れ、早足で裏門を(くぐ)り抜けた。

 




 丘を下りた所に気球は準備されてあった。

 村を囲んでいる石塀の影に、すぐ飛び立てるよう気嚢(きのう)が膨らませてある。魔術の一種だろうか。白い雲に覆われ、近くに来るまで見えないようになっていた。


「王女様、お待ちしておりました」


 気球の操縦士はゴンドラに寄り掛かりながら、ディアナに頭を下げた。左足には棒が縛りつけられている。盗賊というより、気の優しい下男といった風体の中年男だ。


「ホスローは足を骨折しているため、ひざまずくことができません」


 エリザが説明する。血まみれのエリザを見て、ホスローは驚いた。


「エリザ! 酷いケガじゃねぇか……!」

「大丈夫だ。たいしたことない」

「……んなわけあるか……離陸したら、すぐに手当てしてやるからな」



 離陸に時間はかからない。ホスローが最初に乗り、ディアナたちは順番に乗り込んだ。

 エリザが地面に五つの杭で固定しているロープを切っていき、最後の一本を切り終えると気球に飛び乗った。

 

 縛りつけるものがなくなった気球は、一気に浮かび上がる。

 足下の景色が、みるみるうちに離れて行った。



 もう安全だと緊張から解き放たれたディアナは、皆の顔を見回した。

 イザベラ、弟のニーケ、侍女のミリヤ、エリザベート、ライラという亜人の娘、操縦士……自分を除いて六人である。亜人の娘と操縦士以外は見知った顔なので、気を張る必要はない。

 

 気持ちが落ち着いたところで、湧き上がってくるのはイザベラへの怒りだ。見ると、イザベラは下を向いて唇を噛んでいた。


 ──なによ? 私を守るのがあなたの存在理由でしょうが。傷を負ってまで、助けに来てくれたエリザと比べて、この人ったらいつもいつも……さっきの態度、許せないわ!


 イザベラとは幼いころからの付き合いなので、ケンカは日常茶飯事だ。負けず嫌いで気の強いイザベラと、ディアナが激しく言い争うのは珍しくない。

 家臣、女友達と言うには微妙。ライバル同士と言ったほうが、妥当かもしれなかった。

 

 しかし、こんなにいつも腹を立てているのに……ディアナはイザベラがそばにいないと、不安で(たま)らなくなる。

 婚約儀式のため、カワウへ行くことになった時、先約があると同行を拒否され、泣きそうになった。

 だから、魔国で出会えた時は本当に嬉しかったのだ……それなのに……


 ──私は王女なのよ? 泣いて謝るまで、絶対許さないんだから

 

 イザベラを見据え、何か言ってやろうとディアナは身構えた。すると、こともあろうか……イザベラのほうから顔を上げ、ディアナを見てくるではないか。

 バチバチと視線がぶつかり合った。


「ディアナ様、やっぱりわたし、ムリです!」

「!?」

「幼いころから、ディアナ様をお守りしろと言い聞かされて育ちました。それがわたしの生きる理由、前世からの役目だと……自分でもそのように思って、今までおそばで見守ってきたつもりです」

「何を言ってるの!?」

「ですが、運命の人に出会いました。彼を置いて逃げることなんて、わたしにはできませんっっ!!」


 言うなり、ゴンドラに手をかけ身を乗り出した。


「え!?」


 イザベラは、そのまま飛び降りてしまった。

 気球はすでに二十キュビット(九メートル)以上、浮上している。そこにいる皆が、唐突過ぎるイザベラの行動に息を呑んだ。普通なら大ケガか、死んでもおかしくない。


 イザベラは魔術により強い風をまとい、丘の上まで流されてから地面へ落下した。丘の傾斜を少しの間、転がり、何事もなかったかのようにむっくり起き上がる。


「待ちなさい!! イザベラ!……気球を着地させて! 誰かあの馬鹿女を連れ戻して!!」


 城のほうへ走り出したイザベラを見て、ディアナは叫んだ。

 操縦士ホスローが困った顔でエリザを見る。エリザは少し考えてから、ホスローに尋ねた。


「戻ることはできるか?」

「地上へ戻るとガスを無駄にしちまうが、グリンデルまでなら、なんとか持つと思う」


 エリザは、狼狽するディアナに向き直った。


「アタシが連れ戻しに行きます。ご安心を。すぐ着陸の準備をさせますので」

「そんなのダメ! あなたは私を守るんでしょう?」


 ディアナは感情的になっていた。イザベラがいないのに、エリザまでいなくなったら……不安で押し潰されそうになる。


「では……」

「……いいわ。助けに行かなくても。死ねばいいのよ、あんな子……私より男を選んだんだから……」


 心細くて泣きそうだったが、ディアナは必死に涙をこらえた。見捨てられたことに対する悔しさのほうが勝っている。

 への字に曲げた口を固く握った拳で隠す。拳はブルブル震えていた。自分でもそれが怒りなのか、悲しみなのか、恐怖なのか……よくわからない。





「よろしければ、私が行きましょうか?」

 

 ニーケに付き添っていたライラが口を開いた。

 ディアナは突然の申し出に目を見開く。


「城の中はよく知っています。それに、私もイアン様のことが心配ですから」

「ライラ、行かないで!」


 ニーケがベソをかき、ライラにしがみついた。


「大丈夫。ベラを連れ戻したら、一緒にグリンデルへ向かうから。そしたらまた、木の剣で遊んであげる」


 ライラはニーケを抱き締め、額にキスをした。予想外の出来事にディアナは硬直する。


 親密すぎる……


 王族が下々の者と過度に触れ合うことは有り得ない。しかも、亜人と……


 ──なんだか姉弟みたい。私となんかよりずっと……


 猛烈な対抗心が湧いてきて、ディアナは目をそらした。腹違いとはいえ、弟のニーケをディアナはかわいがっていた。年の離れた上の兄弟たちよりも、よっぽど姉弟らしい。ニーケを取られたように思った。

 エリザがライラに尋ねる。


「いいの? 危険なのはわかってる……よな?」

「ええ」


 ライラはふんわり微笑む。美は正義だ。ちょっとした動作で光がこぼれる。うっかり視線を戻してしまったディアナはまた目をそらした。

 そらした先のエリザは唇を歪めている。納得してないのだろう。だが、歪んだ顔をホスローに向け首肯した。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] イザベラは魔術を使って強い風をまとい、丘の上まで流されてから地面へ落下した。丘の傾斜を少しの間、転がり、何事もなかったかのようにむっくり起き上がる。 「待ちなさい!! イザベラ!……気球…
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