102話 作戦会議
「オメェら! 何かいい案はねぇか!? 挙手すれば、発言を許可する!」
バルバソフの問いに対し、真っ先に手を上げたのはダーラだった。黒獅子戦の時に動けなかった三人のうちの一人……積極的なのは、めずらしい。
ダーラは森でずっと獣の生活をしていたために、読み書きができない。仲間内でも浮いた存在だった。
狐の耳と尻尾を持つこの少年は皆の前で発言するのに慣れておらず、おどおどした様子で話し始めた。
「……おいらは難しいことは、よくわかんないんだけど、おいらたち亜人は夜目がきく。だから、夜に忍び込むのはどうかな?……裏から忍び込んで、お姫様を助けてる間に正面から攻め込む」
「こんなかで夜目がきく奴、手を上げろ!」
バルバソフの怒鳴り声に七割方、手を挙げた。亜人の割合が多いゆえの結果だ。
「七割ぐらいか……まあまあだな。けど、夜目がきくのは敵もおんなじだぜ? こっちは夜目がきかねぇ奴も結構いるから、不利になる」
「だが、なかなかいい意見だ。不意討ちを仕掛けるという発想は悪くない」
アスターはダーラを褒めた。ダーラが最初に発言したことで難易度が下がり、次々に手を挙げる者が出てきた。
なかでも有力な案は、「約束の時間のまえに東の塔へ奇襲をかける」だ。
「しかし、東の塔に魔人が本当にいるのか? 見取り図が絶対に合ってないと、その作戦はまずいだろう」
アスターが反論した。それに対しユゼフは、
「城を出るまえ、東の塔に翼の生えた魔人が入って行くのを見た。あの塔が魔人たちの住処で間違いないと思う」
この発言によって、東の塔へ奇襲をかける案は最有力候補になった。
「オレは魔人を直接叩くより、その頭であるイアン・ローズを襲うほうが、てっとり早いと思う」
反対意見を言うのはアスターの部隊のジャメルだ。他の盗賊より身綺麗にしているが、つい尖った耳に目が行ってしまう。見た目は十代後半か二十代前半か。いつもどっしり構えており、言うことに説得力がある。
「話ではイアンは護衛を連れず、一人で城内を歩き回っている。そばにいるとしたら、あのクリープだけだ」
クリープと聞いて、小さな笑い声が起こった。
「みすぼらしい眼鏡野郎」
「護衛があれだったらチョロいな!」
「そもそもあいつ、剣を使えるのか?」
何人かのおしゃべりが聞こえ、バルバソフが一喝する。
「オメェら、私語は慎め!」
静まると、手をピンと挙げる者が一人。
「ビジャン、なんだ? 言ってみろ」
坊主頭のビジャンは右目に剣傷のある物静かな男だ。見た目に亜人的特徴はない。ムッツリしていて、あまり笑わない男だった。
「クリープを侮ってはいけない」
ビジャンは言った。
「あいつは、たぶん殺し屋だ」
ビジャンの言葉に盗賊たちはどよめいた。
「静かに! 静かにしやがれ!」
バルバソフが怒鳴る。
「どうしてそう思う?」
ギラリ、目を光らせ、尋ねるのはアスターだ。
「オレもそうだったからだ。魔人のなかには、人間の子供をさらって自分好みの戦士に育てあげる者がいる。「飼い主」だ。飼い主は人間の客を相手に裏商売をする。それは殺しだったり、盗みだったり、いろいろだ。オレたち「犬」はそこから逃れるために、相当な額の上納金を納めなければならない」
「おまえはどうやって逃げた? そんなに大金を用意できないだろう?」
「飼い主を殺した。だが、後継者がいる。まだ追われている身だ。奴らは逃げた犬が死ぬまで、永遠に追い続ける」
天幕内は静まり返った。小声でヒソヒソ話す声だけが聞こえる。
「飼い主は暴力で支配して、オレたちから感情を奪う。クリープはそれが顕著に表れていた」
髭を撫でつけるアスターの手が止まった。
「おまえの言うことはつまり……クリープは手強いと」
「そうだ。侮ってはいけない。少なくとも、オレよりは数段強いはずだ」
こういう空気は苦手なのだろう。ヒソヒソ話をバルバソフが、ぶった切った。
「他に意見はねぇか!?……もうねぇなら、これで締め切っぞ!?」
最後に手を挙げたのはユゼフの隊のファロフだった。
ファロフは緑色の髪と尖った耳を持つ亜人である。先ほどのビジャンとは対照的にいつも騒がしい男だ。
「みんな奇襲ばっか考えてっけど、オレは待ち伏せのほうがいいと思う。九時になって奴らが襲ってきたら迎え撃つ。村の頑丈な家も使えねぇかな? 奴らは丘を下って来るか、空から攻撃するかだから、罠を仕掛けてこちらの陣地に誘い込むんだ」
バルバソフは苦々しい顔だ。
「話が曖昧でいまいち具体性がねぇな。どんな罠を仕掛けるかは考えてんのか?」
「そいつは……頭脳派に任せるわ!」
ファロフはユゼフとアスターのほうを見た。バルバソフはやれやれと息を吐き、周りから失笑がもれる。
が、ユゼフのひとことで、また静かになった。
「俺はファロフの案に一票入れる」
ファロフがニヤリと笑ってこちらを見たので、バルバソフはしらけた雰囲気をごまかした。
「オレは“奇襲をかける”に一票、だ……」
子分の多くは歓声を上げ、拍手した。一番、賛同者が多い案である。
「アスターは?」
バルバソフが問いかけても、アスターは髭を触ったまま、
「思考中だ」
とだけ答える。そこで、ユゼフが手を挙げた。
「発言しても構わないか?」
バルバソフの首が動くのを見届けてから、ユゼフは話し始めた。
「奇襲をかけるにせよ、待ち伏せするにせよ、同時に王女様の救出をするべきだと思う。イザベラから得た情報が信用できないとはいえ、俺は実際に城の中に入って確かめた。建物の配置はこの見取り図のとおりだ。東の塔から魔物が出入りするのも見た」
バルバソフ、アスター、発言した者たちを順番に見ていく。
「王女様が監禁されているのは、見取り図を信じれば西の塔だが、違う場合は主殿か中央塔だ。安全面を考えるなら、魔物が出入りする東の塔の近くの中央塔に監禁する可能性は低いと思う……となると、西の塔か主殿の二択になる」
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「もし、間違っていた場合はどうなる?」
「でも、もし間違っていなかったら?」
バルバソフは唸り声を上げた。ユゼフは続ける。
「俺はこの可能性に賭ける価値はあると思う。もちろん人員を割くことが難しいのはわかっている。どのみち、忍び込むには少人数のほうが都合いい」
「だがユゼフ、おまえは絶対に救出には行けない。絶対に、だ」
アスターが口を挟んだ。
「おまえには、先陣を務めてもらわねばならぬ」
「……わかっている。だから、この役目はバルバソフにお願いしたい」
突然の申し出に、バルバソフはぽかんとした。
「え。オレか!? なんで??」
「他の者では駄目なんだ。助けに行っても王女様は信用しない」
「この熊男を王女が信用するとは到底思えないのだが……私が行ったほうがいいのではないか?」
アスターが口を挟む。
「アスターさんが行くと、絶対にこじれると思う……」
ユゼフは、バルバソフの目をのぞき込んだ。
「ミリヤを覚えているか?」
「ああ、オレたちが最初に王女を襲ったとき、戦利品として持ち帰った女だ」
「彼女は今、王女様と一緒に囚われているはず。おっとりしているように見えて、じつは賢い子だ。バルバソフが嘘をついたり、小細工のできない人物だとわかっていると思う」
「……だがなぁ、あの娘はオレのもとから逃げた」
「それは王女様を守るためだ。バルバソフが助けに行けば、王女様のため、逃げることを選ばせるだろう」
「……少し、考えさせろ」
バルバソフはミリヤに対して思うところがあるのか、しかめ面だ。
「いったん、話し合いを中断する。アスター、ユゼフ以外は天幕を出て戦いに備えろ!」
「はーい! はい! はい!」
子供のような細く鋭い声が邪魔をする。皆が一斉に見た先には、トカゲの亜人……手を上げるラセルタがいた。
バルバソフは手でシッシッと払った。
「もう発言は締め切った」
「発言じゃありません。質問でーす」
ラセルタはひるまない。
「イアン・ローズは女好きなんですよね?」
「それがどーした?」
「お城に女の子がいたら、連れ帰ってもいいっすか?」
天幕内にどっと笑い声が起こった。バルバソフは笑いをこらえているのか、渋い顔をしながらも口の端を歪める。
「バカが! いいに決まってんだろうが!」
こういったふざけたやり取りは、緊張を和らげた。
彼らは、本当になんの引っかかりもなく笑っているのだ。死が身近すぎるゆえに、切り替えも早い。嘆きは人を弱くする。だから、深く考えない。半ば獣化することで強さを保っていられるのだった。




