101話 罠か否か
イアンと面会後、ユゼフはクリープに先導され、しぶしぶ外へ出た。イアンは魔物を味方につけている。これ以上の抵抗は危ないだろう。クリープの無言の圧力が怖かったのもある。
主殿を出れば、味気ない中庭が広がっている。そこをまっすぐ横切り、からっぽの厩舎を横目に進んで行く。
中庭といっても、乾いた噴水が一つ置かれただけで、黒い壁と灰色の地面に囲まれたただの広場だ。そこをとぼとぼ歩いていたところ、邪悪な気配がした。
何かが蠢いている。だが、城自体から発せられる精気のせいで、ユゼフにはうまく読み取れなかった。
振り返ると、奥にある塔の最上階あたりに黒い影が見える。カラスの群れだ。その群れに見え隠れして、大きなカラスが見えた。
──あれはもしかして? アキラをさらった魔人!?
大きなカラスには、たわわな乳房がついている。腰から下は鳥。カレンの報告にあった鳥女にそっくりだ。
鳥女は鋭い鉤爪で窓枠をつかみ、瞬く間に中へ入ってしまった。同時に周囲を飛んでいたカラスの群れも消える。そこで視界はクリープに遮られた。
「ちゃんと、前を向いて歩いてください」
魔人の姿はすでに消えている。クリープを押し退けることに労力を使いたくなかったので、ユゼフは素直に従った。
すると、今度は人の気配がした。イザベラが走ってくる。
「クリープ! イアンが呼んでいたわよ!」
息を弾ませ、上下する白い胸元が色っぽい。
「彼を外へ送り届けるのは、私がやる! なんだか急ぎみたいだから、早く行って!」
「ですが……」
「つべこべ言わないで! イアンはものすごーく、ご機嫌斜めだったんだから! 東の塔で待ってると言っていたわ。怒らせないうちに早く!」
クリープは、ためらってから「わかりました」と、来たほうへ走り出した。
イザベラはクリープの姿が小さくなったのを確認し、ユゼフの腕に手を回した。
「さあ、行きましょう」
ユゼフは彼女の馴れ馴れしい態度に困惑した。恋人や家族でもないのに、普通は腕を組んで歩いたりしない。
ユゼフの腕はイザベラの脇にぴったりと挟まれ、柔らかい胸の感触までわかる。心音や息遣いが、触れている部分からダイレクトに伝わってくる。
昨日のライラとの一件が想起された……。甘い香りが鼻腔をくすぐり、ユゼフは俯くより他なくなった。
「早足で。でも早すぎないように、私に歩幅を合わせて……」
イザベラは、うしろを気にしながら小声で言った。
少しの間、彼女に従いユゼフは歩いた。恥ずかしいやら、良からぬ考えが浮かぶやらで、嫌な汗をかく。
頃合いを見計らって振り返り、クリープが建物の陰に消えたことを、イザベラは確認した。
「東の塔までは結構あるから、すぐに戻って来ないと思うけど……でも、あいつのことだから、途中で勘づくかもしれない」
イザベラは胸元から、小さく折り畳んだ紙切れをサッと取り出した。すばやく組んでいる手に持ち替え、ユゼフの手に握らせる。
彼女の細い指の感触が消えると、生温かさと無機質な紙の感触が残った。
「何も言わないで! どこに使い魔が潜んでいるか、わからないの」
イザベラは、ユゼフの耳に唇を近づけ伝えた。湿った感触にドキッとさせられる。ユゼフたちは腕を組んだまま、早すぎない速度で城門まで歩いた。
ユゼフを城門に送り届けるまでの間、イザベラは一言も発さなかった。そして、門の外へ追い出すなり、目も合わせず、何も言わずに落とし格子を下ろした。
†† †† ††
村の宿営地に帰ったあと。バルバソフの天幕に見張りを除いた全員が集まった。
天幕に入りきらない十人ほどが、中の様子を入口で窺い、やきもきする。
バルバソフは盗賊らしい顔つきで、一枚の紙切れを眺めていたが、それをユゼフへ返すと溜め息を吐いた。
「やっぱりオレぁ、罠だと思うぜ?……アスターはどう思う?」
「私も同意見だ」
ユゼフが返された紙切れには、城の見取り図が細かく描かれてあった。イザベラから渡された紙である。
ディアナ王女とニーケ王子、サチがいる場所も記されており、紙の裏側には小さな文字で「サチはあなたが助けて」と書いてあった。
「それに、だ。私とレーベが城の周りを調べたところ、その見取図で裏口となっている所には、鉄格子が嵌まっていた。外からは、けっして入れないようになっているのだ」
アスターはいつになく、険しい顔で髭を触っている。
「アスターさんの言う通りです。魔術で鉄格子を開ける方法もありますが、ぼくにはできません」
レーベがアスターの言葉を継ぐ。ユゼフは二人に反論した。
「でも、イアンは罠にかけるようなやり方を好まない。明日の朝九時と言ったら、言ったとおりにする。そういう性格だ」
イザベラの行動は怪しい。だが、イアンは女を使って罠にかけようとは考えないはずだ。完全なる直情径行型。ユゼフは実際に会って確信している。性格は変わっていない。
「あのクレマンティの娘は、まったく信用できんぞ?」
「イアンにとってもそうかも」
ユゼフは言い返す。考えるのが苦手なバルバソフは、また溜息を吐いた。
「この紙には、アナン様がどこにいるかは書かれてねぇよな」
「うむ。それと、ニーケ王子はイアンが居住している主殿にいるから、忍び込んで救出するのは困難だ」
アスターはユゼフから見取図を受け取り、バルバソフの前に置いた。短剣を腰から外し、それで見取図の東の塔を指す。
「裏口から入れた場合、目の前に塔がある。ここは魔物たちが出入りしていると書かれているな? ディアナ王女がいる西の塔へ行くには、この塔の横と武器庫の前、中央塔の裏を通り抜けねばならない」
※見にくい場合、みてみんで画像拡大して下さい。
城の周りは城壁が二重に張り巡らされているので、外周壁と内周壁の間を通ることも可能だが、通路には見張りがいるだろう。内周壁の出入口は四つ。裏口正面にある出入口か、西の塔まで行かないと城内へ入れない。
イザベラはご丁寧にも赤いインクで通り道を書き記していた。赤い線は外周壁と内周壁の間ではなく、さきほどアスターが言ったように東の塔の横と武器庫、中央塔の間を通っている。
魔人たちの詰め所とされる東の塔には、赤字で大きく「サチ」と書かれてあった。サチはイアンのやり方に抵抗したため、塔に監禁されているのかもしれない。
「がぁぁぁぁぁーー! わかんねぇ……」
バルバソフがイラついて立ちあがった。アスターは首を振りながら腕組みする。
「今、やっと、わかった。アキラのほうがマシということが……」
「何か言ったか?」
「いや。皆で作戦を考えよう。しっかり頭を使わないと、そのうち本当の熊になってしまうぞ?」
バルバソフは集まった面々を見回した。
「オメェら! 何かいい案がある奴はいるか!? 挙手すれば、発言を許可する!」
こうして、作戦会議が始まった。




