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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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99話 待ち時間

 打ち合わせのあと、ユゼフはただちに黒曜石の城へ向かわねばならなかった。

 麓の村から、城までは十五分程度。門の前まできたところ、すでに跳ね橋は下ろされており、待ち構えていたドワーフが玉座の間に案内してくれた。

 ドワーフがコック帽をかぶり、前掛けをしていたので尋ねると、料理人だと返ってきた。やはり、人手が足りないのかと思われる。


 玉座の間に入ってからは、かなり待たされた。もう昼時というのに、イアンはなかなか現れない。

 緊張を保っていられるのは、異様な場所だからだった。

 床や壁の見た目は確かに硬質な黒曜石である。だが、ときおり踏み心地が柔らかくなったり、拍動を感じたりする。石のなかに血管が通っているかのごとく、ドクンドクンと脈打っていた。触ればわかる。


 ──生きている


 城全体が一つの生命体のようだ。

 誰かにずっと見られている。そんな気もした。

 ユゼフはだだっ広い玉座の間を見回した。ライラは、つねに掃除が行き届いていたと言っていた。

 ところが、床のあちこちに泥がこびりついているし、玉座の近くに置かれた燭台には埃が積もっている。


 入口近く、小さなテーブルに置かれた花瓶は何日も放置されていたのだろう。干からびた花がそのまま差されていた。綺麗好きのサチが、ここに住んでいるとは思えない。

 ……と、生きている城とは違う気配を感じて、ユゼフは身構えた。

 気配は玉座の裏側、ステンドグラスのあたりだ。

 

 ステンドグラスには、一枚布を体に巻いたメシアの姿が描かれている。メシアの背後には光輝く太陽と精霊たち、下のほうにはケルビム……全身にいくつもの目を持ち、足の代わりに車輪を持つ智天使が控える。

 ステンドグラスに描かれたケルビムの車輪の下、濃い青色のガラスが揺れたとたん、ガリガリッと嫌な音を立てて外された。


 外されたところに、人一人が通れる穴が空く。穴から出てきたのは、たおやかな白い手だ。

 その手は、ぽっかり空いた穴の両端をつかんだ。美しい本体が穴を潜り抜ける。

 黒い睫毛、雪の肌。紅色の頬。唇は赤い蘭。うねった黒髪のその娘には見覚えがあった。


 ──イザベラ・クレマンティ


 彼女は学院で、いつもディアナ王女のそばにいた。ディアナの交遊関係を侍従長に毎月報告していたから、ユゼフは覚えている。


「こんな形で現れて失礼いたします」

 

 イザベラはガウンについた埃を払い、髪を整えてからスカートの両端をつまみ、優雅にお辞儀した。


「わたしのこと、覚えているかしら? ほら、学院で……」

「知っている。話したことはないと思うが」

「覚えていてくださって、光栄ですわ」


 ユゼフは面食らって、何を言えばいいのか、わからなかった。

 とんでもない所から出てきたのに、彼女の様子はどこかの城の舞踏会で、知り合いに会ったような気安さだったからだ。


「安心して。ディアナ様はご無事ですわ」

 

 イザベラは微笑んだ。


「あの……イアンは?」

「そうね、イアンが来るまえに確認したいことがあったの」

「??」

「ユゼフ・ヴァルタン、あなたはディアナ様を助けに来たってことでいいわね?」

「そうだが……」

「よかった!」


 どうも会話が噛み合っていない。彼女の思惑がなんなのか、見当がつかない。困惑するユゼフを尻目にイザベラは勝手に話し出した。


「本当に私たち、いろいろと大変だったの。グリンデル人から奪ったグリンデル水晶を持って、時間の壁を渡ったはいいけど……時間が二ヶ月くらい遡っていて、主国に戻れるかと思ったけど戻れないし……」

「ちょっと待ってくれ! 今、グリンデル水晶と?」

「ええ。グリンデル水晶を持っていれば、時間の壁を渡れるのよ」

 

 驚きを隠せないユゼフに対し、イザベラは得意気に言った。


「サチが発見したのよ。それとね、村に入るとき、襲って来るカルキノスをおとなしくさせたのもサチなの。あの蟹の化け物は、自分より強い者や知っている者には危害を加えないのよ」


 呆然としているユゼフに気づいて、イザベラは咳払いした。


「話を元に戻すわね。壁を渡ってからは、メニンクスを張って魔国を移動した。ダモンに上空から調べさせて、パレルソンの位置もすぐにわかっていたし……」

「メニンクス? パレルソン?」

「ああ、ごめんなさい。ご存知ないわよね? メニンクスは膜を張る魔法のことよ。パレルソンは村の名前」

 

 イザベラは息継ぎもせず、魔の国へ入ってからの経緯をベラベラと話した。普段のおしゃべりと変わらぬ雰囲気だ。


「パレルソンについてからは楽しかったわ。村の人は、みんな良くしてくれたし、物が足りなくて最初は大変だったけど、余ったグリンデル水晶が結構いい値で売れて……」

「悪いが……」

 

 ユゼフは、とりとめのないおしゃべりを中断させた。


「話の要点が知りたい。どういう目的で俺に声をかけたのか、この城のことやイアンのことを教えてほしい」


 イザベラはポカンとして、口の動きを止めた。


「質問が悪かったか? では、イアンと君の関係について教えてほしい」

「……イアンと私の関係!?……失礼ね! わたしとイアンは何でもないわよ!」

「君は人質のはずでは?」

「父はもう死んでいて、人質としての値打ちはないわ」

「でも、クレマンティ宰相はイアンたちによって……」

「父に対して愛情はもともとないの。わたしは一人娘だから、父が亡くなったことによって、家を継がねばならないのが重荷ではあるけれど」

「それにしたって、イアンに従う義理はないはずだ」

「従う? わたし、イアンになんか従ってないわよ?」

「じゃあ、どうしてこんな所までついて来た?」

「……わたしのことは、どうでもいいじゃない」


 イザベラは急に歯切れが悪くなった。


「どうでもよくない。君がどうしてイアンについて来たのか、理由がわからなければ、信用することはできない」


 イザベラは困った顔で、少し考えた。


「……ニーケ様をお守りするためよ。そう、そうなの! ニーケ様の付き添いで、イアンについて来たんだったわ!」

「ニーケ様……末の王子殿下のことか?」

「そう」

「人質なのにイアンに協力するのは、なぜだ?」

「イアンに協力?……わたしは、あなたに聞きたいことがあるから、わざわざこうやって出向いたの。どうでもいいことはもう聞かないで。時間がないんだから」

 

 一方的に話し始めて、質問はするなと言う。ユゼフは肩をすくめるしかなかった。


「あなた、サチ・ジーンニアと仲が良かったわよね? 友達を救いたい気はある?」

 

 不意打ちとも言えるその言葉にユゼフは固まった。


「イエスかノーで答えて。質問はなしよ」


 その時、広間の外、回廊の辺りからダモンの騒々しい鳴き声が聞こえた。

 イザベラはすばやくステンドグラスを外したところへと、体を滑り込ませる。そして、ガラスをはめ込むまえに、顔を出して急かした。

 ユゼフは声を出さず、唇だけ動かして「イエスだ」と。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第101話まで拝読しました〜\(//∇//)\♡ 急成長するユゼフ、比例するようにめっちゃ女運も…∑(゜Д゜) 成長の証って、表情や目力にでるものでムフフ(๑˃̵ᴗ˂̵)♡ 本人はあまり自…
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