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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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96話 使者

 日が昇らないため、淡い自然光が差し込んでいる。視界に(もや)がかかったみたいにぼんやりしていた。薄暗い天幕内にて、ユゼフはあくびをした。


 朝早く、城へ向かうエリザは化粧をしている。湯浴みに洗髪。焦げ茶色の髪は綺麗に編み込まれる。このおめかしを手伝ってくれたのはライラだ。村で唯一の生き残り。紫色の瞳と髪を持つ美しい娘である。


「変じゃないかな? 大丈夫?」


 エリザは不安そうに尋ねる。

 甲冑を着ていても、今日のエリザは女らしい。集まった盗賊たちの視線が色を帯びているのは、気のせいではないだろう。むさ苦しい男所帯では、女の出す色香が余計に濃く感じられる。ユゼフは盗賊たちの視線からエリザを守りたくなった。

 いつもの元気で飾らない姿も、もちろん愛おしい。だが、格別な魅力に惹きつけられる。


「大丈夫。かわいい」


 ライラに言われ、エリザは微笑んだ。不揃いな歯が見えると、やっぱりエリザだなぁ──とユゼフはホッとする。


 あと三十分で約束の九時になる。

 村に着いて、丸一日が過ぎた。今はバルバソフの天幕で、エリザを送り出すまえの打ち合わせ中だ。

 ユゼフはバルバソフの横に立ち、小綺麗にされたエリザを見守った。

 中央にバルバソフが座り、左右にユゼフとアスター、正面にエリザとライラが立っている。他の盗賊はユゼフたちを取り囲み、様子をうかがっていた。


 ──しかし、眠い

 

 ユゼフは口に手を当て、何度目かになるあくびを堪えた。緊張やら後悔やら、心配やらで一睡もできなかったのだ。

 昨晩、エリザはライラと同じ天幕で過ごした。当然、誤解を解くこともできず、わだかまりが残ったままである。危地へ向かう恋人に、ユゼフは気持ちを伝えることすらできやしない。止められなかったことを、悔やんでもいた。

 

 そして、ユゼフと同様、女性に優しい言葉をかけられない武骨者もいる。

 アスターが口を開いて何か言おうとしたので、エリザは手をパーにして止めた。勘がいい。


「オッサンは何も言うなよ! どうせ、ムカつくことを言うに決まってんだから!」

「まだ何も言っていないのに、ひねくれた娘だな? さっき言われたことをちゃんと覚えているか? 間違いなく、滞りなくできるか?」

「わかってるよ! くどい! 城に着いたら、白旗を掲げて大きな声で名乗りを上げる」

「門塔から番人が顔を出したら、だ。そのまえに振り鈴を鳴らすんだ。ほら、忘れてるではないか」

「はいはい、わかった、わかった!」


 エリザは鬱陶しそうに答えた。エリザにとって、アスターは口うるさいおじさん。アスターは男に慕われても、女には嫌われるタイプなのかもしれない。

 説教臭いアスターに対し、バルバソフは適当だ。最初から面倒なやり取りを省いて突入したいし、早く終わらせたいのだろう。投げやりに言う。


「女好きの奴みたいだから、ニコニコ愛嬌振りまいとけばいいんだよ」

「おまえ、緊張で顔が強張(こわば)ってるぞ? もっと自然にしろ」


 ふたたびアスター。バルバソフも、


「そうだ、笑え。笑ったほうが、かわいい」

「礼儀作法はちゃんとわきまえているな? 相手は有名な馬鹿だが、一応名家の嫡男だ。不作法を働くなよ?」

「……もう、みんなうるさいな」


 エリザはウンザリした顔で肩をすくめた。暑苦しい髭親父にしつこくダメ出しされるのだから、無理もない。クソ親父にクソガキ……

 

 アスターの横にいるレーベがユゼフを(にら)んでくる。あくびばかりしているのを咎めたいのだろう。エリザの一大事に不謹慎だと、そもそもおまえのせいで、こうなったのだと──


 クソガキはエリザに横恋慕しており、ユゼフを目の敵にしている。思ったとおり、


「嫌なら行かなくてもいいんですよ。ぼくたちはもともと、無関係なんですから」


 こんな身も蓋もないことを言い出す。レーベの言葉に焦ったのはアスターだ。


「おいおい、今さらやめるとか言うなよ? 相手に約束を取りつけてるんだからな?」

「じゃ、今からでも断ればいいでしょうが」

「約束事の解除を簡単にしてはいかん。約束は守ることを前提にするものだ。大人になるまでには、こういう常識を身に付けねばならぬぞ?」

「盗賊に寄生して、甘い汁を吸おうとしている人が常識とか……? なに言ってんだか……アスターさんみたいに、おもしろ半分でここまでついて来た人とは違うんですよ」

「おもしろ半分て、おまえ……」


 迂闊(うかつ)にもプッと吹き出しそうになり、ユゼフは口を曲げた。傍目からは、しかめっ面に見えるだろう。

 エリザがアスターとレーベの間に割って入った。


「言い争いはしなくていい。アタシは大丈夫だ。引き受けたからには、ちゃんと最後までやる!」


 はっきり言い切ったエリザは、健気だった。青灰色の瞳が輝きを増している。強い意志の表明にはハッとさせられる。

 子分の一人がバルバソフに耳打ちをした。


「そろそろ時間だぞ!」


 バルバソフは膝を叩いて急かした。エリザの気が変わるまえに、さっさと送り出したいようだ。

 いよいよ──とうとう来てしまった。あどけない少女はユゼフのため、その身を捧げる。イアンと魔物が待つ城へ、エリザは行ってしまう……ユゼフは感情に追い立てられ、言を発した。


「ちょっと待ってくれ」

 

 手を上げたユゼフにバルバソフは顎をしゃくる。早く済ますよう促した。ユゼフはエリザに向き直った。


「なるべく余計なことは言わないように。こちらの情報はあまり知られたくない。俺たちの人数、武装や編成に関することは、いっさい口にするな。それと言葉遣いと立ち居振る舞いにも気をつけろ。貴族の娘らしく、礼儀正しく上品に振る舞うんだ。何がきっかけで怒るか、わからないからな……」


 昨日のライラとの一件以来、エリザと話すのは初めてである。ユゼフは至って冷静に注意点を伝えた。

 敵地へ一人で乗り込む恋人に対し、「愛してる」とか「本当は行ってほしくない」といった素直な気持ちの吐露ができなかった。寂しそうにうなずく彼女を見て、胸が痛くなる。見つめ合ったまま、エリザはユゼフのほうへ手を伸ばそうとした。


 しかし、小さな紅い指先はユゼフまで届かない。怒気を発したレーベに邪魔をされた。

 

「エリザさん、もう行きましょう。ぼくがついて行きます」

「おい、まだ話は……」

「もういいでしょ? どうせ、ああしろ、こうしろと言うだけなんだから」


 レーベはエリザの腕を引っ張った。エリザの視線はユゼフからバルバソフへ。バルバソフは首肯し、ライラにも目で合図する。エリザはレーベ、ライラと共に外へ出て行った。


「ん? レーベ? まさか、一緒に行くつもりじゃあるまいな?」


 アスターが慌ててあとを追う。この数日で情が移ってしまったのか。まるで保護者のようだ。

 天幕の外では、供をするために盗賊が二人待っている。アスターがレーベと言い合う声が中まで流れてきた。


「供をするのは他の者だ。危険だから、おまえは行かんでよろしい」   

「いやです。ぼくはついて行く!」

「わがままを言うんじゃない!」

 

 子供には危険過ぎる。アスターが止めるのは当然だが、レーベは頑なだった。大人を嘲る生意気な子に言葉で言い聞かせるのは不可能だ。ユゼフはアスターがレーベを()つと思った。

 ところが、意外なことにアスターはすんなり引き下がった。

 一方的な力で威圧しても反発を強める。それぐらいのことは学んだのか。


「わかった。私がレーベと一緒に行こう。おまえたちは残ってバルバソフに伝えろ」


 アスターの落ち着いた声が聞こえてきた。どうやら待っていた供の者には残ってもらい、自ら付き添うことにしたらしい。ユゼフは胸をなで下ろした。周りを見ると、盗賊たちも同じく溜め息を吐いている。顔を見合わせて笑う者もいる。情が移ったのはアスターだけではなかった。

レーベ視点↓↓


https://book1.adouzi.eu.org/n8133hr/21/

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] まあぶっちゃけイザベラは初登場時から相当頭おかしいオーラを醸し出してますね…
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