98.因習村のタブー
急進党一行は村議アヒムに案内され、ルブラン村の観光地を巡ることになった。
観光地を巡る道すがらの馬車で、ラウルはずっと考え込んでいた。
「俺……何かしたっけな?」
「心当たりはないの?」
尋ねたジョゼに、ラウルは簡単に言った。
「ない。今回のあんたたちと同じように、エメに取材して観光地を案内されただけだぜ」
「じゃあ私たちも、今から村人たちから見て粗相にあたることをしてしまうかもしれないわね……」
ジョゼの胸に、嫌な風が吹いた。
「ねえ、もしかして……ロランが殺されたのは、そういった粗相をしたからなの?」
ラウルはそれを聞いて青くなるや、ロランの取材手帳を読み込んだ。
「その可能性はゼロじゃない。でも……この取材メモを読む限り、急に殺されるような情報は書いてなさそうだぞ」
「うーん……でも何だかこの村、変なのよね。葬式では誰も悲しまないし、泉で全部の病気が治るって信じてるらしいし、全員普通じゃないっていうか……ねえセルジュもそう思わない?」
セルジュは呑気な二人を眺めながら言った。
「二人とも、殺される可能性は考えておいた方がいい。ラウル、先ほどの様子だと君は特に危なそうだな。今日は私と一緒の部屋で寝ろ。例の一階は侵入しやすく危ないからな」
ラウルは急に死の可能性を告げられ、ぞっとしている。
「おいおい、まさかそんな」
「君は国外に出たことがあるか?」
「……いや」
「その国では当たり前のことが、他国でタブーとされているということは多い。例えばサラーナの遊牧民の間では、人の頭を触ったり足裏を誰かに向けたりするのはタブーだ。この村にもそういったタブーがあって、君やロランは知らず知らずそれを踏み抜いたのだろう」
ラウルは口を尖らせた。
「けっ。やっちゃいけないことは先に言って欲しいよな!」
「確かにそうだな。でもアヒムはそのタブーを口には出さなかった。普通、直して欲しいところは先に言うだろうにな」
「なー!」
「ということは……だ。この村には、他地域からの訪問者には言えないタブーがあるのかもしれない……」
セルジュの言葉にピンと来て、ジョゼは反応した。
「きっと村議たちは表立っては言えない、何らかの秘密を抱えているんだわ。それをロランは意図せず暴いてしまった。だから殺された……」
「私もそれはちらと頭によぎったが、じゃあその秘密が何なのかというと……皆目分からないんだ。きっと、こっちが理解した時には殺されてしまう。知らぬが花だ」
セルジュの安全策に対し、ラウルは悪態をついた。
「そういうのを掘り起こすのが取材なんだ。何かに隠れている本音や悪意を、掘り返すのが」
セルジュは言い返す。
「余計なことはするな。だから殺されたんだぞロランは」
一方、ジョゼはわくわくしながら彼らに割って入った。
「いいわ、暴いてやりましょう」
「……おいジョゼ。危険なことはやめろ」
「あら。知らず知らずタブーを踏み抜いて殺されるぐらいなら、先回りして助かる方法を考えたいじゃない?それに……」
ジョゼはラウルの方を向いた。
「あなたは仲間の死の真相を探りに来たのでしょう?仮にも記者なら、多少危険な目に遭ってもやり抜くべきだと思うわ。あなたがロランの仇を取るのよ」
みるみるラウルの目に力が戻る。セルジュは浅くため息を吐いた。
「ま、ジョゼならそう言うだろうなーとは思ったよ……?」
「ふっふっふ」
「しかたない。ジョゼのためなら出来る限りのことはしよう。ラウルに同じことが出来るかは不明だが……」
ラウルは二人の党員を見比べて、ハッと顔をこわばらせた。
「まさか二人、デキてる?」
「……」
「これ記事にしていい?」
「やめろっ」
馬車は第一の観光地、〝ルブランの泉〟に到着した。
洞穴から、ひんやりとした空気が漂って来る。
視察に当たり人払いが行われ、議員団はおのおのランタンを持ち、その中にしずしずと入って行った。
人工的に道が整備されており、階段が下まで続いている。どことなく微風が抜けるのは、この洞穴が別の場所に続くトンネル構造になっているかららしい。
洞穴最下部に、その泉はあった。
ランタンで照らすと、地面から潤沢な清水が溢れ出ているのが分かる。そして意外にも、池のように十分な水量があることも分かった。
「これがルブランの泉です。飲んで行かれますか?」
ひしゃくが配られ、議員団は喉を潤した。ジョゼはひしゃくを遠慮して、手で水をすくって飲む。
確かに、喉に柔らかな水分が行き渡って気持ちがいい。しかし、だからといって病気に効きそうかと言われると……そういうわけでもない。
アヒムがそれを見て満足そうに笑う。
「これでみなさまも当分病にはかかりますまい。わっはっは」
ラウルは何かを警戒して、泉の水には口をつけず淡々とメモを取っている。
ジョゼはアヒムに尋ねた。
「聖女様の治療がどのようなものなのか、ご存知ですか?是非聞かせていただきたいわ」
するとアヒムはゆっくりと首を横に振った。
「私も治療を受けたことがありますのでお教えしようと思えば出来るのですが、これはこの地域だけの人間が受けられる特別な秘術でございますので、他言出来ません」
ジョゼはそれを聞くや、俄然興味が湧く。
「へえー、気になるわ」
「お教え出来ず、申し訳ありません。けれどまあ……〝泉の水を飲めば回復する〟とだけ申し上げておきましょう」
「神秘的ね。ルブラン村の住民になれば、聖女様の治療が受けられるのね?」
「そうですとも。なので是非とも、私たちの村のことを広めていただきたいのです……」
ラウルはアヒムを睨みながら、淡々とメモを取っている。




