97.明るい寡婦は娼婦志望
手を挙げていたのはジョゼだった。
「はい、そこの──女性の方」
ジョゼは挨拶の代わりのように微笑むと、質問を繰り出した。
「初めまして、エメ様。私は現在、女性参政権を叶え、女性議員になるための活動をしております。我が国初の地方議会での女性首長のエメ様は、女性参政権についてはどのような考えをお持ちでしょうか?」
するとエメは前のめりになり、今までの質問とは大きく違った対応を見せた。
「実は、私も女性参政権を叶えようとしているのです。女であるというだけで社会活動から排除され、何も意見を出せぬまま家事だけして死んで行くなんて余りにもみじめです。私は女性にも社会を動かす権利があると考えております」
その前向きな反応に、ジョゼは嬉しくなった。
「エメ様は女性参政権を叶えるため、具体的にはどういった活動をされていましたか?」
「そうですね……まずは教会の資金で漁業権を取得し、利益率の高い貝類の漁をほぼ独占するところから始めました。シスターに素潜りの技術を教え、貝を獲り、糧を得ます。すると資金力があるからか、政治的な発言が容易に通るようになりました。それを三十年前から積み重ね、今があります」
それを聞き、ジョゼは感心した。女が政治的発言権を得るには、生業を得ることと資金力を見せることが重要となって来るのだ。それを三十年も続け、ようやくエメはここまで昇りつめたらしい。この事実は、これからのジョゼの政治活動の大きな指針となりそうだ。
「まずは女性の手に職を、ということですね?」
「その道しかないと考えています。経済力が発言力と相関するのです」
「よく分かりました。ありがとうございます、エメ様」
一筋の光明が見えた気がした。ジョゼは質問を終えると、着席する。
他にも様々な応答があったが、話をまとめるとこの教会は古くからシスターの生活力を高める活動をしており、それが政治力を持つに至り、今日において女性首長誕生という実を結んだのだろう……ということだった。
最後にクロヴィスが言う。
「今日はこれからルブラン村の議会との交流も控えている。明日は例の観光資源に案内していただけるらしい。さあ、移動しよう」
急進党員たちは椅子を部屋の隅に片付けると、シスターの案内で教会を出た。
ジョゼはまだかしましく教会の前で話し込んでいる女性たちに目を奪われる。彼女たちの方も議員の中に混じっているジョゼが気になるらしく、ちらちらと彼女の一挙手一投足に注目していた。
(葬儀の後なのに、いくら何でもはしゃぎすぎじゃないかしら)
奇妙な感覚を覚えながら彼女が歩き出そうとした、その時。
「あの、もし」
急に話しかけられて、ジョゼはおっかなびっくり声の方を振り向いた。
教会の女性達に気を取られている内に、別方向から別の女性がやって来たのだ。
歳は二十代中盤ということだろうか。彼女も喪服を着ていて、何やら困惑の表情を浮かべている。
「……何か?」
ジョゼが声を出すと、彼女はおずおずとこう問うた。
「あなたが、ジョゼ様ですか?」
「……そうですけど」
「村の噂によると、娼館を経営していると言う」
「はい」
「あ、あのう」
彼女はうつむいてから、意を決したように顔を上げた。
「わ、私も……娼館で雇っていただけませんか?」
ジョゼは彼女を爪先から頭まで眺め、ハァとため息を吐いた。
「ごめんなさい、うちはもう娼婦を雇っていないのよ」
「そ、そんなっ……私、このように夫が病死してしまって……」
彼女の言葉に、ジョゼは顔を曇らせた。
「もしかして、この葬儀はあなたの旦那様の?」
「はい、そうなんです!」
「……それで娼婦になりたいと?」
「ええ。エメ様からは修道院に入らないかと誘われてはいるのですが……私はいっそ、街へ出て働いた方がいいのではないかと」
ジョゼは考える。この国の多くの寡婦はすぐに別の相手と結婚させられるのが常だが、意外にもこの村の女はそれ以外の選択肢があるらしい。
「あなた、お名前は?」
「ロジーヌです」
「そう。お名前だけは覚えておくわ。雇うことは出来なくても、どこかで縁があるといいわね」
「えー!そんなぁ……」
ジョゼはちょっとイライラして来た。ロジーヌは雇ってもらいたい割に態度が尊大であるのはもちろん、夫の葬儀で娼婦を目指すなどと公言するのも正気を疑う。
困っていると、何かを察してセルジュが割り込んで来た。
「さあ、次は村議会に行くぞジョゼ」
「ええ、そうね……」
ジョゼは振り返らず、党の用意した馬車に乗り込んで行く。
ジョゼがセルジュの隣でほっとしていると、彼は言った。
「あのロジーヌとやら、夫を亡くしたばかりらしいな」
「そうね。うーん、妙な感じがするわ。この村の女性がみんな葬儀の中でも朗らかなのも不思議」
「そうか?よくあることだぞ。嫌いな夫を亡くし、演技力がないとああなる」
「……嫌いな夫だからって……他人の目があるのに、あの場で娼婦になりたいだなんてよく言えるもんだわ」
「きっと金がないんだ。金策に焦っているだけだろう」
女首長を掲げる村だから女たちも高潔であるなどということは、どうやらないようだ。しかめ面でジョゼは呟く。
「何だか、変な村……」
馬車は村議会の行われている集会所に向かって走り始めた。
村議会は教会や観光地とは遠く離れた、閑散とした場所にあった。
馬車がやって来ると、議員たちが揉み手でぞろぞろと出て来た。歓迎されているらしい雰囲気に、ジョゼたちは安堵した。
クロヴィスが会派を代表して挨拶する。
「初めまして。急進党女性参政権推進会派の代表、クロヴィスと申します」
村議の代表、アヒムがやって来る。
「ようこそおいで下さいました。私はルブラン村議会、議長のアヒムです。……ところで」
アヒムの目が泳ぎ、ふと議員の背後に隠れるようにしてついて来ている記者ラウルを探し出す。
「……あの記者は何者ですか」
クロヴィスが何のてらいもなく答えた。
「取材の記者です。彼は急進党の取材をしているのですよ」
するとみるみる村議の顔が赤く膨れ上がる。彼はずかずかとラウルの方へ歩いて行くと、こう言い放った。
「お前、どこかで見た顔だと思えばテオール新聞社の記者見習いか。余計なことをしてみろ……次はただじゃおかないからな!」
ラウルは〝余計なこと〟をしでかした心当たりはないらしく、驚きに目を白黒させている。
アヒムと同様に、他の議員も記者に敵対的な視線を送っている。ジョゼは村議たちの敵意むき出しの表情を眺めながら、首を傾けた。
「〝次〟は……?」
セルジュが隣で囁く。
「ラウル……どうやら前の滞在期間に何かやらかしているようだな」
ラウルはずっと、心当たりを探しているような疑問符を顔に浮かべている──




