95.密室なんかじゃない
記者ラウルの部屋は、議員たちが泊る二階ではなく、一階の角部屋があてがわれていた。
ここは古城を改修したホテルの中でも一番安い部屋だ。かつて召使が複数人で使っていた部屋だからだという。
ジョゼたちは部屋の中に入った。確かにバスルームもない非常に狭い部屋だった。中央にテーブルがあり、壁際には二段ベッドがある。窓は、大きめの腰窓がひとつ。
「ここでロランは殺された。……あの人はここに倒れていた」
ラウルはそう言って窓際下の床を指し示した。
「窓には鍵がかかるようになっている。発見時も、鍵は閉まっていた」
ジョゼは窓の鍵をじっと見つめる。窓枠自体は古いが、鍵はスライド式の新しいものが取り付けられていた。レバーを横に動かそうとすると、かなり堅い。この頑丈な鍵を外側から外すのは無理そうだ。
「この鍵では、簡易なトリックで外せそうにないわね……」
次にジョゼは扉の方へ向かう。こちらも、シリンダー式の真新しい鍵がついていた。
観光地のホテルゆえ、戸締りの部分はかなり金をかけていることがうかがえた。ジョゼは真新しい鍵をスライドさせて下を覗き込む。
窓の下は砂利が敷いてあり、その上には錆びのような茶色い粉が落ちている──
「……ん?」
ジョゼの発した声に、ラウルが飛びつく。
「何か分かったのか……!?」
「見て。鍵は真新しいのに窓枠は錆びている……なぜかしら。ちょっと外側からも回って見てみましょう」
ジョゼは窓枠から身を乗り出すと、そのまま外へ出ようとする。
……と。
「……あっ」
ジョゼは地面に飛び降りてから、頭を搔いた。
「うそっ。今、窓の桟が動いた……?」
窓からセルジュが身を乗り出した。
「おい。お行儀が悪いぞジョゼ」
ジョゼはその苦言には応じずに、外側から窓枠を調べた。
窓枠の四隅には、錆びたネジがはめこまれている──
「ふーん、そういうこと……」
ラウルがセルジュを押しのけてジョゼに尋ねる。
「何か分かったのか、ジョゼ!」
ジョゼは簡単に言った。
「多分この古い窓、ネジで取り外せるわよ」
男たちはぽかんと口を開けた。
「えっ……?」
「ほら、地面をよく見て。錆が落ちてる」
「……本当だ」
「それにほら、少しネジが緩んでるの」
ジョゼが窓枠を前後に揺らすと、錆びの粉が少しばかり落ち、窓枠がズレた。それから、ネジの隙間からじんわりと油が滲み出る。
「窓から飛び降りた時、ちょっと前後にズレた感触がしたのよ。この様子だと、誰かが油を差してからネジを回して開けたみたいね」
ラウルが唸った。
「ということは……たとえ窓に鍵がかかっていたとしても、窓枠ごと外せば」
ジョゼが言う。
「そうね。つまり、犯人は窓枠を外してロランの部屋に侵入したのよ。そして揉み合いになりながらも毒を被害者の口に押し込み死亡を確認すると、出て行って再び窓をネジで閉じた……」
ラウルは歯噛みした。
「……じゃあ〝密室だから事故死〟の線は消えたじゃないか」
「そうなるわね。どうする?地元の警察に掛け合ってみる?」
「いや……」
ラウルは一考した。
「その前にもう少し、ロランが死ぬまでの経緯を集めたい。なぜロランは殺された?俺はまず、そこが解せない」
セルジュが言う。
「確かによそ者が〝窓枠が外れたからこれは殺人だ〟と言ったところで、この地域の警察がそれをすんなり受け入れるとは思えない。もっとぐうの音が出ないところまで証拠を集めておいた方がいいだろう」
ラウルはその意見に頷くと、記者らしく今までの出来事を手帳に書きつけた。
ジョゼが言う。
「まず、この村の誰にロランを殺害する動機があったのか……というところを調べましょう。一週間滞在した程度のよそ者が、村人から急に恨みを買うことなんてあるかしら?」
「うーん……」
ラウルは胸ポケットから、もうひとつの手帳を取り出した。
「そう思って、これを持って来た。ロランの取材手帳だ」
ジョゼは目を剥いた。
「何よ、そんないいものがあるの?見せて」
「と言っても、ずっと一緒にいた俺のメモと大差ない。ロランは特にそれらしいことは書き残してないよ」
「いいから見せなさいよ」
渡された手帳をめくると、そこにはルブランの観光名所のことばかりが書いてあった。
「ほとんどルブランの観光メモじゃないの」
「エメへの取材は、ほとんどが観光地のPRだったからね」
ページを遡ると、エメと選挙のことがぽつぽつと書いてある。
「全会一致で可決……聖女を首長に。男の風土病。泉を信じよ。泉での生還者多数……?何これ」
「ああ、それはな……ルブランの泉の水を飲んで、原因不明の病が治ったという村人が沢山いるようなんだ。議員の多くが例の泉の世話になったらしく、その奇跡を信仰し聖女を首長に祭り上げるに至ったらしい」
ジョゼは白けたように鼻を鳴らした。
「ふん。泉で全部の病が治ったら、誰も苦労しないわよ……」
言いながら、ジョゼの脳内に奇妙な靄がかかる。
「泉で病気が治らず死んだ人だらけだったら、その信仰もいつか終わるのかしら?」
その時だった。
「おーい、いたいた!」
遠くからやって来たのはクロヴィスだった。
「探したよ。何をしてるんだ?こんなところで」
「き……記者と話をしていたところです」
「そろそろ聖女のいる修道院へ向かうぞ。支度しろ」
ジョゼたちは気まずそうに目配せし合うと、ぞろぞろとクロヴィスのあとをついて歩き出した。




