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第九章.救いの聖女

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94.漁村の名物

 食堂には、既に党員たちが集まっていた。


 香しい海産物の香りが充満している。海沿いの古城を改装したホテルならば必然の香りであろう。


 少し遅れてやって来たジョゼは吸い寄せられるように空いた席に就く。給仕がやって来て食前酒のワインと、様々な魚介を乗せた皿を並べ始めた。


「わあ、すごい!全部白ワインに合いそう……!」


 前菜はフグのカルパッチョ。海老とパプリカのカラフルなアスピックゼリー。それからあさりのスープ、小さな固いパンを全員で味わう。


 メインに、王都では見たことのない特大サイズの牡蠣がやって来てジョゼは度肝を抜かれた。


「えっ……?何この大きい貝」


 隣で彼女の様子を見ていたらしい党員のパスカルが言う。


「牡蠣だよ。見たことねーの?」

「牡蠣って……こんなに大きかったかしら?」

「この牡蠣は村の名産品らしいぜ。何でも、教会の尼さんが海で獲って来るらしい」

「えっ!?尼さんの海女さん……?」

「そういうこった。王都では余りそういった話を聞かないが、田舎の教会ではそういう労働を独占的に行っているらしい。海女さんは特別な訓練を受けていて、どの男よりも深く潜り、大粒の牡蠣を狙って獲るそうだぞ」


 牡蠣は殻に入ったままパン粉とオレガノをまぶされ、オリーブオイルで揚げられている。ナイフで割ると、中から海のミルクがとろりと溢れ、殻を満たして行く。


 口に入れると、海を丸ごといただいたような、深い味わいが広がる──


「お……美味しい……!」


 ジョゼの瞳はキラキラと輝いた。


「これ、うちの娼館でも出したいわ!」

「……無理だろう。運ぶのに何日かかると思ってるんだよ。その間に腐るって」


 その後も、党員たちはオレンジのソルベや海ぶどうのサラダ、チーズを平らげた。


 ジョゼがゆっくりと最後のコーヒーを楽しんでいると、パスカルが低い声で尋ねる。


「ジョゼは牡蠣が好きなのか?」

「ええ、勿論。海の幸って、遊牧民は食べられなかったから尚のことだわ」

「俺は駄目でね。今日も残しちまった」

「あらそうなの?勿体ない」

「子どもの頃、牡蠣に当たったことがあるんだよ。あれはひどいもんだぜ。上からも下からも……」

「ちょっと。お食事中ですよ」

「あ、ごめん」


 貝に当たると言うのは、ジョゼにはまだ経験がなかった。


「ではきっと、この貝も海女さんが獲ったのね」

「だろうな」

「私は泳げないから、尊敬するわ」

「あれは卓越した技能だからな。何分も深く潜るなんて、相当訓練しないと出来ないよ」


 更にこの地域の首長は女性だと言うから、きっとこの村の女性も強いのだろう。ジョゼは漠然と屈強な女性首長を想像し、ため息をついた。


 と、遠くからセルジュがやって来る。


「さあ、腹ごしらえは出来たか?ラウルが呼んでいる。行こう」


 ジョゼが立ち上がると、隣のパスカルも立ち上がった。


「あら……?そう言えばあなた、以前私に〝娼婦には票が集まらない〟っておっしゃってましたよね?今回、女性首長の誕生を取材に来たというのは、どういったわけなの?」


 パスカルは言葉に詰まったが、汗を拭きながら言った。


「考えが変わることだってあるだろ」

「?ふーん……」

「いや、もう誤魔化さず正直なところを話そう。実はあの事件の最中〝女が持論を長々と話すのを初めて見たなぁ〟って思ったのが、ここに来たきっかけなんだ」


 ジョゼは〝信じられない〟と言うようにぽかんと口を開けた。その様子を見てパスカルが続ける。


「つまり、俺の母も姉も軽いお喋りぐらいはするけど、自分の意見を述べることは常に慎んでいる。そのことに気づかされたんだ。なぜなのかよく分からないけど……彼女たちは恐らくそのようにしつけられたのだろう。男の話を遮らず貞淑に振る舞え、とか、女が前に出て喋り続けるのはみっともない……とか。だから逆に言えば、君はその常識から外れているのでかなり目立つ存在なんだ。これはしっかり行く末を見ておかないとな~と思って」


 ジョゼはまだ口を開けていた。


 彼女は失念していたのだ。


 ジョゼはサラーナ王朝の王女であったし、その後は娼館を経営していたので、発言権のある女や口さがない女というものに何の違和感も抱かず生きて来た。だから、女が男の間に割って入って話し続けることに何の疑問も持っていなかったのだ。


 彼女が思っている以上に、この国の一般の女は〝発言の機会〟を与えられていないらしい。


「そう……だったのね」

「あとは、人口の半分を味方につけられた方がいずれ選挙戦で有利に戦えるかなと思えたんだ。俺も勝ち馬に乗ろうって思ったわけさ」

「勝ち馬……?」

「ジョゼ、君のことだよ。セルジュも恐らくそう思って君を党員に引き込んだんだろう。君はいい意味でも悪い意味でも目立つ。その近くにいれば、俺も目立てるって寸法さ」

「ふん。自分の努力で目立ちなさいよ、ずうずうしい」

「ははは、それもそうだな」


 パスカルが去って行き、セルジュがこっそりと耳打ちして来る。


「……仲がよさそうで何より」

「仲なんてよくないわよ……」


 二人がラウルの元へ向かうと、彼の手元には牡蠣が残されていた。


「あらラウル。牡蠣は食べないの?美味しいのに」

「俺も、牡蠣苦手なんだ」

「へー。牡蠣が苦手な人、結構いるのね」

「そんなことより、準備は出来たか?……俺の部屋を見て欲しいんだ。ロランが殺害された現場を」


 ジョゼは空腹が満たされたので、気分がいい。


「早速私の出番ってわけね?しっかり取材して、いい記事を書いてちょうだいね」


 ジョゼは彼らを伴って、ロランの殺害されたとされる部屋へと歩き出した。

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
牡蠣美味しいですよね( ˘ω˘ )
牡蠣スキー! 牡蠣スキー! 牡蠣スキー! すいません、今回はこれだけ叫ばせてください(笑)
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