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第九章.救いの聖女

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93.英雄の夢

 辿り着いたのは、村で一番大きな古城だった。


 先に到着していたクロヴィスがジョゼたちに声をかける。


「聖女への取材をしたいと言う議員が他にもいたので、連れて来たよ。この城は最大20人宿泊出来るらしいな。食事の時間になったら、また声をかける。それまで待機しててくれ」


 一行はぞろぞろと古城に入って行く。古城の中にも、潮の香りが充満していた。




 ジョゼには一番上等なスイートルームがあてがわれた。


 恐らくクロヴィスが気を回して、紅一点のジョゼのために用意させた部屋に違いない。


 ジョゼは天蓋付きのベッドに仰向けになると、目を閉じた。


 波の音が聞こえる。


「ああ……海のそばって、素敵」


 実は、何でも器用に出来るはずのジョゼは、泳ぐことが出来ない。


「……泳ぐのって、どうやるのかしら」


 産まれてこのかた海の見えない大陸のど真ん中で遊牧民をしていたため、彼女は泳ぐ習慣を持ち合わせていなかったのだ。


 心地よい波の音に耳を澄ましながら、少女は眠りの海に溺れて行った。




 ジョゼは夢を見た。


 サラーナ王宮の中で、使命を告げられた日の夢を──


「スレン様。サラーナの言い伝えでは、国を率いる者は英雄の夢を見ると言いますね」


 女官ノールが巻物を広げながら、指揮棒で絵を何カ所か指し示し、幼いジョゼ──スレン皇女に読み聞かせている。


 スレンは首を傾げた。


「英雄の夢……?」

「あくまでも言い伝えですし、末娘であるスレン様には関係のない話かもしれません。我が国では天から英雄に選ばれし者は、何度も謎の夢を見ると言われています。過去や前世の記憶の夢を見ることもあれば、事前に問題解決のヒントを得られる夢を見ることもあります。これが〝英雄の夢〟です。なのでこの国では、特に占いが盛んに行われているのです」


 ノールもまた、優れた占い師であった。スレンは床に広げられている巻物をなぞり、女官に尋ねた。


「ねえノール。私の未来はどうなっているのかしら?」

「スレン様。最近、そのような予知夢を見たことは……?」

「ないわ。夢なんか、ぐっすり寝ちゃってほとんど見ないの」

「ふふっ。元気でよろしいことです」


 英雄の物語が描かれてる絵巻物には、彼が予知夢から目覚めた時、今から夢と全く同じ言動をすると決め、その通りにすることでサラーナ国を建国したと伝えられている。


「サラーナと占いは、切っても切れない関係にあるのね」


 スレンはそう言って、ノールに微笑みかける。


「ノールもよく占いをしているわね」

「はい」

「占いの結果通りになることって、そんなにあるのかしら?」

「そうですね……」


 ノールはちょっと苦笑いをしながらも、慎重に続けた。


「当たることも外れることもあります。しかしながら、占い師にとって重要なのは、未来を当てることではなく、望む未来を見せることにあるのです」

「?」

「占い師は、その人の〝本当の〟願いを引き出すためのものです。夢も、たまに願望そのものを見せる時があるでしょう?例えば、絶対結ばれない人と結ばれたり……亡くなった人と出会えたり」

「ああ~!あるある」

「このように、〝これが私にとって必要だった〟と感じさせるのが占いの基本的な力です。運勢や縁起物を占い師がどれだけ提示しようと、ゴールをどこに設定し、どうするかを決め、本人が動くことでしか未来は変えられません」

「ほ、本当だわ……!」


 スレンは若き占い師に感動し、何度も頷いた。


「〝結果〟を決めておくのね。そうしてから、どうするかを考える……」

「そうです。よりよい人生の選択のため、どのような結果が欲しいですか?」


 スレンは考えた。


「えーっとね……」


 目の前では、大好きな女官ノールが微笑んでいる。


「私、大好きな人とずーっと暮らしたいな!父上、母上……ノールに……未来の婿殿と!」


 スレンは皇女なので、この国の伝統であれば婿取りが婚姻の第一形態となる。


 ノールはクスクスと笑った。


「そうですね。愛されて生きるのが、多くの女性の望みですね」

「みんなで仲良く生きて、仲良く死ぬの」

「……それが一番難しいことかもしれません。どうしても、寿命は前後してしまうものなので」

「あーん!何で人には〝死〟があるのかしら。何で人は、必ず悲しまなければならないのかしら」


 幼いスレンには、誰かの死は自分の死と直結している気がしてならなかった。


 それだけ、かの皇女は周囲の人間から愛を受け取っていたのだ──




 ジョゼは目を覚ました。


 開け放たれた窓から、教会の鐘の音がする。


 汗ばむ首元をぬぐいながら窓辺へ向かうと、ジョゼは遠くの教会に葬列が出来ているのを見つけた。黒い喪服を着た女たちが列を成して歩いている。


「人の死……」


 彼女が解決する事件の裏には、必ず死者がいる。


「死んでから解決するんじゃなくて、事件を未然に防げればいいのに」


 ジョゼは窓の桟に顎を乗せた。


 最近、過去の夢ばかり見る。何でもない日常、幸せだった頃の記憶の断片を──


「不思議な〝英雄の夢〟……一体、私に何を伝えているの?」


 ジョゼがそうひとりごちていると、コンコンとドアを叩く音がする。


「どなた?入って」


 扉の向こうには、執事が立っていた。


「ジョゼ様。お食事の用意が出来ましたので食堂までお越しくださいませ」

「そう……分かったわ」


 ジョゼはベッドから滑り降りると、少し崩れた髪をかき上げながら部屋を出て行った。

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ブレイブ文庫様より
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