91.密室の変死体
テオール新聞社の応接間に通されたジョゼの目の前に、温かい紅茶が差し出された。目の前でしきりに頭を下げているのはラウルではなく、編集局長のレオである。
「うちの見習いがご無礼を……ほら、お前も謝るんだっ」
上司の隣で、ラウルもばつの悪い顔で頭を下げる。ジョゼは取り成した。
「いえいえ、無礼など感じておりません。私の方こそ、今日は聞きたいことがあってここにうかがったのです」
ジョゼは新聞の切り抜きを二人の前に差し出した。
「実は現在私は急進党の党員となり、女性参政権を得るべく奮闘しています。この記事を読み、もしかしたらルブラン村のエメと話せば、それを叶えるヒントが得られるのではないかと──そう思い立ち、広告費を届けがてらテオール新聞社に足を運んだというわけなんです」
レオはしばらく目を白黒させていたが、
「この記事自体はラウルが書いたものです。しかし、取材をしていたのは生前のロランです。つまり、ロランの取材した内容をラウルが勉強していて、それを急遽私が彼に紙面にまとめさせたということになります」
と簡潔に答えた。
「生前──ということは、現在ロランさんは……?」
ジョゼが促すと、レオはため息交じりに観念するように答えた。
「死にました。ルブラン村の、宿屋でね」
ジョゼがラウルに驚きの視線を向けると、ようやく彼は前のめりになって喋り出した。
「村の警察は、ロランは閉め切った部屋で食中毒で嘔吐、それで窒息して死んだと結論づけた。でももっと詳しく調べたくて、俺は遺体を王都の警察に持って行った。そしたらどうやら遺体はフグ毒での死に方と酷似しているらしいんだ。でも、俺もロランも村でフグなんて食べてなかった」
そういうことか、と彼女は合点がいった。
「つまり、密室で死んでいたから事件性はない……ということになったのね?」
「そうなんだ。でも─ロランの遺体両腕には、複数の痣があった」
ジョゼはごくりと唾を飲み込んだ。
「痣……ですって?」
「そうだ。俺はロランと寝る以外の時間はずっと一緒にいたが、その時は腕に痣なんて見当たらなかった。でも、死亡時には見たこともない痣がついていた。恐らく死の直前、誰かに押さえつけられたか、何かに抵抗してついた痣なんじゃないかなと俺は睨んでる」
警察ならば、真っ先に被害者の外傷を調べるものだ。腕についた痣は、防御痕の可能性がある。しかし地元警察はそれを考慮することもなく、密室だったというだけで事故死と断定してしまったらしい。
「……確かにおかしいわね」
「きっと毒殺されたんだ。犯人はロランにフグ毒を飲ませて殺し、何らかの方法で密室を作って遺体を閉じ込めた……」
「ふーむ。でも現場を見ないことには、私も何とも言えないわね……」
それを聞くや、ラウルは立ち上がった。
「ならば、ジョゼ様。もしあなたとエメ様とが出会う機会を作れば、ロランの死の真相を暴いてくれますか?」
ジョゼは向かい側できらりと目を光らせた。
「面白いわね……その話。乗ってもいいわよ。ただし、その案件を受けるには、こちらからも条件があるの」
「条件?」
「ええ。女性参政権を支持する記事を載せて欲しいのよ。どうかしら?」
それについては、意外にもレオは簡単に承諾した。
「いいでしょう。私もロランの死には疑問を抱いておりますし、もし真相というものがあるのなら記者はそれを暴くべきだと考えています。ただ、話を持ちかけても村長のエメ様がジョゼ様に会って下さるかどうかは未知数ですね」
ジョゼはじっと考え込んだ。ルブラン村警察の話を聞くに、その村は思った以上に閉鎖的なようだ。奇妙な事件に関わった新聞社を引き連れて行けば、女首長も警戒して表には出て来ないかもしれない。
「うーん。エメ様に利益があれば、取材の話に乗ってくれるのではないかしら?ラウル、最初に取材が決まったのはどういういきさつだったの?」
ラウルは慌てて胸ポケットから手帳を取り出した。
「えーっと……確かロランの取材交渉が受け入れられたのは、ルブラン村にある泉を新聞で紹介したことがきっかけで」
「泉?」
「〝ルブランの泉〟っていう、観光地があるんだよ。それを宣伝するなら、という条件付きで認めて貰ったんだ」
「なるほど。彼女も私のように、新聞社に宣伝を期待したのね」
「ロランはそうやってエメに取り入ることに成功したんだけど、結局何者かに殺されてしまった。実はあれ以来、テオール社は治安を乱したとしてルブラン村を出禁になっていて……」
「えー……」
ジョゼはうなだれた。
「じゃあ、新聞社経由ではエメに会うのは無理そうね……」
「うっ……力になれず、申し訳ない」
三人は肩を落としたが、ふとジョゼは顔を上げた。
「そうだわ。急進党経由ならば、あるいは……」
彼女の言葉につられるように、記者二人は顔を上げた。




