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第九章.救いの聖女

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90.テオール新聞社のラウル

 いつものフルニエ城の朝。


 いくつかの新聞をまとめてテーブルの上に広げると、ジョゼは娼館リロンデルの広告を確認した。


 彼女は広告費を払った新聞のチェックを欠かさない。たまに広告を差し忘れている新聞社があったりするからだ。


 そこから目を離しある新聞の記事を読み込んで行くと、政治面の片隅に衝撃のニュースが書いてあった。


「えっ?ルブラン村に初の女性首長誕生……!?」


 ジョゼは少し衝撃を受けると、その記事をまじまじと読み込んだ。


 記事によると、ルブラン村という小さな村の首長が女性になったということだった。女性は名をエメといい、地元教会の修道長らしい。


「なるほど……聖職者、その中でも役職付きなら元々地位のある女性だし、なってもおかしくはない……か」


 しかし小さな村の出来事ゆえか、あまりにも情報が少ない。


「女性参政権がないのに、彼女はどうやって首長になったのかしら?」


 ジョゼの中の好奇心がむくむくと湧き上がって来る。


 そんな折、扉がノックされた。


「マルクでございます。振込用紙のご記入をお願いいたします」

「いいわ、入って」


 少年執事のマルクが、うやうやしく数枚の振込用紙をトレーに乗せて運んで来た。


 ジョゼはそれにざっと目を通す。ふと、新聞社への振込用紙に目が留まった。


「テオール新聞社……」


 ジョゼは今しがた手にした新聞を見る。まさにその新聞社だった。


「どうかなさいましたか?」


 マルクが尋ねると、ジョゼは勝気に笑ってこう言った。


「マルク。いつもは小切手の郵送で済ましているけど、今度の広告費は私自身の手で持って行きたいわ」

「はあ……」

「このテオール新聞社にちょっと聞きたいことがあるのよ。ルブトン村に女性首長が誕生した記事が書いてあるのは、この新聞社だけだったわ」


 差し出された新聞記事を見ると、マルクは「へぇー」と気の抜けた声を出した。




 ジョゼは娼館に戻ると、自らの足で王都の片隅にある新聞社へ向かう。


 テオール新聞社はトランレーヌ国内で発行部数三位を誇る中堅新聞社だ。それゆえ広告料も大手より安く、娼館リロンデルが一番最初に公告を出したのはこの新聞社だった。彼女はそうマレーネから聞かされていた。


 騒がしい印刷所が立ち並ぶ一角に、目指すテオール新聞社はあった。


「ごめんあそばせ」


 ジョゼは新聞社入口にいる守衛に声をかけた。


「私は娼館リロンデルの主、ジョゼと申します。今回は広告費を手渡しでお届けしたいのですが、政治面を担当している記者はいらっしゃいますか?来たついでに聞きたいことがあるの」


 守衛は首を横に振った。


「記者部にはお通しできません。広告は広報部の管轄です」

「えっ……そこを何とか」

「記者を脅して歪曲記事を書かせようとする奴が後を絶たないんだ。悪いが記者部には通せない」


 彼の言う通り、確かにそういった輩は多いのだろう。ジョゼはがっかりしたが、新聞社との関係を悪化させるのは悪手だとすぐに悟った。


「そうですか……それでは、とりあえず来月分の広告料を」


 そう言って封筒を懐から出した、その時だった。


「わー!待って待って!」


 ばたばたと階段を駆け下りる音がして、汗をにじませ現れたのはひとりの少年だった。


「マダム・ジョゼ!ちょうどいいところに!!」


 チェック柄の少し大きめのジャケットを羽織った少年は、襲い掛かるようにジョゼの目の前に立った。


「折り入ってあなたにご相談が……!」


 彼は妙に慌てている。痩せ型の少年で、年の頃はジョゼと同じくらいの印象を受けた。


「……どなた?」


 ジョゼが訝しがっていると、少年は答えた。


「俺はラウルって言うんだ。テオール新聞社で、記者をしている。まだ一人前ではないんだけど──」


 ラウルの声を塞ぐように、守衛が冷たく付け加えた。


「彼は記者見習いです。16歳。豪農出身で一通りの読み書き計算は出来ますが、田舎の言葉が抜けず、また行儀が悪く節度が至らないので単独で取材はさせられないのです」


 確かに彼の落ち着きのなさは年相応とも言える。記者となり王室や政治家と関わるには態度が半人前なのだろう。しかしその瞳は常に何かを語っており、死んだ目をして口だけを動かしているその辺の大人よりは賢そうだ。彼はいずれいい記者になるだろう。


 ジョゼは言った。


「まあ、未来の記者さんなのね。私も16歳、あなたと同じ年よ。ところでご相談って何かしら」


 守衛は何か察したらしく、ラウルに釘を刺した。


「おい、半人前がマダム・ジョゼに失礼を働くんじゃないぞ」

「大丈夫だよ。みんなうるさいのな」


 ラウルはジャケットの襟を両手でピンと張って正すと、こう言った。


「ずっと俺を指導してくれていた先輩記者のロランが、ルブラン村で取材中に殺されたんだ。それでマダム・ジョゼにどうにか犯人を見つけてもらいたいと思って──」


 守衛はすぐに「こらっ」とラウルを叱った。


「玄関先でする話じゃないだろう!まったくこいつは……」


 しかしジョゼの目はそれを聞いて俄然燃えて来た。


「ルブラン村で……?まぁ」

「ん?君はルブラン村を知ってるのかい」

「知ってるも何も……私もその村の話をしに来たのよ」


 ラウルは驚きに目を丸くし、ジョゼは目を爛々と光らせた。


「ねえ、もしかして……朝刊のルブラン村の記事を書いたのは、あなたなの?」


 それを聞くと、ラウルは嬉しそうに何度か頷いて見せた。

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
うおぉ、全裸待機が長すぎてすっかり裸族になってましたよ! おかえりなさい、ジョゼちゃん(*´꒳`*) またあの男どもも出てくるんでしょうか。グイグイあちこち首突っ込んで「またお前か」を言わせてやって〜…
Aimer……!?
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