8.セルジュ容疑者
馬車に乗せられ、ジョゼたちは王都警視庁に向かった。ジョゼは娼婦を雇い入れる際、必ずここで娼婦登録事務手続きを行うので、よく見知った建物である。かつて王の愛人のための離宮だったこの華やかな建築物は、今や屈強な警官や刑事でひしめき合っている。
馬車を降り、ベルナールに伴われながらジョゼと娼婦三名はある部屋に通された。
「取り調べはひとりずつ行う。ジョゼはあの部屋だ」
「……分かったわ」
ジョゼは取調室に入った。尋問するのは、ベルナールではない別の刑事だった。
ジョゼはフレデリク死亡推定日時の前日と前々日を娼館で過ごしていたことを伝えた。先の取り調べで彼女がフロアに出ていたことを証言した客がいたらしく、疑いは晴れた。
娼婦たちも次々呼ばれたが、男たちを複数人接待していたので、その内アリバイが出来るだろう。
四人は再び顔を合わせると、ほっとして互いを見交わした。
「これで解放されるのかしら」
部屋の隅で見張っていたベルナールが答えた。
「君たちはまだ監視対象に入っている。出頭命令があればすぐ出頭するように」
「ええー!じゃあ昼の同伴が出来ないじゃない!」
「仕方ないだろう。犯人が捕まるまで、しばらく遠出はお預けだ」
「やだやだ!フルニエ城行きたい!」
「どうしてもと言うなら、警官に追尾されることになる」
「……そんなぁ」
「早く監視から逃れたければ、大人しくしておくんだな」
娼館の四人はベルナールに背を向けるとぶつくさ言いながら王都警視庁を出たが、馬車の待合所で懐かしい顔に出くわした。
「あっ、セルジュ……!」
「ジョゼ、久しぶり」
指輪事件以来会っていなかった彼と久々に顔を合わせ、不安だったジョゼは少し嬉しくなった。
「あなたも容疑者のひとりなの?」
「……有体に言えば、そういうことだ」
「フレデリク様の周辺を嗅ぎ回ってましたものね?」
「ははは。実は、フレデリク様の奥様……シュザンヌ様から名指しで容疑者扱いされてしまって」
ジョゼは眉尻に困惑の色を浮かべたが、セルジュは言った。
「大丈夫、私にはアリバイがあるからこのように解放されている。実はフレデリク様を議会で最後に見てから、急進党の新人たちで地方の視察に行っていたんだ。昨日まで王都にはいなかったから、殺して遺体を切って捨てて……そんな作業を完遂させるのはひとりでは無理だし、証人が複数人いたから大丈夫だろう。というわけで解放されたんだ」
ジョゼはその言葉を受け、じっと考え込んだ。
「シュザンヌ様から、名指しで容疑者扱いってどういうことなのかしら。セルジュを陥れようとしているの?」
「まあ……こちらの動きがバレていたんだろうな」
「……それじゃあ、フレデリク様は奥様にセルジュのことを話していたのかしら?」
「……その可能性はある」
と、遠くからバラデュール家の御者がやって来た。セルジュは焦りながらこう続けた。
「あの」
「何かしら」
「来週フレデリク様の地元セルペット市の教会で、葬儀が執り行われるんだ」
「そう……」
「ジョゼも行かないか?彼は娼館の上顧客だったんだろう」
互いの視線のやりとりで、それはどうやら偵察目的であることがうかがえる。
「セルペットは確か、伝統的に葬列を作るのよね」
「だから我々も参加しやすい」
「いいわ。思い出もあるし……でもシュザンヌ様に拒否されるかもしれないわね」
「そうなったら、そうなった時だ。でも……」
セルジュは声を低くした。
「フレデリク様と奥様が何らかの情報を共有していたとすれば、我々はシュザンヌ様の行動をよく見ておく必要があるな」
ジョゼは頷いた。彼は静かに背を向けると、バラデュール家の馬車に乗って帰って行った。
ジョゼの馬車は娼館リロンデルへと走り出し、その後ろを王都警察の馬車が追った。
娼館は今宵も開いた。
すぐにラクロワ商会のマシューがやって来て、リゼットとジョゼを呼び出した。先にリゼットが出て行き、場を温める。ジョゼはもやもやした頭を抱えながらも、仕事モードに切り替えて卓に着いた。
「マシュー様、お待たせいたしました」
「お、話は聞いたぜ?容疑者扱いなんて、たまったもんじゃねえよな!」
煙管をふかすと、マシューは更にまくし立てた。
「で、あれだって?フェドー議員の大騒ぎしてた金の指輪がメッキものだったんだって?」
ジョゼは驚いてから、横のリゼットに鋭い目線を走らせる。彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「あの……それは捜査情報ですので、どうかご内密に」
するとマシューは意外なことを口走った。
「すり替え詐欺にでもあったんじゃねえか?何かの拍子に、偽物とすり替えられたんだよ」
ジョゼの頭の中で、何かの歯車がカチリと合わさった気がした。
「偽物……すり替え……?」
「そうなんだよ、聞いてくれよジョゼ!」
言うなり、マシューはポケットから指輪の束を取り出した。大小様々な金色の指輪が革紐で繋げられ、ぎらぎらと輝いている。
「これはな、全部うちの指輪のデザインを真似て作られた偽物だ!しかも本物の金だと嘘をついて古物市場で売りさばかれてたらしいんだよ。本物そっくりだったから、昨日は苦情が凄くてよ、怒り狂った客に返品しろとか言われてよぉ。つまりこれは全部偽物だ。たまったもんじゃねーぜ!」
卓上に叩きつけられたそれをよく観察すると、かなり精巧な偽物であることがうかがえた。ジョゼは大きなヒントを見つけた気がして、マシューに尋ねる。
「あの……これって、どこで作られたか分かります?」
「お?そりゃ分かんねーよ。ここにこれを持って来たのはさ、俺が教えて欲しいってわけなんだよ。ほら、ジョゼの方が裏社会には詳しいだろ?」
「……」
ジョゼは注意深くその指輪を見つめた。
「調べてもいいですが……危険を伴うかもしれないので、先に報酬をいただきたいのです」
「おっ、そう来たか。なら、この金のブレスレットをやるよ」
マシューは自分が付けていた腕輪を、ことりと卓上に置いた。
(あの場所を当たれば、あるいは──)
ジョゼには心当たりがあった。




