82.俺たちは被害者だ
「事故ですって……?」
バジルは生徒二人に向かって叫んだ。
「みんな、もういいだろ!俺、黙ってるの辛いよ……もう心が耐えられない!」
「バジル……」
ベルナールがこちらに耳打ちして来る。
「やはり、彼らは何か知ってるようだな」
バジルは混乱するように泣き出した。
「オディロンが悪いんだよ!あいつがあの女になんか狂わなければ……!」
「やめろバジル」
「こっちは遊んだだけじゃないか!なのにあいつは本気で」
「バージール!」
崩れ落ちたバジルを、アンセルムとレジスは羽交い絞めにした。
ジョゼは生徒たちに呼びかける。
「自白して現場検証の通りならば、罪は軽くなるかもしれないわ。その〝事故〟とやらのあらましを教えなさい」
レジスがようやく重い口を開いた。
「あの日……オディロンは、鎧を磨く当番だった。寮内は武器の持ち込みは禁止されている。けれど、鎧はあった。あいつは当番の日に俺たちを寮の裏手に呼び出し、何をするかと思ったら──鎧を着て現れ、いきなり殴りかかって来たんだ」
ジョゼはふむふむと頷いた。
「そういうわけでオディロンは鎧を着ていたのね?鎧は防御だけを担っているわけではありませんものね、武器にもなる。確かにあれだけの重量を纏って殴れば、相手を殺せるほどの衝撃を与えられるはず……」
ダヴィドがぎょっとした顔でジョゼを見下ろす。少年は続けた。
「まず、こっちが殴られて井戸に突き落とされそうになったんだ。こっちは三人だったから、どうにかオディロンを井戸に追い詰めることが出来た。そして、あいつを突き落として──」
ダヴィドは言った。
「どうしてその時点で言わなかったんだ!」
「だって……最初はいい気味だと思って、何か下でうめいてたんですけど、一晩放置することにしたんです。朝になったら人を呼べばいいと思って。けど、朝古井戸から下を見たら──もうその時には、オディロンは動かなくなっていて」
そう言ったきり、バジルは声を震わせた。アンセルムが続ける。
「怖くなって、言い出せませんでした。とにかく誤魔化そうと、夜になってから井戸の滑車で引き上げたあいつをみんなで馬に乗せて──あいつだっていつも内緒で外に出ているし、学校の外で発見されれば僕たちにアリバイが出来るはず。……だから、馬に興奮剤を飲ませて」
ダヴィドがくらりと眩暈を起こす。咄嗟に警官たちが彼を支えた。
「そうしたら馬がすごい速度で走り去って行っちゃって……でも、殺すつもりはなかったんです」
レジスが何を思い出したのか目をこすり出した。しかしジョゼには、それよりも気になることがあった。
「〝あの女になんか狂わなければ〟っていうのは、どういうことなの?」
「さっきから、あんた誰だよ」
「娼館の主よ」
すると、レジスは真っ青になる。
「しょ、娼館……!?まさかあんたは娼館〝フザーヌ〟の……?」
ジョゼはかまをかけてみた。
「そうよ」
すると、バジルはジョゼに食って掛かった。
「あそこの娼婦レジーナはどうなってるんだ?あいつのせいで俺たちの仲は狂わされたんだぞ!」
ジョゼは不快そうに顔をしかめる。
「は?娼婦?」
「そうだ、あいつが全員に媚びを振りまいたのがいけないんだ!俺たちは被害者だ!」
ジョゼは彼らの言いたいことに察しがついた。
「つまり、レジーナがあんたたち全員に愛を囁いたから、この殺人事件及び仲間割れが発生したと……?」
「そ、そうだっ」
すると、ジョゼはあえて声高に叫んだ。
「恥を知れ!!」
よく通る声が空間をつんざき、少年たちは小動物のようにびくりと体を震わせた。ジョゼは喝破する。
「士官候補ともあろう者が女に振り回された挙句、自らの醜悪な行いを女のせいにすれば、責任から逃げおおせられるとでも思ったか?仲間を見殺しにした事実は覆らないのだ。お前たちは加害者だ。それも認められず、娼婦を盾にして被害者の勲章を必死に得ようという下卑た振る舞い──士官候補にあるまじき失態!!」
すぐそばにある寮の外壁がびりびりと反響する。
ダヴィドもその声量に目を丸くしている。
ジョゼはふんっとひとつ、自らの鼻から息と苛立ちとを押し出した。
「まあいいわ、あなたたちみたいな噓つきの卑怯者が士官になったら、いずれ国民全員が困りますもの。さ、ベルナール。とっとと彼らを神聖な学舎からつまみ出すのよ」
少年たちに縄が巻かれて行く。ダヴィドは呆然としながらかつての生徒たちを見送った。
「……な、何ということだ……」
「士官候補から逮捕者が出てしまいましたね」
「おいっ、お前……どうしてくれるんだ?」
ジョゼはダヴィドの言葉に半笑いでこう返す。
「は?おっしゃってる意味がよく分かりません」
「例の娼婦が彼らの未来を潰したんだ!娼館なんかなければ……あいつらは本当はいい生徒だったのに……」
ジョゼは鼻で笑った。
「卑怯者は、男や強者にはいい顔をするのです。しかし、女や弱者、動物はいくら踏んづけても構わないと思っています。だから弱者になら罪を擦り付けることも厭わない。私は娼館をやっていますから、卑怯者の動きをよく理解しています。女に溺れ仲間を裏切り上司にはいい顔をする──あれが彼らの本性なのです」
ダヴィドは愕然とした。
「馬鹿な……」
「彼らはレジーナとやらに関わらなくても、遅かれ早かれ似たようなことをやらかしたと思いますよ?この国には何人の娼婦がいると思っているのです。彼らをのさばらせておけばどうせまたいつかどこぞのヤバイ娼婦に引っかかり、骨抜きにされ、また誰かが仲間割れで死ぬでしょう」
「……」
「でも、これで秘密を保持できない程度の士官を先に切ることが叶いました。私にお礼を言って欲しいぐらいですわ、バラデュール先生」
ダヴィドは腸が煮えくり返ったように赤くなっていたが、その言葉で我に返った。
「ぐっ。確かに……それはそうだな」
「ふふふ。でしょう?」
ダヴィドは勝気な少女を見下ろした。
「……妙だ」
「何がですか?」
「君は、ただの娼婦ではなさそうだな。豊富な知識とその丹力、一体どこで手に入れた?」
ジョゼは心の中で感嘆する。
さすがは元軍人。彼女の本性を見抜き始めている。
「……知りたいですか?」
ジョゼがそう問うと、ダヴィドは慌てて首を横に振った。
「誰がお前のことなどっ……」
「いくらでも頼っていただいて結構ですのよ。その際は、気兼ねなくご子息様にお尋ねくださいませ」
「今だから言っておく。これ以上セルジュをたぶらかすなよ」
「あら……?それはつまり、なぜ彼が私と離れられないのか、その魅力を先生にもご理解いただけたということでよろしいでしょうか」
「なっ……!」
ジョゼは秘密めいた微笑を見せる。
このダヴィドという男、意外と単純無垢で使いやすそうだ。
のちに警察がオディロンの煤けた鎧の傷を調べたところ、井戸の滑車に引かれていた鉤縄との傷幅が一致したため、少年たちの証言通りであることが証明された。
ジョゼは教頭のベンジャミンに全てを話し、報酬を受け取る。
かなり多額である。恐らくは口止め料も入っているのだろう。
(このお金は娼館の修繕費にしようっと)
ジョゼがほくほく顔で学校を出ようとすると、「おい」とダヴィドに呼び止められた。
「あら……何でしょう?」
どこか覚悟を決めた顔で彼は言う。
「……世話になった」
どうやら元軍人のダヴィドは、性格は最悪ながら、礼を言わずにいるなどという筋の通らぬことは出来ない人間のようだ。
「どういたしまして」
ジョゼは少し膝を折って挨拶すると、自らの馬車に乗って王都へと戻って行く。
ダヴィドは遠ざかる馬車を見つめながら、しばらく何か考え込んでいた。




