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第七章.真夜中の幽霊騎士

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79.拷問のやり方

 警察がやって来たのは日が落ちた頃だった。


 松明や蝋燭の灯りの中、遺体の周辺が調べ上げられて行く。


「……またお前か」


 ベルナールはいつものようにそう言ったが、その顔はなぜか少し笑っていた。


 ジョゼは遺体の傍にしゃがみ込んだ。


「鎧を着ているという点と、足裏の石灰が気になるのよ。それと……この腕の縄」


 縄は両腕と両足に結ばれていた。ベルナールが馬の胴回りを測ってみると、どうやらこの長さに合致している。


「もしオディロン自身がこの馬に乗って行ったのなら、自身を縄で縛る理由は無いからな。乗せられ、縛られたと考える方が自然だろう。遺体は、馬に縛り付けられた状態でここまで運ばれたということか……?」

「この様子を見るに、縄は摩擦で切れたのかもしれないわ」

「……なぜこんなことをしたんだ?」

「分からない。でも遺体は死後硬直中だから、殺されてから乗せられた可能性がある」

「こんなに重い鎧をつけて、その上、馬に乗せて縄で縛る?何のために」


 それを横で聞いていたセルジュが、思わぬことを言った。


「その死後硬直のしかたは、軍人ならば何度か見たことがある」


 ジョゼは立ち上がった。


「?どういうこと?」

「椅子に座ったまま死ぬと、このように前屈の状態のまま固まるんだ」

「椅子に座ったまま、死ぬ?」


 状況をよく飲み込めないジョゼに、セルジュは簡単に言った。


「拷問だよ」


 暗がりで物騒なことを言われ、ジョゼはびくりと身を震わせた。


「拷問……」

「ああ。椅子に座らされ、椅子ごと縄で縛られ、拷問されて死ぬと、しばらくすればその姿勢のまま硬直するんだ。埋葬などにあたって硬直を直すには、遺体が弛緩するまで数日待つことになる」


 ジョゼはじっと考え込んだ。


「ということは、オディロンは硬直している間に馬に乗せられ、ここまで来たってこと?」

「または殺されてすぐ鎧を着せられ、この形にあえて硬直させられたか、だな」

「そんなことがあるのかしら」

「ないとも言い切れないだろ」


 警察の手によって、鎧がはがされて行く。


 外傷は特にない。首を折った形跡も見られない。


 オディロンは眠るように死んでいた。典型的な毒での殺され方だ。


 ジョゼは彼から外された甲冑の、煤けた部分を眺めた。


「あとはこの、銀の甲冑の黒さが気になるのよ」


 セルジュが火を持って覗き込む。


「なぜ甲冑の黒さが気になるんだ?」

「学校に飾られていた甲冑は、みんなぴかぴかに磨き上げられていたわ。これが学校の備品だと仮定すると、オディロンは死亡する前後に銀と反応する薬品の近くにいたことになる」

「銀と反応する薬剤って、例えば?」

「有名なのはヒ素や硫化水素かしらね。でも、甲冑全体を曇らせるぐらいの薬品を浴びるような場所ってどこにあるのかしら」


 セルジュはじっと考えてから、


「……オディロンは毒の充満する場所にいたということか?」

「さっきダヴィド様から聞いたら、学校には倉庫がいくつかあるそうだけど。もしかしたら、オディロンはそういうところに閉じ込められていたのかも」

「どうかな……もしそんなところがあったら、別の生徒も被害に遭っているだろう」

「何らかの方法で、その日だけ毒ガスを発生させたのかもしれないわよ?」


 ベルナールがやって来る。


「おい。何やらそっちで面白い話をしているが、ジョゼは今回の事件は士官学校で起きたと考えているのか?」


 ジョゼは頷くと、こちらの持つ情報も明かした。


「この鎧は士官学校に同様のものが複数個あり、この馬は士官学校で飼っていた馬なの。オディロン自身も士官学校で急に姿を消したから、殺害現場の最有力候補地は士官学校よ。死後硬直は死亡から二時間で起き、二~三日ほどで終わるから、遺体の移動範囲と時間も合致する。つまり私たちが見た幽霊騎士オディロンはもうあの夜には硬直していて、馬も薬物を飲ませて走らされ、ここへ行き着き力尽きた。昨日でその状態、今日でちょうど二日目だから、今なお硬直していても不思議ではない」


 三人は頷き合った。ベルナールが言う。


「ジョゼ、あとのことは警察に任せろ。明日、俺も士官学校に行こう」

「へっぽこ警察に任せるわけには行かないわ。私は士官学校の教頭、ベンジャミン様直々にこの事件を解決するよう指名された探偵よ。それに……」


 ジョゼは足元に横たわる黒い馬を見下ろした。


「殺人を犯した挙句、従順な馬を残虐に扱う輩をのさばらせているわけには行かないわ。一刻も早く探してラヴニールの前へ引きずり出し、罪を償わせてやる」

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
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