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第七章.真夜中の幽霊騎士

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78.幽霊と言うなかれ

 ジョゼたちが馬に乗って湖へ近づいて行くと、次第にそれが異様な光景であることが分かって来た。


 湖の岸辺に横たわる漆黒の馬。


 そのすぐ横に、屈むような格好で投げ出されている鎧の騎士が見える。


 馬を降り、三人は岸へ近づいた。


 馬は息をしていない。ジョゼは鎧の方に足を向けた。


 ダヴィドが何かを見届けようとするように、ジョゼの背後から顔を出す。


 ジョゼはしゃがみこむと、鎧の面貌を引き上げる。そこには、金色の髪の青年が目を閉じてこと切れていた。


 ダヴィドが背後で言った。


「間違いない……オディロンだ」


 ジョゼは何度か頷く。


「証拠を残すために、ここを踏み荒らすのはやめましょう。セルジュ、ここはクラヴリー領内だから公爵から警察に連絡してもらって」

「分かった」


 セルジュは再び馬に跨ると、クラヴリー城へ一目散に向かって行った。


 ダヴィドが怪訝な顔で呟く。


「オディロンは、死んだ馬から投げ出されて死んだのか?」


 ジョゼはしげしげとオディロンの姿勢を観察する。なぜか下半身は鎧を纏っておらず、制服のズボン姿である。ジョゼは彼の腕や足をぐいぐいと押した。


 関節が動かない。


「……死後硬直中ね」


 そして彼の鎧に触れたジョゼの手は、煤けるように真っ黒になっていた。よく見ると、あの夜月明かりに照らされて銀色であると思った鎧は、所々が煤けたように黒くなっている。


 しかし煤けた鎧には所々、何か爪のようなものに引っ掛けたような、キラキラと輝く傷があった。


 鎧の足首には、左右それぞれに縄らしきものが絡まっている。腕にも、同じような縄が巻きついていた。その縄はどれも、焼き切れたように引きちぎれている。


 ジョゼは回り込んでオディロンの足裏を確認する。


 そこには真っ白な粉がこびりついていた。


「……石灰かしら」


 一方、ダヴィドはこのおかしな女の一挙手一投足をしげしげと観察している。


 ジョゼが振り返って言った。


「ダヴィド様。士官学校内に、石灰みたいなものを保管している場所ってあるかしら?」


 少女の泰然とした尋ね方に気圧され、ダヴィドは答えた。


「心当たりは何カ所かある。資材置き場、倉庫などがそうだ」

「そこに、銀の鎧が保管されていませんでしたか?」

「いや、こういった銀製の鎧は着用するためのものではない。校内の調度品だから従業員の手で常に磨き上げられているはずだし、倉庫に入れることは滅多にない。たいてい校内に飾られているはずだ」

「そうですか……けれどこの死後硬直を見るに、彼はこの鎧を着てから殺されたか、殺されてすぐ鎧を着せられたのは確かなようですね」


 ダヴィドはぞっとしたように青くなったが、疑問を口にした。


「何のために、鎧を……?」

「それは私にも分かりかねます。オディロンが走っていることを周りに知られては困ると思った人間がいたか、またはオディロン自身が必要に迫られたから着た、ということでしょう」

「全く意味が分からんな……」

「私もです」


 ダヴィドは馬にも目を向けた。


「あれも死んでいるが」

「そうですね」

「私が思うに、オディロンは馬から投げ出され、首でも折って死んだのではないか?」

「……ダヴィド様は、これは事故死だと?」

「この現場を見たら、そう考えるだろう」


 ジョゼは死んだ馬の見開かれた目を見つめながら、静かに尋ねた。


「なぜ、馬が死んでいるの?」


 ダヴィドは責められた子どものように目を白黒させて言った。


「病気……怪我……かな?」

「恐らく違います。学校からここまであんな猛烈な走り方をしていたというなら、この馬は既に様子がおかしかったのです。道中で興奮させるための鞭が落ちているのも見当たらない。この馬は普通の状態ではない、かなりの興奮状態でここまで走っていたことになります」


 彼女は一昨晩の馬の走りをその目で見ていたのだ。ダヴィドは頷いた。


「そうか。ジョゼは昨日、この馬の走りを見ていた……」

「あの様子だと、競馬でイカサマをする際に使用される禁止薬物を使用したと思われます。あれは普通の馬が出来る走り方ではなかったです」

「……?薬を盛られた馬を見たことがあるのか?」

「ええ。サラーナも競馬が盛んなので、何度か」


 ダヴィドは彼女のすれた様子に閉口する。


「君は若い身空で競馬場に入り浸っていたのか……」

「ええ。競馬は草原での一番の楽しみでしたもの」

「……」

「外傷もないし、きっとその薬のせいで、ラヴニールは死んでしまったんだと思うわ。今日の所はとりあえず、警察が到着するのを待ちましょう。我々が鎧を勝手に脱がせることは捜査の妨害になるので出来ません」


 ダヴィドは肩をすくめ、天を見上げた。


「警察か……学校側からは秘密裏にと言われていたが、結局大ごとになってしまったな」


 遠くから、馬に乗ったセルジュがクラヴリー・ファームの従業員たちを連れてやって来る。


「……セルジュが帰って来たようだな」

「私は大丈夫ですから、ダヴィド様はいったん士官学校へ行って教頭に説明を」

「……そうするか」


 その場を離れ行く父親と入れ替わり、セルジュがやって来る。


「公爵家が早馬を出してくれた。今日中には、警察が到着するだろう」


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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
[良い点] はいはいはいはい、現場保存、現場保存。 こりゃコロシだな、鑑識に回せ。 までがワンセットで聞こえてきそうです(笑)
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