77.行方不明の馬
ベンジャミンは答えた。
「オディロンが出歩いていたと証言しているのは、同級生の三名ですね。彼らは四人でよくつるんでいたそうですよ」
「その三名の名は?」
「アンセルム、バジル、レジスです。ここは全寮制なので、当日も全員寮内にいたということですが……」
「オディロンは、その三人に何も告げずに出て行っていたのですか?友人の誰も、それを咎めなかったんでしょうか」
「そう言われると……私も彼らの人間関係はよく分かりません。案外、仲が良さそうに見えて突発的なトラブルが起きていた、なんてこともあるかもしれませんし」
ジョゼは頷きながら、今はまだ生徒らに話を聞く段階ではないと思い、話を切り上げた。
「ところで先生。その厩舎とやらに連れて行って貰えませんか?恐らく、黒い馬が一頭いなくなっているはずです」
ダヴィドとベンジャミンは顔を見合わせた。
ジョゼの予想通り、厩舎ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「ラヴニールがいなくなってしまったんです。一体、どこに行ってしまったのか……」
ベンジャミンにそう言ってうろたえる厩務員に、ジョゼは尋ねる。
「そのラヴニールという馬は、黒くて、他の馬と並走するような訓練を受けていませんでしたか?」
厩務員はハッと息を呑む。
「た、確かにそうです。でも、あなたは一体……」
「失礼、挨拶が遅れました。私は探偵業をやっておりますジョゼと申します。実は昨日、私はクラヴリー・ファームで走り去る黒い馬を見たのです。もしかしたらその馬がラヴニールなのかもしれません。これは警察も捜査に入っております。ところで……」
ジョゼはベンジャミンを振り返った。
「その黒い馬には、甲冑を着た男が乗っておりました。もしかしたら、それがオディロンかもしれません」
ベンジャミンは目を剥いた。
「クラヴリー・ファーム?なぜ昨日、あなたはそんな場所に」
「お付き合いのあるクラヴリー・ファームの競走馬が優勝したので、そのお祝いに行っていたのです」
「おお、そうでしたか!つまり、オディロンは生きている……?」
「その可能性があります。そういうわけで、みなさん」
ジョゼはセルジュとダヴィドにも視線を向ける。
「馬に乗って一度クラヴリー・ファームまで行ってみましょう。道沿いに、きっと何かオディロンの手がかりがあるはずよ」
ベンジャミンは慌てて首を横に振った。
「私は業務を抱えているので無理です」
ジョゼがダヴィドに視線を向けると、彼はやれやれと言いたげに頭を振った。
「幸いと言うか不幸にと言うか……私は、今日はもう授業がない」
「よかったわ。もしオディロンが何か別の事件に巻き込まれていたらことですから、念のため男性がついて来てくれるとありがたいです」
セルジュが言う。
「私も行くよ」
「ありがとうセルジュ。ねえ厩務員さん、ちょっと馬を貸して下さらない?」
厩務員はぎょっとして言った。
「ドレスで乗れる女性用の鞍はないですよ」
「大丈夫です、この通り下にトラウザーを履いておりますから」
ジョゼがひらりとドレスの裾を翻すと、確かに足首までトラウザーがあり、ブーツを履いている。
「はあ。準備がいいですね……」
「私、大人しくて臆病な馬が好きなの。怯えて走るような慎重な馬に乗りたいわ」
「それならば、こいつがいいですよ」
厩務員は一頭の芦馬を連れて来た。
「この子、名前は?」
「サジェスだよ」
「サジェス、よろしくね」
ジョゼはひらりとまたがった。
「では行きましょうか」
「ここからクラヴリー・ファームまで?」
「ええ。ここからその地点まで、一番近道で行ってどのくらい時間がかかるかを見ておきたいの」
ベンジャミンを置いて、三人は厩舎を出る。
一番近い道に出て、馬を走らせた。
「確か、あの馬はかなりのスピードで走っていたわ……」
ジョゼは馬の腹に足を当て、スピードを上げさせる。サジェスは臆病なので、一旦追い上げたがすぐに速度を落としてしまった。
「うん、馬は賢い。……だから、夜間にあの速さを出し続けていたのが、ちょっと引っかかるのよ」
三人は順当に馬を歩ませているが、ファームまではまだまだ遠い。
「到着予定は、昼頃かしら」
ジョゼは目星をつけた。
一頭を四時間も歩かせれば、馬だって疲れてしまう。疲れを飛ばしてあれだけ走ったということは──
(馬が何か身の危険を感じたのか、薬でも飲まされたかもしれないわね)
昼頃、三人はクラヴリー・ファームに到着した。
更にその先を急ぐ。確か、例の幽霊騎士はここを突っ切って行ったのだ。
一時間ほど走ると、遠くに湖が見えて来る。
その先は森だ。
ジョゼは嫌な予感がして、湖畔に目を凝らした。
岸に、黒い馬が倒れているのが見える。
「ジョゼ……あれ」
セルジュの言葉に、ジョゼは頷いた。
「……間違いないわ。この前騎士を乗せていたのは、あの馬よ」




