75.あの差し方は軍馬
朝が来る。
クラヴリー・ファームに警察がやって来たが、どんなに探しても、謎の騎士とそれを乗せた馬は牧場内に見つからなかった。
馬の足跡は、ファームの芝に紛れて消えてしまっている。なので、まるで謎の騎士と馬は牧場で忽然と消えてしまったように思える。
ベルナールがジョゼの元にも聞き込みに来た。
「まーたお前か」
「ふん、憎まれ口を叩いてていいのかしら?元々遊牧民の私には、あの馬の特徴が手に取るように分かるというのに」
「……もったいぶらずに言え」
ジョゼは勝気にウインクをして答えた。
「あれは軍馬よ。古いタイプの軍馬。差し馬で、他の馬を追跡し、追い越しするように訓練されているの。矢や剣を振り回して敵を殺せるよう、他の馬と並走出来るように訓練されているというわけ」
ベルナールは、自らにも覚えがあるように頷いた。
「そうだな。逃げ馬は戦に向かないから、軍馬には向かない……」
「まあ銃が一般的になった今では、どちらかというと運搬か行進にしか使わないからどんな馬でも軍馬にはなり得るのだけれど。長いことマシュー様の馬車と並走してたって言うから、私はそのように訓練されてる馬だと予想しただけ。確実に言えるのは、あれはとても大きな馬だったから、個人所有とは考えにくいっていうことよ」
「なるほど……」
ベルナールはメモを取りながら、質問を続けた。
「騎士はどんな奴だった?」
「騎士は銀の甲冑を身に着けていたわ。暗くてよく見えない部分はあったけど……気になったのは、騎士が微動だにしなかったことね。鎧の稼働具合が悪いのか、本人の体が硬いのか、実は中身は素人で体重の乗せ方が分かっていないんだか、その辺りは不明だけど」
ジョゼがそう語っていると、暇を持て余したリゼットがやって来て言う。
「そろそろ娼館に帰ろうよ、ジョゼ。昨日の騒ぎで疲れちゃった」
「ああ、そうね。マシュー様が追いかけられて恐怖だったっていうだけで、私たちには具体的な被害が特にないわけだし」
「どうせ、顔を見られたくない泥棒か何かだろ?鎧で顔と体型を隠して、馬を盗んで逃げてたんだ。ああいうのがウロウロしてたら物騒だから、日のある内に帰りたい」
娼館リロンデルの面々はベルナールに別れを告げると、マシューに馬車を用立てて貰った。
マシューは悔しそうに呟く。
「くそっ。もっと華やかな気分で初勝利を祝えると思っていたのに!」
「その点はちょっと残念でしたわね。また娼館にいらして下さいな。そこでお祝いし直しましょう」
「……私はまだ公爵と今後の契約について話がある。先に娼館で待っていてくれ」
「お待ちしております、マシュー様」
ジョゼ達はマシューの馬車に乗って王都中心街へと帰って行った。
娼館の前では、セルジュが待ちぼうけを食らっていた。
「ちょっと早く来すぎたかな……」
夕方の開店に合わせて来たが、まだ帰って来ない。
しばらくすると、遠くから見慣れぬ馬車がやって来た。
降りて来たのはジョゼと娼婦の面々だった。セルジュは帽子を取って馬車へ挨拶する。
「ジョゼ、お帰り」
「あら、セルジュ?……そうだ。例のお話をしに来たのね」
「ああ、ちょっと君に協力して欲しい事件がある。急なんだが、明日学校に来て欲しいらしい。ちょっとこれを見てくれないか」
そう尋ねたジョゼの前に、彼は手紙を差し出した。娼婦たちも手紙を覗き込む。
「……王立士官学校で、生徒が失踪……?」
「士官学校の教頭、ベンジャミン様からの依頼書だ。報酬も書いてある。周囲には内密にして欲しいそうだ」
「内密に?なぜ?」
「校内の事件を表沙汰にしたくないらしい。士官学校の恥が外部に漏れるのを危惧してのことだろう」
「……って言う割にこんな証拠を寄越すの?」
「言った言わないのトラブルになった時、困るのは士官学校側だからな。相手は娼館の主とはいえ、陛下とも繋がりのある女だ。安全なやり方を取ったんだろう。それだけ学校側が困っているという証左でもある」
ジョゼは手紙を受け取った。
「セルジュも士官学校に来るの?」
「行くよ。父は講師だし、私は卒業生だし」
「娼館に寄って行きなさいよ、ご馳走するわ」
「……今日はこれから雑草派の会合があるから無理だ。明日、またここまで迎えに行くよ」
セルジュはそれだけ伝えると、去って行った。
「何よ……セルジュったら最近いやに安心し切っちゃってさ。つれないじゃない?」
ジョゼがそうひとりごつと、娼婦たちはどっと笑った。




