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第七章.真夜中の幽霊騎士

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73.クラヴリー・ファームへ

「私に頼み事?何かしら」

「父が現在講師をしている王立士官学校で、何やら事件が起きているらしいんだ」


 ジョゼは「ふーん」と言ってから、我に返った。


「まさか……推理をして欲しいってこと?」

「うん」

「あなたのお父様の前で?」

「そういうことだ」

「あの人、今まで私と会うのを拒否していたのよ。それなのに、どういう風の吹き回しなの?」


 セルジュはあらたまって咳払いをする。


「正確には、依頼主は士官学校の教頭なんだ。ベンジャミン・ド・ラフォン先生。教職時代は剣術の先生でね、私も受け持ってもらったことがある」


 ジョゼはそれで納得が行った。


「なるほど。お父様の前で校内の問題を解決して……私の株を上げようってわけね」

「いい機会だと思って」

「いいんじゃないかしら。やってやるわよ」


 ジョゼは馬券を交換する。当たった記念に、半券も貰っておいた。


 遠くから小走りにマシューが御者とやって来る。


「ジョゼ。ちょっと色々あって時間がかかるから、君たちはこいつの馬車で先にファームへ行っててくれたまえ。おや……?」


 セルジュはマシューに向かって帽子を取った。


「お久しぶりです、マシュー様」

「バラデュール議員じゃねえか。ジョゼ目当てにこんなところまで押し掛けて来るとはな。残念だが、今日はジョゼたちをまとめて貸し切らせてもらってるんだ。お前にはどの美女も渡さないぞ」

「ははは……」

「ほら、早く来るんだマダム・ジョゼ」

「セルジュ。じゃあ、明日の夕方に娼館でね」


 ジョゼは笑顔で軽く手を振って、セルジュと別れた。




 娼婦らを乗せた馬車は競馬場より更に郊外にあるファームへ走り出す。


 マシューの馬を育てているのは、クラヴリー・ファームというトランレーヌで一番新しい馬牧場だ。クラヴリー公爵が最近始めた事業で、主に競馬用の馬を育てているが、軍馬も育てている。


 日が完全に落ちた頃、彼女たちはファームに到着した。ここで戦勝パーティを行うらしい。既にファームには、香しい夕餉の匂いが充満していた。


 クラヴリー家は馬術の名選手を輩出し続ける、王家からの信頼も厚い由緒正しい公爵家である。広大な牧場のそばにきらびやかな装飾の城を構えており、全ての窓から漏れた光がロマンチックな夜景を作っている。


 執事に案内され、ジョゼたちは城の中へ入った。


 既に競馬関係者が集まっており、歓談が行われていた。ジョゼはクラヴリー公爵を探す。彼は大男なので、すぐに見つかった。


 がっしりした体躯で背筋の通ったクラヴリー公爵は、かつて馬術の選手だったスポーツマンだ。ジョゼはうやうやしく挨拶した。


「初めまして、クラヴリー公爵。私は娼館リロンデルの主、ジョゼと申します」


 クラヴリー公爵は人懐っこい笑みを娼館の従業員たちに向けた。


「おお、ジョゼとやら。噂はかねがね聞いているぞ。何でも、今は陛下に乞われて探偵をするまでになったらしいじゃないか」

「ふふふ、まだまだひよっこ探偵ですわ」

「女だてらに陛下の右腕になるとは大した経営手腕だ。うちのファームの経営についても、是非相談に乗ってもらわないとな」

「……ファームの相談?」


 クラヴリー公爵はずいと前に出た。


「馬好きが高じて牧場を得たはいいが、なかなかいい馬が育たないんだ。馬の血統はいいはずなんだけど」


 ジョゼは首を傾げる。


「血統がいいなら、ある程度までは行きましょう。恐らく、いい馬が出ないのは経営手腕のせいではありません。馬の特性を見抜き、レースでどのような走りをするかが全てです。騎手の育成はどうなっていますか?馬と騎手をなるべく長く共に過ごさせ、騎手に馬の特性を理解させることから始めてみてはいかがでしょうか。馬にはそれぞれ独自の走り方や得意な道、空間の差し方があるでしょうから、人がそれを理解してあげないことには始まりません」


 娼館の主から思わぬ意見を得、公爵は目を見開いた。


「……ジョゼ、君は妙に馬に詳しいな」

「あら?まあ……そうですわね、ふふふ」

「かなりの競馬通と見たぞ」

「……そうかもしれません」


 ジョゼは元々騎馬民族なので、馬の育成に関しては一家言持っていた。


 この国の競馬は血統のいい馬とスター騎手を組み合わせて走らせる競馬が一般的なようだが、サラーナでは人間が馬と寝食を共にするのが一般的だった。サラーナでは大抵国民ひとりにつき一頭の馬を持っている。その中で育まれた信頼感と互いの癖を把握しておくことが、牛を正確に追ったり、サラーナ王宮主催の競馬に勝つことに繋がるのだ。


 クラヴリー公爵が月の高さを見ながら言う。


「今日はもう遅い。四人部屋の客間を開けたから、君たちも泊って行きなさい。とりあえず、夜更けまで祝勝パーティを楽しもう。マシュー殿は、あとから合流するそうだ」


 ジョゼたちはパーティを楽しんだ。マシューはなかなかやって来なかったので、娼婦たちは別の顧客を増やすべく、営業活動に精を出した。


 夜遅くなってもマシューはやって来ず、四人は公爵邸の一角に泊ることにした。周囲は牧場なので、街中の娼館と違って夜はひっそりとしている。


 ジョゼは公爵家の絹の布団に滑り込むと、あっという間に眠りに落ちて行った──

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
[良い点] 来ない人はたいてい…… おっと、連載再開おめでとうございます! また楽しみが増えました。無理しない程度に頑張ってくださいませ〜
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