70.毒婦たち
一週間後。
ジョゼはついに王妃の別荘に招かれた。王都郊外にあるデュメリー城へ到着すると、既にもう一台馬車が停車しているのが見える。
「招待客は、これだけ……?」
秋の落ち葉が地面を彩り、その中を掃き清められた小道に降り立つ。すぐに玄関扉が開かれ、ジョゼは内部に足を踏み入れた。
玄関正面ホールに飾られた花を見て、ぞっとする。
毒草の花束だ。
(ふん。いいご趣味ですこと)
執事に案内され、先を急ぐ。城の中にお茶会の浮ついた空気はなく、なぜかしんとしている。
嫌な予感ばかりが足に纏わりつくが、振り切ってジョゼは応接間へと入った。
そこにいたのは、ヴィクトワールと──
ノール。
この二人だった。
彼女たちはジョゼが入って来るのを見るや、ぱっと華やいだ顔になる。一方、ジョゼは予想が当たって薄ら寒くなった。
「ああっ、ジョゼ様!」
「ようこそ、ジョゼ」
警戒心をあらわにして苦笑いしたジョゼだったが、二人はそんなことはお構いなしにジョゼの元に駆け寄ると、各々が思い思いにその両腕を引っ張った。
「さあ、座って」
ジョゼは豪奢な椅子に座らされた。王家にしか所有できない最高級のカップに黄金色の紅茶が注がれ、淡くカラフルに着色された角砂糖が用意される。ジョゼは警戒したが、すぐにノールが言った。
「大丈夫ですよ、ジョゼ様。これ、毒は入れてませんから!」
まあそうだろうと思いつつも、まだ心の奥底では疑念が晴れない。ヴィクトワールが付け加えた。
「実はね、今日呼んだのは他でもない。アルバンの毒殺についてあなたにも話しておきたいことがあったのよ」
ジョゼは急な話の展開に目を剥く。ノールはうんうんと頷くと、自ら暴露した。
「もう、推理は済んだのでしょう?ジョゼの予想した通りよ。花牧場に毒草を植える指示をしたのも、牧草に混ぜるようルフォール農園の従業員に働きかけたのも、王妃殿下ではなく、この私」
そんなことを誇らしげに王妃の前で言い切って、ノールはうっとりと微笑んで見せた。
ジョゼは震える手で、乾いた喉に甘ったるい美味な紅茶を流し込む。
「そう……」
「今は王妃陛下に嫌疑がかかっているのね?むしろそれでいいわ、計画通りよ」
「……」
「私とヴィクトワール様の願いは一緒なの。アルバン様の死。それだけよ」
「……」
「早く毒見役をすり抜けてアルバン様に毒が回らないかしら。いつも致死量ギリギリを攻めているから、毒見役が盾になって弾かれてしまうのよ。今度こそ仕留めてやるわ」
ジョゼは勇気をもって、真っすぐにヴィクトワールを見つめた。
「王妃陛下は……なぜ、陛下を?」
するとヴィクトワールは簡単に言った。
「嫌いだから。それ以上でもそれ以下でもないわ」
ジョゼは息を飲む。予想のついていたことだが、殺したいほど夫を毛嫌いしているとまでは思っていなかった。
「あなたもあいつのいいようにされたのよね?私もだし、ノールもだわ」
ヴィクトワールはくすくすと笑う。
「あいつは権威をかさに来て好きなことをしてる。女の体は全部自分のもの。でも、他人を好きに出来る〝権威〟って何かしらね?産まれたら王族の男だったっていうだけで、その権威があるんですって。馬鹿みたいだわ」
それはかつてのスレンにも突き刺さるのでジョゼとしては何とも言えなかったが、政争の道具にされてしまう女の王族の立場だからこそ、しなくてもいい苦労を重ねて来たのだろうということは簡単に予想出来る。
それを知ってか知らずか、ヴィクトワールは子どもになぞなぞを出すかのように無邪気にジョゼに問うた。
「男には権威がある。女にはない。女は男に勝てない──とすると、女が彼らに勝つ方法は何かしら?」
ジョゼは答えなかった。それを見るや、王妃はこともなげに回答を出す。
「男の存在を消す。殺す。それしか残されていないのよ」
ジョゼは喉からぐっと何かが出そうになるのを感じ、空気を飲み込んだ。
ノールが笑顔でそれを聞いているのを見て、ジョゼの胸はぎゅっと痛む。
ここまで追い詰められている女。
毒殺をそそのかす女。
毒殺未遂をひけらかす女。
ジョゼ自身もアルバンは大嫌いだが、なぜそんな奴から逃れるために彼女たちが危ない橋を渡らなければならないのか、いくら考えても納得が行かなかった。そして殺しを〝救い〟と定めている二人に、これ以上危ないことはして欲しくない。
ジョゼはじっと考え込んでから、顔を上げると宣言した。
「違います。殺すのは、間違っています」
王妃とノールの表情が曇る。ジョゼは続けて言った。
「王を追い落とすのに、もうひとつ方法があります。それは王政を終わらせることです」
ヴィクトワールは途端に怪訝な顔になった。無理もない。王族の妻がこんな言説を受け入れられるわけはないのだ。しかし、言っておかなくてはならないことだとジョゼは踏ん張った。
「そして女性にも選挙権を持たせ、政治に参加できるようにすることです。男性が今まで利用していた権威を、女性の票で中和する必要があります。女にも権威が渡るようにしなければならない……いえ、凝り固まった権威自体を我々の手で薄めて行かなければならないのです。この世の透明性を高めるために」
ヴィクトワールは困惑の視線をノールに向ける。
ノールは忌々し気に言った。
「ジョゼ様は優等生ね。そんなの、ものすごく時間がかかることだわ」
ジョゼは負けじと言い返した。
「仕返しは正攻法でやらなければ駄目よ。私、最近色んな事件に関わって思い知ったの。卑怯な手で相手を殺しても、何も残らない。むしろ自分が卑怯者だったと思い知るだけだわ。相手を断罪するには、常に正しい道を歩かなければだめ。そうでなければ……私たちは権威を毒と取り換えただけの、同じ穴の狢になってしまう」
王妃に毒殺を指南したノールは納得行かない顔をしていたが、ヴィクトワールの方はじっとジョゼをそのエメラルドの瞳で見つめている。
「それに……」
ジョゼは力説した。
「私は、あんなやつのために、あなた方二人に危ない橋を渡って欲しくないんです」




