68.調査終了
三日後。
調査結果を受け取ったアルバン二世は手を震わせていた。
王妃の花牧場で多種類の毒の花が育てられていたこと、それがルフォール農園の牧草に混ぜられていたこと、王族専用牧場の牛の胃に入っていたことが伝えられると、王は青くなって顔を下に向けた。
(あら……存外ショックを受けていらっしゃるご様子)
ジョゼが嘲笑うのもためらうほどの狼狽ぶりだ。
この調書の通りだと、誰も罪には問えない。ただ、ヴィクトワール周辺だけ妙に物騒であることは分かる。
アルバン二世は悩まし気に呟く。
「ヴィクトワールが、なぜ……」
なぜも何もないであろう。やはりジョゼはこの王を嫌いだと確信した。
(なぜ彼女がそんなものを育てたのか──その心の毒には気づかないのね)
隣にいるベルナールがこともなげに言う。
「そういうわけで、王妃陛下の花牧場には書面・口頭で注意を入れました。王族専用牧場の成牛は全て殺処分となります。これで毒殺の危険性は排除されました。以上で調査は終了となります」
「んなっ……!」
アルバン二世は前のめりになって玉座から立ち上がった。
「そっ、それだけか……!?」
「……それだけですが」
「真犯人がいるはずだ!そいつを捕まえないと、王宮に安寧はおとずれないぞ!」
「はあ……」
ベルナールはあえて困惑の表情を作って見せる。
ジョゼは、はっきりとアルバン二世に告げた。
「陛下。我々が調査をここで打ち切ったのには理由があります」
アルバン二世は怪訝な顔でおうむ返しする。
「理由……?」
「はい。王妃陛下の花牧場、つまり所有者であるヴィクトワール様の周辺をほじくり返した場合、どうなるか……一度よく考えていただきたいのです」
アルバン二世は、すぐにジョゼの言いたいことが分かったようだ。
「ほう。つまり君の推理では、ヴィクトワールの背後に真犯人がいる、と?」
「……特定出来ず申し訳ありません」
「いや、いい。君がそれを懸念し、捜査を一度辞めたのは当然だ。下手をしたらこの先は、組織や国家が絡んで来るのだからな」
思ったより王の理解が早かったのでジョゼはほっとした。
「はい。さすがに国家間のいざこざの解決は、娼館の主ごときには荷が重いです」
「それでよい。ここで止めたのはいい判断だ。こちらこそ、こんな方法で毒が王宮に入り込んでいるとは思いもしなかった。ジョゼ、君に頼んだのは正解だったようだな」
「ありがたきお言葉に存じます」
「これ以降のことは外交部と軍の偵察部隊に任せよう。よくやった、ジョゼ、それからベルナール。下がって良いぞ」
「……」
ジョゼは何かもの言いたげに、じっと王を見つめる。アルバン二世はハッと我に返った。
「そうであった!こちらも恩に報いて、ジョゼに何か褒美を授けなければならぬな」
来た。
ジョゼは殊勝に微笑むと、顔を上げてこう言った。
「陛下。私は現在急進党の女性党員として、女性参政権を得るため活動しております。そこで、もし女性参政権の法案が審議された暁には、王族で構成される諮問委員会に働きかけ、法案が通るようお力添えを賜りたいのです」
隣でベルナールが何か言いたげに視線を投げかけて来る。
アルバン二世は玉座の背にもたれた。
「ほう、女性参政権……つまりジョゼは、女性議員を目指しているのだな?」
「はい、陛下」
「あの日バラデュール議員を連れていたのは、そういうわけだったのか」
「その通りです」
「まあ良い。法案を通すのは議員たちだ。もし諮問委員会まで法案が上がれば、その時はそなたの恩に報いよう」
「ありがとうございます!」
ジョゼはあえて大きな声で礼を述べると、近衛兵に促されるまま謁見の間を退出した。
王宮を出ると、ジョゼとベルナールはほっと息をつく。
「ひと仕事終わったな」
「そうね。あちこち行って疲れたけど、目的は達成したわ」
「まさか、本当にジョゼの夢物語が実現に向かい始めるとはな……」
「あら。女が世界に物申せぬと誰が決めたの?」
「……」
ベルナールは周囲を憚ると、静かに言った。
「表に出れば、命を狙われる危険が高まるぞ」
ジョゼは頷いた。
「そんなこと分かってるわ。でも私は、何かの影に隠れながら命を狙われるより、光を浴びながら命を狙われる方がいくらかマシだと思うのよ」
ベルナールはどこか憂いをたたえた瞳でジョゼを見下ろす。
「……そうか。そうだな……」
「私はもっと自由になりたいし、もっと幸せでありたいのよ。誰よりも」
ベルナールはこほんと咳払いすると、ジョゼに向き直った。
「ならば、俺はその手助けを」
「ん?」
「……捜査に協力してくれた礼をしたい。これから一緒に食事でもどうだ?」
「ええー?私、早くフルニエ城に帰りたいんだけど!」
「……!」
ベルナールは、一世一代の誘いをはぐらかされて静かに歯噛みする。その様子を見て、一通り笑ってからジョゼは言った。
「ま……食事ぐらいならいいけど?」
「本当か……!?」
「何をそんなに興奮してるのよ?じゃあ早速、一緒にフルニエ城へ行きましょうか」
ベルナールは一瞬目を輝かせたが、
「明日から安息日の娼婦たちと一緒に」
と続けられると、ため息と共に肩を落とした。
王宮前にリロンデルの馬車がやって来る。
馬車からひょっこり顔を出してリゼットが言った。
「やっほー、ジョゼ!迎えに来たよ!」
アナイスが興奮気味にまくし立てる。
「あっ、ベルナール様じゃない!最近見てなかったけど、ずいぶんやつれたんじゃない?でもその方が渋みが増していい男ってカンジ!」
ミシェルがワインの瓶片手にニヤける。
「ちょっとお、何ガッカリした顔してんのさ?あたしたちが邪魔だってか?うっせーわっ。捜査なんて泥臭いことは忘れてパーッとやろうや!」
そう言って彼女はワインをラッパ飲みした。
ジョゼがベルナールの背中を押す。
「うちに来るのは初めてよね?」
「……そうだな」
「あら?乗り気じゃなさそうね。やっぱり行くのやめる?」
「……いや、行く」
ベルナールが迷いを振り切るように乗車すると、歓声が上がった。
「うわー!ついに山が動いたあ!」
「ちょっと、何があったのか詳しく教えなさいよ、ジョゼ!」
「ねえ、もしかしてベルナール刑事ってツンデレだったの?」
「飲めよぉっ、そんで吐け!」
馬車は右へ左へ揺れながら、フルニエ城へ向かって走り始めた。




