67.王妃の花牧場
あくる日に、ジョゼ一行は王妃の牧場に到着した。
そこは色とりどりの花々が咲き乱れる、まさに楽園のような場所だった。
まさかこの花々のいくつかが毒であるとは思いもつかないほどに──
「ここが、王妃の花牧場……」
「壮観だな。トランレーヌの果てにこんな美しい場所があるとは」
花畑の向こうに、小さな古びた城がある。
ジョゼは警官たちを引き連れ、花牧場に入って行った。
王族専用牧場の通行証を見せて交渉すると、すぐに捜査許可が下りた。ジョゼは捜索隊と花畑を渡り歩きながら数々の毒草を発見する。花のみならず、植えてある木にまで毒があるのには驚いた。ジョゼは黒衣で思案しながら花の中を歩き、ふと思い至る。
(こんなにたくさんの毒草があるのは、偶然とは思えない。もしかしたら指南役がいるのかも──)
そこまで考え、ジョゼはふうと重い息を吐く。
「まさか」という思いと「やはり」という思いが胸に去来する。
(ノールとヴィクトワールの間に、もしかしたら何らかの接点があるのかもしれない。しかしそこを掘り下げれば、ノールは捕まってしまうかもしれない……)
ジョゼが脳内で問答を続けていると、ベルナールが言った。
「毒草はあるか?」
ジョゼは諦めの気持ちで答える。
「あるわ。たくさん」
「ヴィクトワール様が植えたのだろうか」
「まあ……王妃様の許可なく勝手に誰かが毒草を植えるとは考えにくいわね」
ノールのことについては触れないでおこう。
出来ればヴィクトワールの非だけを捜したいのが実情だ。もし王妃がノールと接触していたとしても、外交問題にまで発展させてしまえば愛妾の関与ぐらいはうやむやに出来るかもしれない。
推理役を任されているので、その辺りはジョゼの胸三寸である程度はコントロール可能だ。
捜査員とジョゼ、それから従業員によって毒草の種類が調べ上げられて行く。
「これらの毒草を、誰が植えるよう指示したのかが分かる書類などはあったりしますか?」
ジョゼが問うと、従業員は端的に答えた。
「いいえ。けれど、これらは〝全て〟王妃陛下の指示によるものです」
ジョゼは必死で湧き上がる笑みを堪えた。いいぞその調子、と思ったそんな時。
「ノールという女がここに出入りしたことはないか?」
急にベルナールがぶっ込んで来たのでジョゼは目を白黒させた。背中に冷や汗をかきながら従業員の言葉を待つと
「ノール?聞いたことがないですね」
と言葉が続く。ジョゼはほっと胸を撫で下ろした。
ということは、ノールはこの事件に何ら関りがないことが証明されたということではないか。ならば……とジョゼはむしろ逆にこの事件の真相に興味が湧いて来る。
ひとつは、ヴィクトワールがなぜ王を毒殺しようとしたのか?ということ。
もうひとつは、ノールの王毒殺未遂はヴィクトワールと共謀してのことなのか、はたまた同時発生的にそれぞれが単独で王の毒殺を企てたのか、という点である。
どちらにせよ、王はノールのみならずヴィクトワールにまで命を狙われているということになる。方々から恨みを買っているアルバン二世を、ジョゼは心の中で嘲笑った。
(いい気味だわ)
さて、この結果を王にどのように伝えるべきだろう。ジョゼがワクワクしていると、ベルナールが問うて来た。
「どうする?ジョゼ。陛下に全てを報告しなければならないが──」
ジョゼは考えた。
「〝毒草が偶然生えていて偶然入った〟?それとも〝王妃が毒草を育ててあえてルフォール農園に流した〟?このふたつが推理の焦点ね」
「どちらの線も考えられるな。しかし、現在陛下にお伝えしなければならないのは〝事実〟であって、〝物語〟ではない」
「そうね。両方の事実を提示した上で、あとは陛下の判断に委ねるのがよさそうね」
「実は俺としても、ここまで話が飛躍するとは思っていなかった。事前に従業員が犯人であるという線を捜査員らと洗っていたが……時間の無駄だったようだな」
「牛の乳の毒も、知識が無ければ思いつかないもの。しかも王宮からこんなに離れているところから毒殺されかけていただなんて、普通は気づかないわよ」
洗い出された捜査の全てを王に報告しなければなるまい。
それから、ジョゼには王都で確認しておきたいことがあった。
(何が真相であるのかを、ノールに一度会って確かめてみなければ)
裏社交界のあの夜に、ノールから聞かされた住所。いずれそこへ行ってみよう。
勘でしかないが、やはりジョゼにはこの一件にノールが噛んでいる気がしてならなかったのだ。
なぜなら、毒草の殆どがサラーナの草原にも生えているものだったから──
ジョゼとベルナールは捜査を終えると、再び時間をかけて王都へと戻って行った。




