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第六章.ノールの毒殺農園

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63.干し草の罠

 二人が振り返って見たものは、干し草を運ぶ荷馬車だった。


 牛小屋脇に停車し、従業員たちが干し草を運び込んで行く。ジョゼはハッとした。


「茶色だわ……!」

「そりゃそうだろう。干し草は干した草なのだからな」

「何を言ってるの?」

「そっちこそ」


 ジョゼはフンとベルナールを嘲笑った。


「そんなことだからあなたはいつまでもヘッポコ刑事なのよ」

「何だと?」

「毒草を紛れ込ませるなら、青々としている時より、枯らしてからの方が藁に紛れるのよ。行きましょう」


 ジョゼはベルナールを引き連れて牛小屋へ向かう。


 牛小屋は広々として、母牛と子牛がのんびりと暮らしていた。


 牛たちの藁を食む音が子気味良く耳に響く。ジョゼは従業員に近づいて行くと、


「ちょっと干し草を調べさせてもらっていいかしら?」


と問う。彼らはすぐに承諾した。


 ジョゼは黒いドレスにバシバシと藁を浴びながら干し草を掻き分けた。やはりだ。様々な草が混合してあって、どの草が何なのか判別がつきにくくなっている。


 しかしジョゼはその中に、ある毒草を見つけ出していた。


「あった……マルバフジバカマだわ!」


 枯れてすっかり枝のようになっているが、この草は花のつき方が特徴ある形なのですぐに判別がついた。


 ジョゼは嬉々として立ち上がる。


「あのう、すいません。この干し草はどこで作られたものかしら?」

「その干し草なら、同じくフェザンディエ市にあるルフォール農園から取り寄せてるよ」

「ルフォール農園……」


 聞き覚えのない名前が出て来たが、どうやら毒の出どころはその農園で間違いなさそうだ。


 ジョゼは刑事に振り返った。


「ベルナール、ちょっと行ってみましょうよ」

「いいが、ここからどれぐらいかかる?」

「すぐ近くなので、半日もあれば着きますよ」


 今行けば、日のある内に到着するだろう。ベルナールは少し考え、すぐに反応した。


「行くか。じっとしていてもしょうがない」

「この干し草は牛に与えず、取っておきましょう。証拠品として警察隊に回してね」


 ジョゼは黒衣の裾を藁だらけにしながら、近くにいる子牛を慣れた手つきで撫で回した。


 マルバフジバカマを食べると、牛もひどい下痢や体調不良に悩まされることになる。ジョゼはつぶらな瞳の子牛を見つめ、ぽつりと漏らした。


「まったく、人間って罪深いわねえ」




 次に、二人は警官隊数人を率いてルフォール農園へ向かう。


 まだ明るい夕日がある内に農園主と会っておきたい。ジョゼは広大な麦畑を眺め、王族専用牧場など案外小さいことを悟った。ルフォール農園は主に小麦を生産する大農園で、その藁を飼料として王族専用牧場に卸しているらしい。夕日の中、黄金色に実った穂が風に騒がしく揺れている。


 この農園を領地としているのは、ルフォール男爵家である。古くからある土地持ちの男爵家で、土地を転がしている成金でもあるらしい。爵位の割に金持ちという、何やらいわくありげな貴族の所有地なのであった。


 ジョゼはルフォール農園内の屋敷の前に降り立った。


 アポイントはないが、出て来た執事に警察であることを告げると、彼は慌てて城に引っ込んで行く。


 しばらく待っていると、ひとりの若い男が出て来た。


「初めまして刑事さん。私はアトス・ド・ルフォール。ルフォール家当主であり、農園主だ」


 赤毛の利発そうな好青年である。しかしジョゼの方には挨拶をしない。どうやら、女だから助手か何かだと勘違いしているらしい。


 その方が好都合かもしれないと思い、ジョゼは黙っておく。


「私はベルナール・ド・シモン。王都警視庁の警部だ」

「刑事さんが、ここに何用で?」

「陛下から直々に依頼があってな。王族専用牧場に卸している飼料について話を聞きたい」


 アトスはぴくりと眉を上げる。ジョゼはそれを見逃さなかった。


「……いいでしょう。話は中で──」

「いや、外で聞こう。この農園を捜索させてもらっていいか?」


 するとアトスはにっこり笑ってこう言った。


「いいですとも!」


 ジョゼはその明るい笑顔をじっと見つめ、引っかかりを覚えた。


 警官たちによって飼料置き場の捜索が行われた。確かに、その飼料にもマルバフジバカマが混ざっている。


 ベルナールはそれらを押収すると、アトスを問い詰めた。


「いいか?これはマルバフジバカマという毒草だ。なぜこんなものを混ぜたんだ?」


 すると彼はきょとんとした顔で尋ねた。


「そんな花が混ざっていたのですか?知りませんでした」

「とぼけるな。わざと入れたんだろう」

「お言葉ですが刑事さん。草刈は使用人がやっていますから、彼らが知らずに入れてしまっただけですよ。私はその花が何色で、どんな形の花なのかすら知りません。私が管理しているわけではないし、何か気になるようなら従業員に聞いて下さい」


 滑らかに話して見せるアトスを、ふとジョゼは止めた。


「待って下さいアトス様。これを入れた犯人を捜さないと、陛下の気持ちひとつで管理者代表のあなたヘ罰が下るかもしれないのですよ?」


 ふとアトスは我に返る。ジョゼはその隙を見逃さず畳みかけた。


「この毒草を入れた真犯人を見つけ出しましょう。そうすれば、あなたが責任を負うことはなくなります」


 アトスはそれでようやく、ジョゼの存在を認知する。


「お嬢さん、名前は?」

「ジョゼです」

「ジョゼ……」


 彼は何かを思い出そうとするように虚空を見上げると、あの名前を口にした。


「まさか君は、ノールのお友達かい?」

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
[良い点] アブラハム・リンカーンの母親、ナンシー・リンカーンも実は1818年にミルク病で死んでいるらしいですね。 おそろしいものを出して来ましたね……
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