58.誓い
ジョゼ達はいつか王から重要参考人として呼ばれたり、何か推理を頼まれたりするのではないかと王宮内で待っていたが、その日そういった声掛けが来ることはなかった。
アリバイが確認出来た人間から帰される。
ジョゼとセルジュに帰宅許可が出た。ジョゼは王と共にいたため被害者として扱われ、参考人から外れた。セルジュの方は、ベルナールの口利きでアリバイ有りと判断されたらしい。
明け方に、ジョゼはセルジュの用意した馬車に乗せられ王宮を出発する。
彼はいつものように、馬車に揺られると眠ってしまう。
ジョゼは行きの馬車とはまるで違った気持ちでセルジュの寝顔を見つめた。
(この人が、私を救ってくれた)
高い鼻に形の整った唇。黒い眉と目の間隔は狭く、頬に影を落とすように長い睫毛が生え揃う。
(セルジュって遠目には男っぽい印象だけど……近づいてみると、端正な顔してるのよね)
ジョゼは彼が寝ているのをいいことに、その無防備な寝顔を近くでじっくりと堪能した。
娼館に着く頃、狙いすましていたように彼は目を覚ました。ジョゼは慌てて視線をそらす。
娼館前に馬車が止められ、ジョゼが出る準備をしていると
「ジョゼ」
とセルジュが呼び止めた。
「なあに?」
「ちょっと言っておきたいことがあって」
ジョゼが困惑したように笑うと、彼は続けた。
「君が嫌じゃなければ、一度うちに来てみないか?」
ジョゼはぎょっとする。その表情を見て、セルジュは弱ったように笑った。
「ごめん……嫌だよな」
「どういうこと?〝うち〟ってどこ……」
「バラデュール家だよ」
「ええっ……!?」
ジョゼが頬を紅潮させると、セルジュもちょっと顔を赤くした。
「私みたいなのが行ったら、きっと皆様困惑するわ」
ジョゼはそう言って不安げに視線を足下に落としたが、セルジュは言った。
「だからこそ、一度紹介しておきたいんだ。君とは長い付き合いになるだろう。それを家族にも知らせておきたい……何かあった時のために」
そうだ。
これから二人は同じ目標を目指して、共に歩んで行くこととなる。
きっとその変革を壊そうとして、様々な方向から邪魔の手が入ることも覚悟しておかなければならない。緊急時のためにも、セルジュの親類に顔を知っておいてもらって損はない。
それと同時に、ひとりでも多く味方を増やして行くことにも注力して行くべきだろう。
まず家族を巻き込むことは、ひとつの安全策であるのかもしれない。
「そうね。あなたのご家族に私の存在を知っておいてもらって、味方になってもらえればこれほど心強いことはないわ。でも……」
ジョゼは言った。
「私が邪魔になったら、いつでも言ってね。あなたの家族が敵になる可能性だってあるのだから」
セルジュはじっとその言葉を受け止めると、何度か頷いた。
「分かった。でも一番は、ジョゼにとっての望みが繋がるようにしたい」
「ええ、打倒・王政!」
「それから、私にはそれと並行してやっておきたいことがあるんだ」
「へー、なあに?」
セルジュは意を決したように言った。
「この国から、王政だけでなく、男女の差も、身分の差も、なくなるようにしたい」
ジョゼはどきりとしてセルジュを見上げた。
「……そうね。本当に」
「だから、ジョゼ」
「はい」
「最後まで、一緒に──」
「……」
ジョゼは目をこすった。
ジョゼを傷つけないために、貴族のセルジュは決定的な言葉を使うことを避けているのだ。
「ごめん。軽はずみな約束はしたくないんだ。でも私は絶対に、ずっと君のそばにいるから」
「……」
「絶対にジョゼを見捨てない」
ジョゼは泣き笑いすると、小首をかしげて言った。
「そういう大事なことは、馬車じゃなくてもっと素敵な場所で言って欲しかったんだけどな〜」
するとセルジュは可哀想になるぐらいうろたえた。
「あっ……ごめん!私としたことが、そこまで考えが至らなかった……!」
「ふふっ。いいのよ、何だかこういうところまでセルジュらしいわね」
「こういうことに慣れてなくて……」
「じゃあ慣らしてあげるわ。また会わない?」
セルジュは無念そうに項垂れたが、再び顔を上げた時には笑顔をのぞかせた。
二人は互いの頬を寄せて抱擁し合うと、娼館の前で別れる。
「またねセルジュ」
「また連絡するよ、ジョゼ」
ジョゼは馬車を見えなくなるまで見送ると、娼館の中に入った。
娼館では、三人の娼婦が今か今かとジョゼを待っていた。
「ただいま、みんな!」
「おかえりー!」
すると、急に三人はパチパチと拍手をした。ジョゼがその反応に困って持て余していると、ミシェルがジョゼを覗き込み尋ねて来る。
「ジョゼ、さっきセルジュと抱き合ってたよね?」
「……!」
「おめでとう、ジョゼ!」
「えっ……ちょっと、気が早すぎるわよみんな!」
アナイスが不敵に笑う。
「ふふっ。ジョゼ、裏社交界に行く前と今とじゃ顔つきが変わってるわよ。乙女の顔になってる。こういう変化って、私たち娼婦はすぐに気づくんだからね。あっちでどんな素敵な恋をしたの?」
リゼットはなぜかそわそわしている。
「詳しく教えなさいよジョゼ。おばさんはそういう話に飢えてるのよ!」
ミシェルはワインを開けた。
「どうせセルジュと何かあったんだろ?ほうら、早く吐くんだよ!まぁ言わなかったとしても、アルコール入れちまえばこっちのもんだから!」
グラスにピンク色のロゼワインがなみなみと注がれて行く。
強制的に乾杯の儀式が行われ、全員が膝を突き合わせた。
「それで?あいつとどうなったって言うんだよ!」
「えっ?えーっと……」
「吐いちゃえ☆」
「……バラデュール家に、ご挨拶に行くことになったわ」
それを聞くや、ミシェルが景気よくワインを飲み干す。
「もう一本開けようぜ!」
「えっ、それってどーゆーこと?あの家の格だと、平民との結婚は難しいよね?」
「身分を捨てて駆け落ちして田舎まで行っちゃえば、結婚自体は出来るわよ」
「あっ、だからセルジュはまずジョゼを紹介することにしたんじゃない?おうちの人の反応を見てから先のことを決めるに違いないわ」
娼婦たちはやいのやいのと好きなことを言い合っている。ジョゼが様々な情報に触れて少し不安になった、そんな時。
「ところで、ジョゼは何でセルジュを好きになったの?」
リゼットにそう問われ、ようやく彼女は幸福感に引き戻された。
「そうねぇ……いざとなったらすぐ助けに来てくれて、強くて……でも嘘をつけないところ」
「うわー!ジョゼのことだから素直に言わないと思ってたのに……急に詳細に言うじゃん!」
「ねえ、なんで彼とお付き合いすることになったのー?聞きたーい!」
「てか、いつからそういう感じになってたの?ねえジョゼってば!」
ワインの三本目が開けられる。
ジョゼは思い出とワインに酔いしれながら、めくるめく裏社交界の余韻に浸るのだった。




