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第五章.セルジュの完全犯罪

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57.暴露

 王宮の裏手でちょっとした騒ぎが起きていることに、招待客は少しずつ気づき始めていた。


 ジョゼはセルジュに耳打ちする。


「ここでさっさと帰ったら、逆に容疑を疑われるわ。私たちは舞踏会が終わるまで、堂々としていましょう」


 二人は舞踏会がお開きになるまでここにいようと考えた。アルバン二世は身の危険を感じ、どこかへ引っ込んでしまったらしい。それからは大広間に出なかった。王と少しでも親しくなろうと画策していた連中は肩透かしを食らったようだが、執事や給仕係の働きでその異変は程よく誤魔化されている。


 二人はワインを手にすると、大広間を抜けてバルコニーへ出た。そこから庭を眺めると、何組もの男女が恋路という名の脇道をせっせと作り上げていた。


 ジョゼはその風景に背を向けると、夜風に吹かれながら静かにセルジュの肩に額を預けた。彼はジョゼの祈りを聞き届けたかのように、ジョゼの肩を抱く。


「……ジョゼ」

「何?」

「君に、まだ言っていないことがある」


 少し不穏な空気が漂い、ジョゼは顔を上げた。


 セルジュが、思い詰めたような瞳でこちらをじっと見下ろしている。咄嗟にジョゼは、傷つかぬよう心に鎧を纏った。


「どうしたの?そうだわ、きっとどこかのご令嬢と結婚の日取りでも決まっているんでしょう?」

「……そうじゃない」


 予想が外れて、ジョゼは曖昧に笑った。


「……そう」

「実は」


 セルジュが何か話し出そうとした、その時だった。


 大広間から、直線的にノールがやって来たのだ。ジョゼの視線がそちらへ吸い込まれたのを見て、セルジュは一旦言葉を飲み込んだ。


 透けるような絹のローブを纏ったノールは、二人を見つけると全く毒気のない笑顔を見せた。


「ジョゼ様、それにセルジュ様。こんなところにいらっしゃったのね?探したわ」


 セルジュはノールを見て身構える。ノールは彼に視線を飛ばすと、小首を傾げながらはっきりとこう言った。


「セルジュ様は元軍人でいらっしゃるのね。確かサラーナの大戦で負傷し、議員に転職なさったとか……?」


 ジョゼはそれを聞き、目を見開く。


「セルジュ。それ、本当?」

「……」

「私はサラーナ出身の女です。そして、ジョゼ様も。あなたはあの日、私たちの敵だった。そうでしょう?」


 呆然とするジョゼの肩を、セルジュは震える手で引き寄せた。ノールはそれを見て二人を嘲笑う。


「あなたもあの日、民族浄化に加担していたんじゃないの?ジョゼ様、彼はそれと知りながらあなたに近づいた最低な男よ。切り捨てるなら、今。深い仲になる前に別れた方がいいのではないかしら?」


 ジョゼの体が、微かに震え出すのが分かる。


 セルジュは心のどこかでこうなることを予感していたが、今更言い訳や弁解など出来ない。なので、あえて吐露した。


「……いつか言おうと思っていた。過去は変えられないし、サラーナ王宮を攻撃した事実に関しては、私は何も言い逃れ出来ない。だが」


 彼はジョゼに視線を落とした。


「私はこの人生でジョゼに出会えて、本当に幸福だったと思っている」


 ジョゼはぽかんとセルジュを見上げた。セルジュが泣き出しそうに微笑むのを見て、ジョゼも喉にぐっとこみ上げるものがあった。


 戦場で出会わずここで出会えたのも、何か大いなる力が働いたに違いないのだ。


 ジョゼは自分の中で、彼の秘めていた経歴を何度も咀嚼する。


 かつての災厄。その一部、その一端に、セルジュが加担していたのだ。


 でも──


 ジョゼはぎゅっと目をつぶってから、ノールに視線を向けた。


「私はきっと一生セルジュを許すことは出来ない」


 セルジュは少し自責するように唇を噛んだが、ジョゼははっきりとノールに告げた。


「でも、今の私には彼が必要なの。私は彼の背景によって傷ついたけど、彼がいなかったら、きっとその傷はもっと深くなってしまっていたと思うわ」


 それを聞き、ノールから全ての表情が消え失せる。


「ジョゼ様。では、サラーナの民はどうすればいいのですか?あなたひとりが幸せになったなら、国を失って散り散りになったサラーナの民のことはどうでもいい、と?」


 ジョゼは胸が痛んだ。


 ノールには何がある?復讐のためにここまで来たノールには?


 ひとりぼっちの、ノールには?


 ジョゼはセルジュから離れると、覚悟を持って前に歩き出した。


 そして死んだ表情のノールの手を掴むと、サラーナ語で告げる。


「私はあなたをひとりにしないわ」


 ノールの目に、小さな火が灯る。


「あなたがこの国に復讐したいと言うなら、協力する。ただ、陛下を殺さないで欲しいの。そうしたら、あなたは捕らえられ、また私はひとりぼっちになってしまう」


 ノールの眉尻が、困惑するように下がる。


「実は私とセルジュはね、今、王政を終わらせようと動いているところなのよ」


 それを聞くや、ノールの表情が少し晴れる。


「本当……ですか……?」

「私が女性党員になったのも、少しでも政治の自由度を上げるためなの。分かってくれる?」

「……」

「確かに、王を殺せば一瞬で復讐は終わる。けれど王政は続くわ。そこで私たちはどうにか王の周辺を掘り起こし、スキャンダルを捜そうと考えてるのよ。国民の声を議会でどんどん大きくして、王政を終わらせる──とっても時間はかかるけど、確実にトランレーヌ王族の息の根を止められるわ」


 ノールは静かにその案を受け止める。じっくり考え、彼女は言った。


「それでジョゼ様はバラデュール議員に近づいたと言うわけですね?」


 ジョゼは頷いた。


「最初はそうだった……はずなのよ。でも、今は協力関係にあるわ」

「あっ、じゃあさっきのあれって、本心なんですね?へー」


 さも感心したように頷き、ノールは少し憎悪を肩から下ろしたようだった。


「まあ、そちらはそちらで上手くやって下さい。私はどうしても、この手で復讐したいのです」


 話は通じていない部分もあるが、通じた部分もあるようだった。


「とりあえず、スレン様のご無事が確認出来て良かったです。王から変なことはされませんでしたか?」

「それは大丈夫。弾をぶち込んでやったら何もせず逃げて行ったわ」

「ああ、また何か特別なトリックでも使ったんですか?前にサラーナ王宮で第三皇子の銃を暴発させる実験やってましたものね」

「また懐かしい話を……まあそういうわけだから、あなたは大人しくしてて。もしかしたら、協力を仰ぐかもしれないから」

「王を殺すためなら何でもしますよ。連絡先をお教えしますので、いつでもお手紙を下さい」


 ノールは口頭でジョゼに住所を伝えた。


 セルジュは言語が理解出来ないのでしばらく置いてけぼりを食らっていたが、ノールが去ったのを見てようやくほっと肩から力が抜けた。


 ジョゼが戻って来る。


 セルジュは贖罪でもするように、思い詰めた表情で彼女の反応を待つ。


 二人の胸に複雑な思いが去来したが、互いに肩を寄せ合うと、わだかまりは体温と共にどこかへ溶けて行った。

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
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