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第五章.セルジュの完全犯罪

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55.ジョゼの味方

 王宮の正面口にある馬車停留所までジョゼを抱えて歩くと、セルジュはようやく彼女を地面に下ろした。


 そしてバラデュール家の従者に、ベルナールをここへ呼ぶよう告げる。


 ジョゼは馬車の中に入り、まだ緊張している自身の体を撫でさすった。


(あー、びっくりしたぁ……)


 まさか王があんなに性急に事を運ぼうとするとは思ってもみなかった。娼館の客でさえ、女を選ぶのにもう少し時間をかけるものだ。


(見くびられたものね。あの王は、女なら誰でも自分の言うことを聞くと思っているんだわ)


 サラーナを滅ぼしたトランレーヌ王を恨んでいたジョゼだったが、更に輪をかけて例の王を嫌いになる。


(ノールに殺されればいいわ、あんな奴)


 しかしノールが殺人犯に仕立てられるのだけは避けたい。彼女が処刑されてしまったらと考えるだけで、心がちぎれそうになる。


(ああ……私、どうしたらいいんだろう)


 先程、王に推理を頼まれた。それももう、断らざるを得ないのだろうか。


 そんな時。


「ジョゼ。大丈夫だったか?」


 セルジュが馬車に乗り込んで来た。ジョゼは顔を上げる。


「ええ、体なら無事よ」

「アルバン二世に、変なことはされなかったか?」


 ジョゼは黙り込む。


 急に情けなさがこみ上げて来て、ジョゼは二の句が告げなくなった。そのまま泣き崩れ、今まで押し殺して来たやるせない感情を爆発させる。セルジュは慎重にジョゼと距離を開けて向かい側に座ると、ジョゼが落ち着くのを待った。


「……ごめん」

「……」

「何か私に出来ることがあれば言ってくれ。協力するよ」


 ジョゼは我慢し切れなくなって、前方にいるセルジュの胸に飛び込んだ。セルジュは彼女を受け入れると、子どもをあやすようにその背中を撫でる。ジョゼはその優しさを頼って、何もかも吐き出したくなった。


「私、ずっとあいつを殺したかったの。サラーナの民を滅ぼした王を……!」

「……」

「だから、どうにか王の懐に入ろうと」

「……」

「それで私、あなたをも利用したの。党員になれば、王に近づけるかもって」

「……」

「でも近づいた結果がこれよ!あいつは私を娼婦としか見ていなかったんだわ。あなたの言う通り、私は愛玩具にされかかっただけ……」


 声が震える。気が遠くなる。心がきしむ。自分の浅い考えが招いた結果に、何も考えたくなくなる。


 ジョゼの心が折れそうになった、その時だった。


「知ってるよ。君は、サラーナ王朝の王族だったんだろう」


 急にセルジュがそんなことを言い出した。ジョゼは驚いて顔を上げる。


 彼は意外にも微笑んでいた。


「うそ。セルジュ、なぜそれを……!?」

「議員の情報網を舐めないで欲しいな。それくらい、知ってるよ」


 涙を拭うのも忘れて混乱しているジョゼの瞠目する姿を見て、セルジュは続けた。


「でも私はジョゼの味方だ。何があっても、必ず君を助けるから」


 ジョゼはそれを聞き、ふとセルジュの懐にある塊に気づく。


「そうだ、この銃……どうして」

「君が王に閉じ込められたと聞いて、助けようと思って……ベルナールに借りたんだよ」

「へっ!?あの男が、よくそんなことを許したわね」


 セルジュはなぜか悲し気に笑うと、ぽつりとこぼした。


「君の味方は沢山いるんだよ、ジョゼ」


 ジョゼは頷いた。


 頷いてまた、泣き出した。


 ジョゼがその額を肩口に預けたので、セルジュはその髪を撫でながら言う。


「ジョゼはずっと孤独だったと思う。でも頑張っている君を見て、みんなが君を助けたいと思うようになっていた。私もその一人なんだ」


 ジョゼは目頭を熱くさせながら、セルジュの肩で頷いた。


「私は……ジョゼが望むなら、王を殺すことも厭わない」


 その言葉に、ジョゼはびっくりしてまた顔を上げた。


「……セルジュ」

「私は本気だよ。でも、君が思うような野蛮なやり方はしない」


 少し不安な顔の彼女にセルジュは笑いかけた。


「いいか、ジョゼ。王を追い落とすのには、立法という手段を使うんだよ。つまり政治で、王政を終わらせるんだ」


 ジョゼはぽかんと口を開けた。


 なぜ、今までその方法に思い至らなかったのだろう。


「なるほど……王殺しではなく、王政の終焉……」

「ジョゼが望んでいるのは、つまりそういうことだろう?実を言うと、私の人生の最終目標も王政を終わらせることなんだ。王族による諮問委員会を解体させ、王族を弱体化させる。それから、スキャンダルや無駄遣いを追及して行く。議会制の国を作る。長い時間かかるかもしれないが、一番確実に王を仕留められる方法だ」


 ジョゼにようやく笑顔が戻った。


「とてもいい方法だと思うわ!私、何で今まで気づかなかったのかしら」

「やっぱり、ひとりで何もかもしようとしすぎたんじゃないか?視野が狭くなっていたんだろう。君はもっと他人に助けを求めるべきだったと思う──まあ事情が事情だから、仕方のない面もあるが」


 しかし冷静にそんなことを話し合っていると、急にジョゼはセルジュにまたがっている自分が恥ずかしくなって来た。


「あの、セルジュ。ちょっと降りてもいい……」

「降りなくていい」

「!?」

「今は離したくないんだ、ジョゼを」


 セルジュの、ジョゼを抱く腕に力が入る。今夜その腕は、全く震えていない。


「……今日のセルジュ、ちょっと変」

「うん、変だよ。いけない?」

「ううん……いけなくない」


 ジョゼが娼館のマダムから、16歳の夢見がちな少女に戻って行く。


 ジョゼがセルジュの両頬に触れ、互いの視線をからめ合った、その時──

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