54.セルジュの完全犯罪
一方その頃。
セルジュはジョゼの姿を探し、王宮内をうろついていた。
「おかしいな……ジョゼの奴、どこまで行ったんだ?」
確か、ベルナールの同僚であるジネットが彼女を監視していると聞いたが──ジネットの姿も見られない。どこへ消えてしまったのだろうか。
セルジュはふと、こちらに向かって来る人物を認めて足を止めた。
「……ん?あれは……」
ベルナールが青い顔をしてこちらにずんずんと向かって来たのだ。セルジュはつんのめるように前へ出て行くと、彼を制止した。
「ベルナール!」
「あっ。……セルジュ、どこへ行っていた?その間にジョゼが大変なことに……!」
ベルナールの言葉を聞き、セルジュは彼を柱の陰に引き込んだ。
「どうした?ジョゼの身に何か──」
「陛下が……ジョゼを」
「……陛下とジョゼがどうした」
「陛下が、ジョゼがいる客間に入って行ったようなのだ。ジョゼを追っていたジネットが言うには、陛下はジョゼと共にいた友人を排し、その内側から鍵をかけてしまったらしい。しかし、警察は王の身を王族の許可なく拘束することは出来ない」
セルジュの目の色が変わる。
「なぜジョゼが客間に……!」
「最初は陛下の愛妾ノール様に連れられて行ったようだ。しばらく彼女と二人で会話を楽しんでいたようなのだが……そこに突如陛下が入って行き、なぜかノール様だけが締め出された」
「……!」
ジョゼの身に危機が迫っている。
セルジュは愕然としながらも、考えを巡らせた。
王宮は客人の武器持ち込みは禁止だ。射撃手としては名うてのジョゼだが、今日は拳銃を所持していない。
「早く助け出さないと……」
「待て。一般客は、勝手に王家専用の客間には入れない」
「……その客間とやらは、どの階にある?」
それに関しては、ベルナールは即答した。
「三階、裏庭側の客間だ。明かりがついているのは三階ならばその一室だけだから、外から見ればすぐ分かる」
それを聞き、セルジュの瞳の奥がすうっと冷えて行く。急に冷静さを取り戻した様子のセルジュは、ベルナールに近寄りそっと囁いた。
「ベルナール。警備中ならば、君は今拳銃を持っているはずだよな?」
ベルナールはぎょっと目を剥く。
「おい……セルジュ、早まるな」
「貸せ」
「貴様、よくも刑事にそんなことを」
「君はジョゼを見捨てるのか?」
「……」
押し問答はすぐに終わり、セルジュは黙ってベルナールをまっすぐに見つめた。
ベルナールはその焼け付くような視線に当てられると、目を逸らして小さくため息を吐く。
「……約束してくれ。陛下を絶対に傷つけないと」
「約束する」
「陛下に当てた時は、セルジュ。必ず君を拘束する」
「……」
ベルナールは温かく重い金属の塊を、懐からそっと取り出す。
拳銃は、秘密裏にセルジュの手に託された。
「あと……ベルナール、私と靴を交換しろ」
「私の足は、君より大きいようだが……?」
「それでいい。むしろその方が好都合だ」
セルジュはベルナールと靴を交換すると、足早に王宮の外へと出て行った。
王宮を出ると、セルジュは慣れない足取りで裏庭に回った。裏庭には誰もいない。
三階の窓を見上げると、確かに明かりがついている。しかしカーテンに阻まれ、内部の様子はよく分からなかった。
セルジュは茂みに隠れると、荒くなった息を整え、胸元をまさぐる。
彼の手には、ベルナールから借りた拳銃が握られていた。
(ジョゼ、どうか無事で)
祈るように天を仰ぐと、セルジュは明かりの漏れる窓へ銃を構える。
(悪いが、少し騒ぎを起こすぞ)
こんなことをして、果たして彼女は許してくれるだろうか。
(陛下の身長……それ以下に、当てないように)
セルジュは心の赴くまま、その引き金を引いた。
その頃、ジョゼはアルバン二世の頬を平手打ちしていた。
「ぐっ……!」
「無礼者!恥を知れ!!」
そして、ひるんだ隙にずるりとベッドから這い出す。
「何をする、ジョゼ……痛いじゃないかぁ……!」
ジョゼは失念していた。
トランレーヌ王が誰よりも多情で淫蕩に溺れた、俗物である可能性を。
(計画通りには行かないものね。今日は、武器も毒物も持っていない……まさか、王がこんなに早く距離を詰めて来るとは思いもしなかったわ)
床に転がったジョゼは、脱兎の如く壁際を走り抜け内側の鍵を外しにかかる。意外に俊敏だったジョゼをどうにか追いかけ、アルバン二世は扉の前でジョゼと押し合いになった。
「……どけ!」
ジョゼは王に蹴り倒された。彼女は腰を強く打ち、痛みで動けなくなる。
アルバン二世は、ジョゼに馬乗りになった。
「大人しくしろ……すぐに終わる」
ジョゼが首を絞められながら、無理矢理仰向けに転がされた、その時だった。
窓が割れ、横切る閃光──
ガンッ!
大きな音が夜をつんざいたかと思うと、扉の真上の壁に銃弾が食い込んだ。
パラパラと壁の破片が降って来る。さすがのアルバン二世も、その音に驚いて壁を見上げた。
「な……何事だ!?」
すると、更にもう一発──
ガンッ!
「ひいっ!」
アルバン二世は悲鳴を上げるとジョゼを置いてすぐに扉を開け、助けを呼んだ。
「誰か!誰か!警備を呼べ!暗殺未遂だぞー!!」
そして部屋を出て行ってしまう。ジョゼは肩で息をしながら、壁と窓とを交互に見た。
割れた窓から優しい夜風がさらさらと流れ込んで来る。
ジョゼは息を殺しながら歩き出すと、こわごわ窓を開けて外を見た。
窓の下では、月明かりの中セルジュが笑顔で手を振っている。
「……セルジュ!?」
ジョゼはぎょっとしたが、彼の姿を見た瞬間、安心からか意図せずほろりと涙が流れた。
「助けに……来てくれたんだ」
セルジュが何か口を動かしながら、近くの木を指さす。
「ん?飛び移れって言ってるのかしら……」
飛んでもその木までは届かなさそうだ。
「綱渡りでもすれば、行けそうね」
ジョゼは近くにあるカーテンをまとめているロープをフックから外して引きずり出すと、それを飛ばすための重りを探した。ふとセルジュを見ると、彼はしきりに自身の首元を叩いている。
ようやくそれでジョゼは彼から貰ったチョーカーを思い出すと、重り代わりにそれを先に結び付け、木に向かってぶん投げた。
ロープがくるくると枝に巻き付いたのを確認し、一度ロープを引っ張る。ロープはびくともしなかった。端をフックにしっかりと結び固定すると、ジョゼはそのロープに子猿のように逆さになってしがみつき、それを伝ってひょいひょいと木まで移動した。木の股に腰を落ち着けたところで、ジョゼはロープからチョーカーを外して再び首にかけた。
そして、セルジュに向かってロープの引っかかっているフックを指さす。
セルジュはそれですぐさま合点し、再び銃を客間に向ける。
フックにニ・三発弾丸を撃ち込むと、フックごとロープが外れた。ジョゼは木の上で素早くそれを巻いて回収した。
次第に王宮内がざわつき始める。セルジュはその気配に気づくと、ジョゼのいる木まで歩いて行った。
木から滑り落ちて来たジョゼを、彼はそっと抱き止める。ジョゼも目を閉じ、セルジュの肩に腕を回した。
セルジュはそのままジョゼを両腕で抱き上げると、再び慣れない足取りで王宮正面方向へと歩き始めた。




