52.愛妾ノール
タロットを手にしたノールは作り笑顔をはめ込んだまま、何のてらいもなくジョゼに言った。
「何を占いましょうか?」
ジョゼは何を相談しようか迷ったが、興味の赴くまま答えた。
「好きな人が出来たの。その人と私が、どうなるのか」
ノールは微笑みを絶やさず頷く。
「分かりました。では……」
カードの束が、ジョゼの目の前でじゃらりと崩される。
ノールはそれを祈るようによく混ぜ、再び集めた。
新たな山を作って、一枚一枚並べて行く。
カードを開くと、ノールはじっと考え込んでからこう告げた。
「恋愛にまつわるカードは、今は出ていません」
ジョゼがぽかんとしていると、彼女は続けた。
「けれど、あなたはお相手と恋愛以上の素晴らしい未来を作る。これは恋愛を超えたお付き合いになるかもしれません。この両脇にある人物カードは、お互いを見つめ合っていますね。二人は同じ未来を見ているということです」
ジョゼは心の中を読まれた気がして、ぞくりとした。
しばらく雷に打たれたように動かないでいると、ノールが言った。
「疲れてしまったわ。タロットは、これでおしまい」
周囲から拍手が巻き起こる。ノールはタロットを片付けると、ジョゼに手を差し出した。
「お久しぶり、ジョゼ様」
ジョゼはどきりとして顔を上げた。あの頃と同じ、ノールの慈しむような視線がそこにある。
懐かしさにジョゼは喉を詰まらせたが、なるべく周囲に感情を悟られぬように答えた。
「ノール、あなたこそ、元気で……」
それ以降は何も言えなくなってしまう。しかし、ふたりはがっちりと手を握り合った。
「少し、落ち着ける場所に行きましょう。私が案内しますわ」
ノールは馴染みの執事を探し出して声をかけると、ジョゼを促して歩き出した。
「部屋を用意させます。そこで、じっくり話し合いましょう」
突然のことに驚いたジョゼはセルジュに声をかけようと周囲を見渡したが、彼の姿は見当たらなかった。困ったと思いつつも、彼女の頭の中は親友ノールとの邂逅の興奮でいっぱいになっている。人波を掻き分けて彼を探す手間をかけるほどの余裕は、ジョゼには既になかった。
大広間から遠く離れた三階の一室が、執事によって二人に用意された。
執事が扉を開くと、その向こうは豪華絢爛な客間だった。
「ここはね、王族しか入れない客間なんです」
ノールは華やかに笑うと、執事に言い付ける。
「私が扉を開くまで、誰にもここを開けさせないで頂戴。マダム・ジョゼとじっくり話がしたいの」
「かしこまりました」
執事はすぐに出て行き、重い扉は閉められた。
サラーナの女がふたり、部屋の中で向き合う。
「……ノール」
「スレン様!」
二人は互いにかつての名を呼び合うと、ひしと抱き合った。
あの日の宮廷の香りが蘇るようだ。懐かしさがこみ上げて、ジョゼの頬に一筋の涙が零れる。
二人はサラーナ語に戻って話し始めた。
「ノール、あれから一体どうしていたのよ!」
「ああ、スレン様。私はあの後、娼館に売られました。そこで次々客の相手をさせられ、一度精神を壊して解雇されてしまいました。一時期は浮浪者になっていましたが、教会に拾われてどうにか事なきを得たのです。その時は異民族を宣教するのが、トランレーヌの教会のトレンドだったらしくて助かりました」
ノールはジョゼよりもよほど悲惨な道を辿ってここまで来たらしい。彼女の苦労を、ジョゼは素直に称えたいと思った。
「そんなことが……大変だったわねノール!」
「ええ。それからは教会で、私は新たにメイドになるべく鍛え直して貰いました。そして派遣された貴族の家庭で私は貴族の振る舞いを目で盗みつつ、王宮に入り込むことを画策したのです。その後は得意の占いで貴族の評判となり、メイドをやめてからはそれで食べて行けるようになりました。政界のお偉方も随分占いましたよ。色んな貴族の相手をしながら心を殺して暮らしていたそんな折──アルバン二世が私の占術の評判を聞いて、私を裏社交界へ招待しました。私はそこから王の懐に入り、どうにかこうして愛妾の座を勝ち取ったのです」
ずっと語りたかったであろう道程を息継ぎなしに言い切って、ノールはふうと息を吹いた。
「スレン様は、どうやってここに?」
「私は娼館に売られて、娼館の養女から経営者になったの。それから、急進党の党員にもなったわ。ある事件を解決してから王の目に止まったみたいで、今日ここに呼ばれたの。でも──まさかノールが先にここにいるとは思わなかった!」
二人は頷き合って再会を喜んだが、ふと同じタイミングで笑顔が消えた。
あの日の悪夢がよみがえったのだ。
「じゃあ、ノールは……陛下に愛されている……のよね?」
ジョゼが尋ねると、ノールはくっくと押し殺すように笑って吐き捨てた。
「馬鹿な王がいたものです。いつか殺されるとも知らずに、私みたいな者を招き込むなんてね」
ジョゼは目を見開いた。
やはりだ。
毒殺未遂の犯人は、愛妾ノール──




