51.君も
ベルナールは底を割って話し始めた。
「ジョゼのことは、彼女が売られて来てすぐの頃から知っている。俺が知り合った時には、既にあいつは娼館の客を相手に裏で探偵業の真似事をしながら金を稼いでいたんだ。裏社会の評判がこちらにも伝わり、警察では彼女の捜査を独自に進めて来た。それで例のことが分かったわけだ」
セルジュは話を聞きながら物憂げに視線を落としている。
「それからはかなり目立つ行動をし始めたから、死なないように見張っていた。ジョゼには嫌われているが、彼女の命を守るためだからしょうがない」
セルジュは顔を上げた。
「なぜ、ベルナールはジョゼを守ろうと……?」
「……」
沈黙が流れた。セルジュの方がドキドキしていると、刑事は重い口を開いた。
「……言わせるな。分かれよ男なら」
セルジュは更にドキドキと胸を鳴らした。
「ベルナール。まさか君も……?」
「〝君も〟とは?」
二人は視線が合うと、気まずくなって互いに目を逸らした。
「まあいい。セルジュに言いたいことは全部言った。今の話を踏まえて、君はどうしたい?」
セルジュは即答した。
「私は、それでもジョゼと一緒にいたい」
ベルナールはそれを聞くと、ようやく破顔した。
「とりあえず、今はジネットがジョゼを監視している」
ベルナールはそう言って歩き出し、セルジュに背を向けた。
「そろそろ行くか。ジョゼはきっとどこかで君を待ってるはずだ」
セルジュはどうしても彼に聞きたかったことがあった。
「ベルナール……なぜ私に、こんな機密情報を?」
ベルナールは立ち止まると、簡単に言った。
「ジョゼが今一番信頼を置いているのは、セルジュ。君だからだ。あの子からは絶対に言い出せないだろうから、それを知っておいた上で、そちらでも守ってやってもらいたいと思ってね」
セルジュは覚悟を持って頷いた。
「ありがとう、ベルナール」
ベルナールはそんな彼を見つめると、
「ふん。君に礼を言われるとやっぱり無性に腹が立つな」
と言い捨て、少し呆れたような顔で去って行った。
一方その頃、ジョゼは舞踏会の人ごみの中を歩いていた。
ノールの姿を捜しているが、なかなか見つからない。誰かと踊っているのかと目を凝らしたが、あの目立つ衣装で見つからないということは、大広間にはいないのかもしれない。
大広間を出ると、ジョゼは色んな部屋を覗いてみた。どこも人でごった返していたが、ポーカーテーブルのある部屋に足を踏み入れるや、ジョゼは異様な空気に気づいた。
喧騒の中静まり返った部屋では、テーブルを囲んだ人々が固唾を飲んで何かを見守っている。ジョゼは近づいて行って、そっと人の輪に入った。
輪の中心にいたのは、ノールだった。
そしてノールのかき回しているものは、タロットだった。蛇の模様が描かれたタロットをごちゃ混ぜにし、ある時点で中央に集める。ノールはタロットをトントンとテーブルに叩きつけると、一つの山にまとめた。
それを七枚ごとに切っていき、テーブルの上に規則正しい陣形を作る。
ノールは祈るように、並べられたカードを一枚一枚めくり始めた。
「コンスタンス様は想い人がいるということですが……ナインオブロッド。これが出るということは、障害の多い恋ですね。中央に塔のカードが出ていますが、これは全て悪い結果に結びつくカードではなく……男女の落ちる様が描かれているので、地獄に墜ちるほどの甘美な恋ということになります」
占いである。ジョゼはふと、ノールが宮廷内でも占術に長けていたことを思い出していた。
コンスタンスという高級娼婦は、きらきらと目を輝かせる。
「ああ、当たってる!浮かれるというよりは、落ち込むような恋なの」
「この恋は、あなたにとって悪くはありません。ですが、相手はあなたを負担に思っています」
「ああ……それにも心当たりが」
「二人を繋ぐもの、というカードに運命の輪がありますから、二人は運命のまま出会い、別れるとしても運命のままに別れるでしょう。全体的には重い恋です。けれど、それを含めて本人たちは楽しくてしょうがないのでは?」
「当たってる!」
周囲で見ていた人の中で、小さく歓声が沸く。ジョゼがどきどきしていると、ふと人々の間からノールの視線がこちらを探し出したのが見えた。
目が合って、ヘビに睨まれたようにジョゼは動けなくなる。
ノールはジョゼを見つけると声をかけた。
「次は……マダム・ジョゼ。あなたを占いましょう。何か悩みなどございませんか?」
それは、彼女自身も賭けに出た決死の誘い。
ジョゼはそれに乗ることにした。
「ありがとう」
ジョゼは人を掻き分けると、コンスタンスと入れ替わるように座った。
「占い師さん、お名前は?」
「ノールよ」
彼女は名前を変えることはなかったらしいと知り、ジョゼは「またあの名を呼べる」と嬉しくなった。




