49.国王毒殺未遂事件
「毒味係がいるからこうして助かっているが、遅効性の毒でも盛られたら次はどうなるか分からない。誰かが混入したのだろうとあちこち調査させたのだが、近衛兵も警察もまるで手がかりを得られなかったんだ」
アルバン二世の話に、ジョゼはじっと考え込んだ。
「内部の者の犯行、という見立てで調査をしていらっしゃるのですか?」
「そうだ。王宮の食物に毒を入れるのだから、そう考える方が自然だろう」
「……」
よくあることだが、何かが解決しない時は、前提から間違っているものだ。
(もっと遠くから毒を投入する方法が、ないわけではない……手から皿へ、という条件が全てではないわ)
ジョゼは、そろりとノールを盗み見る。女官時代も美しかったが、トランレーヌ風の化粧を施した顔もなお美しい。彼女がどうやってアルバン二世の懐に飛び込めたかは不明だが、その美しさで全ての説明がつくような気がした。
(ノール……あなたが、毒を?)
アルバン二世が言う。
「まあいい、今日は楽しんでくれ。また何かあれば王宮に呼び出す。今度は一人で来るといい」
ジョゼの背後で、セルジュは心配そうに眉根を寄せると、何かから守るようにジョゼの背中に手を回した。
ノールはセルジュに視線を移すと、じっくりとその様子を観察する。
「ありがたき幸せに存じます、陛下」
ジョゼはそう言うと、下がってセルジュの腕に手を添えた。
ノールは、踵を返し謁見の間を出る二人を静かに見送った。
「はー、緊張した……」
「緊張しているところ悪いが、次は舞踏だぞジョゼ」
それを聞くと、ジョゼはかったるそうにセルジュの肩に額を寄せた。セルジュはその様子を、孫娘を見るかのように愛おしそうに見下ろした。
二人は舞踏会のため、列に並ぶ。
「そう言えば、陛下の隣にいたミステリアスな女は一体何者なんだろうな。高級娼婦か?」
「そうだと思う……あの子はとても賢いから」
「知り合い?」
「まあ、そんなところね。久しぶりにこんなところで会えたから、ちょっと世間話でも出来たらなーと思うんだけど」
細かいところは省いて希望を伝えると、セルジュはすぐに意を汲んだ。
「知り合いが他にいると心強いよな」
「……そうね」
「都合が合えば声をかけてみよう。また違った人脈を築くチャンスだぞ」
などと二人が話し込んでいると──
「知り合いなら、ここにもいるぞ」
急に話を吹っかけられて、ジョゼはびくりと身を震わせた。セルジュも相手を見てのけぞる。
「うわっ、ベルナール!」
「ウワッとは何だ、失礼な」
イライラしているベルナールだったが、隣には背の高い、そばかすのある女性を連れていた。
ジョゼがにやにやと目を細めていると、ベルナールは咳払いをしてから彼女を紹介した。
「期待に沿えず申し訳ない。彼女は婦人警官のジネット。我々は、客に交じって王宮の警備をしているところなのだ」
ジネットはぴょこりとジョゼに頭を下げた。媚びを振りまいている娼婦ばかり見て来たジョゼには、いかにも元気印の婦人警官はその目に眩しく映った。
「へー!警備……」
「陛下がジョゼを呼び立てたところを見ると、例の毒殺未遂の話は聞いたんだろう」
「ええ、つい先ほどね。陛下は、私に解決して貰いたがってたわよ」
「ふん……陛下までもか」
ベルナールは口を尖らせたが、ジネットは苦笑いする。
「役立たずと言われたらそれまでよ。私たちも頑張らなきゃ」
「ああ……そうだな」
いかにも同僚のような話をしている二人を眺め、セルジュは呟いた。
「軍人にも警官にも女はいるのに、議員にはいない」
「そうね」
「上の世代の頭の硬さはどうにかならないものか。特に議会は定年がないから、若い男も少ない。頑固じじいだらけだ」
「力では劣る女性が軍人や警官を出来ているのだから、議員ぐらい増えるべきよね」
「いつか絶対変えてやる。国まで強固な家父長制じゃ、みんなお先真っ暗だ」
黒い話とは裏腹に、華々しい舞踏会が幕を開ける。
未婚の若々しい男女が先に入場し、周囲から拍手が巻き起こる。ジョゼはずっと狙い続けて来た裏社交界の煌びやかな天井を振り仰いだ。
ようやく、ここまで来た。
宮廷楽団の演奏が鳴り響くや、ジョゼはセルジュに腰を引き寄せられる。互いの体温が触れ合い、ジョゼは彼の体の厚み、その重さ、その匂いをまざまざと知る。ジョゼはそれを吸い込み、胸をいっぱいにした。
彼女を支えるセルジュの腕は、いつものように少し震えていた。そうっと音楽に合わせて動き出すと、どこかぎこちなかった二人の息が合って行く。
セルジュの情報が体ごしに伝わると、ジョゼの心身はなぜかどんどん満ち足りて行った。いつも何かが足りない気がしていた空っぽの部分が、彼と息を合わせて踊ることで埋め合わされて行く。
(……ああ、そうか)
優雅に踊りながら、ジョゼは心の中で埋め合わされるものの正体に気づいた。
(私は信じられるんだ、この人を)
ここまで近い距離で、親しみを持てる異性はいない。体を引っ張り回されても、この人なら大丈夫、という安心感がある。
ふと視線を上げると、セルジュもじっとこちらを見下していた。
視線が合うと、笑いかけて来る。
まるでジョゼの反応を待っていたかのように。
ジョゼはそれを目の当たりにすると、すうっと心が軽くなった。
セルジュの純粋な気持ちが瞳越しにどっと流れ込んで来て、彼女のささくれた心が洗われて行く。
ジョゼは、ふいに腑に落ちた。
(……異性を好きになるって、こんな気分なのね)




