48.アルバン二世との謁見
緊張しているジョゼをエスコートしてセルジュが歩き出す。
「〝裏〟と言うから色々と心配していたが、普通の社交界と変わらないな。娼婦だらけなだけで」
楽団の奏でる音楽が、次第に近づいて来る。
「ジョゼ、緊張してる?」
ジョゼはこくりと正直に頷いた。セルジュは首を傾げる。
「何で?」
「何でって、それは……!」
「分かった。実はダンスが苦手なんだろう」
そうではないが、多分これが最適解だと思い、ジョゼはまた頷いておく。
「大丈夫だよ。支えるから」
支えられるから緊張するのだと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
(普通は何ともない人と踊っても、何とも思わないわよね……?)
ジョゼが自分自身に繰り返しそう問うていた、その時だった。
「失礼いたします」
ようやく見つけた、と言わんばかりに侍従がやって来た。
「マダム・ジョゼ。陛下がお呼びです。舞踏の前に、王座の間にて謁見の場を設けております」
思わぬ呼出しに、ジョゼは飛び上がった。それを眺め、セルジュが冷静に取りなす。
「私も行こう」
するとすぐさま、大広間の隣にある謁見の間の大扉が開いた。異変に気づいた娼婦や男たちが一斉に沸き、扉の前に集まって来る。好奇の視線が謁見の間に注がれた。
「……ひえっ」
「堂々としろ。ジョゼらしくないぞ」
侍従が戻って来て、ジョゼに無造作に花束を手渡す。ジョゼが眉間に皺を寄せていると、セルジュが横から言った。
「完全にデビュタント扱いだな。裏社交界のことだから、陛下の用意したちょっとしたお遊びなのかもしれないよ」
ジョゼが常に真っ黒なドレスを着ていると聞き、白いドレスで行うのが伝統のデビュタント儀礼の真似事をさせようというのだろう。
(ふん……人を馬鹿にして)
しかし、ここはお遊びに乗るのが娼館の主の務めであろう。セルジュがいるので、まだ自尊心を失わないでいられる。
「行きましょう、セルジュ」
「おっ。いつものジョゼが戻って来たな」
見物客の歓声の中、ジョゼは堂々と歩き出す。付き添いのセルジュは少し後ろを歩いて行った。
開かれた扉の先に、美貌の王、アルバン二世がいた。
そして次に、その隣に立っている女を見てジョゼは目を剥いた。
黒い髪に、ローブのようなドレスを纏うミステリアスな女性──
ノールがそこにいたのだ。
裏社交界だから、王は王妃を伴っていない。その代わりに隣に愛妾をはべらすのが、裏社交界なのだ。
ジョゼより十歳年上で、宮廷女官を務めていたノール。彼女はジョゼの身の周りの世話を、長年務めてくれていた女性だ。人買いに市場に出されたあの日に離れ離れとなり、金輪際会えないかと思われたが──ようやく今日、とんでもない場所で再会が叶った。
(どんな格好でも、どんな化粧をしていても、彼女を見れば一瞬で分かる)
ジョゼは喉が震え、声が出そうになるのを懸命にこらえた。
(ノール!)
今すぐ、名前を叫びたくてしょうがなかった。抱き締めに行って、二人でわんわん泣きたかった。国が滅亡してから買われて行った今までのこと、自身の身の上を語り明かしたかった。
ノールの方も、じっと何か言いたげにジョゼを見つめている。しかし彼女の視線はジョゼよりも揺らいではいなかった。
ひたすらに、全神経を注いでまっすぐジョゼを見つめている。
ジョゼは覚悟を決めると、カーテシーをした。
王よりも、その愛妾に。
アルバン二世が言った。
「呼び立てて悪かったな、ジョゼ。そちらの御仁は……」
セルジュが答える。
「急進党議員のセルジュ・ド・バラデュールです」
するとアルバン二世は彼の頭から爪先を眺め、
「ほー。浮いた噂が無かったものだから、てっきりあっちだと思っていたよ」
と嘲笑った。ジョゼはカチンとする。
(随分と下手な冗談を言うのね、この王は)
宿敵という事情もあるが、彼を馬鹿にされるのは自分を馬鹿にされるより許せないジョゼなのだった。
一方のセルジュは顔色ひとつ変えなかった。案外、彼は色んな人に似たようなことを言われ続けて来たのかもしれない。
「ジョゼのことは、新聞で知ったんだ」
アルバン二世は、不穏な空気を纏う二人をお構いなしに話し出した。
「色んな事件を解決して来たと聞いている。よほど頭がいいのだろうね?」
「……恐れ入ります」
「警察があてにならないというのは、裏社交界でもよく出る話題だ。君は街の平和を守るために推理をしているのだな?」
そう問われると、ジョゼは言葉に詰まった。
最初はマレーネの療養に必要な金を稼ぐために裏稼業として始めた探偵業だったが、今は少し事情が違う。居場所を守るため、立場を作るため。そのために事件に頭を突っ込んで来たのかもしれない。
「そこまで大したことは考えていません。大体が、偶然騒ぎに巻き込まれただけのことです」
「謙遜するな。まあ、今日呼び立てたのは……実は、ちょっと王宮でも困ったことが起きていてね。君もちょっとだけ協力してくれたらな~と思ったんだ」
ジョゼはいきなりの話に困惑した。王は構わず喋り続ける。
「実は……毒味係がここのところ相次いで死んでいる。誰かが日常的に、王宮に毒を持ち込んでいるようなのだが」
あ。
ジョゼは声が出そうになって、一気に青ざめた。
〝誰かが〟〝日常的に〟……?
ジョゼはどきどきと胸を鳴らし、ノールの顔色をうかがう。
ノールは真っすぐ前を向き、誰とも視線を合わさなかった。




