40.殺人の講評
メリアスとブライアンが固唾を飲んで周囲を見渡している中、ジョゼは真っすぐ前を向き泰然としていた。
同人誌が配られると、文学サロンの中が水を打ったように静かになる。
「皆さま、例のお話には驚かれたでしょう?では早速メリアス先生、講評に入りましょう」
ジョゼはそう言ってメリアスを促す。メリアスは事前に原稿を読んでいたので、涼しい顔をしてジョゼに尋ねた。
「この推理小説の肝は、四番街で死んだ小説家レオの焼死に不審な点があった、ということですね。これは事故ではなく事件だと名探偵が気づいたのは、彼が煙草を吸わないのに、出火原因は煙草とされていたという点にあるようですが──」
「はい。要は、最初にへっぽこ刑事がそう判断してしまっただけです。名探偵はその後別の証拠を探し出すことに成功した、という流れになっています」
遠くでベルナールが腹立ち紛れの咳払いをする。
「ヒントを与えてくれたレオの親類のハンスというキャラクターがいましたね。レオは煙草を吸わない人間だ、と教えてくれるのです」
「はい。そういうわけで、ここで名探偵の推理が一度崩されたわけですね」
「ええ、煙草が出火原因から外れました。更に気になるのは、ハンスの言葉です」
「彼が言うには〝文学サロンの主催者〟から貰った煙草の箱。それを持って来てからレオの手がかぶれ始め、彼はペンを握れなくなったらしいのです」
場内がざわつき始める。メリアスは構わず続けた。
「これが何を示しているのか、ということですが……探偵曰く、煙草の箱は〝マンチニールの木〟で作られていた、ということですね?」
「はい。〝マンチニール〟──これは凶悪な毒を持っていて、触るだけで手はかぶれ、焼けば毒煙が発生するという、毒殺の優等生です。そういった毒性のある木で編んだ箱、ということになりますね。レオの箱だけが、その木で作られていたんです」
「怖い木なんですね〜」
「ですから、触っても吸い込んでも危険な毒物なのです。これが燃えたため、周囲の住民にも被害が及びました」
メリアスは次の話題に取り掛かる。
「そして……肝心の出火原因ですが」
ジョゼは待ってましたとばかりに言った。
「ええ。夜中に窓辺が光っていた、という、あの近隣住民の証言ですね?」
「当初は煙草の火と考えられていたわけですが、ハンスの証言で覆りました。あの光は?」
ジョゼはベルナールの方を見ながら答える。
「へっぽこ刑事に依頼して近隣住民に聞き取らせたところ、サロン出席以降、何かがいつも夜の窓辺でホタルのように光っていたそうですね。名探偵はそれで気づいたのです。これは恐らく、煙草に〝黄リン〟が入っていたのではないか?と」
その言葉に、バルナベが反応した。
「リンといえば、マッチの原料ではないか?」
「はい。身近にあって、簡単に手に入れられる薬剤かと思います。これは暗闇で光る性質があるんです。しかし実は、あれは自然発火もする危険な物質なのですよ」
「へー」
「必ず火が出るとも言い切れないのですが、条件が揃えば出火します。乾燥していて高温だと、火が出ます。しかし、周囲に水分が多いと発火しないのです。ちなみに黄リンは水に浸しておくことで出火を抑えられます。ですから──」
ジョゼはフィル伯爵に視線を投げかけた。
「〝文学サロン〟の主催者は、濡らした煙草に黄リンを含ませたものを煙草の束に紛れ込ませ、彼の箱にだけ何本か入れたのです。フロランは箱を受け取ったため、まずペンを握れなくなった。しかし彼は毒の知識がなかったので、気にせず窓辺にそれを放置しました。それが二つ目の不幸を生みます。水分が蒸発した煙草から、黄リンが自然発火したのです。しかし、彼は眠っていたので、それに気づかなかった……」
フィル伯爵は視線を逸らしたが、ジョゼはそれで確信し、更に解説を続けた。
「更に、三つ目の罠が発動します。マンチニールの木は燃えると毒をまき散らします。締め切った部屋で燃えれば更に効果は絶大でしょう。こうしてフロランは死に、彼の死んだ後も炎は燃え続けた。口の中に灰が入らなかったのは、そういうことです。事件の真相は、このようになりました」
そう言うなり、ジョゼは立ち上がる。
「そういうことですわね?フィル伯爵!」
会場の視線がフィル伯爵に集まる。伯爵はハハハと笑い飛ばした。
「何を言ってるんだ?証拠もなしに……」
しかし、目は明らかに泳いでいる。ジョゼは続けた。
「ふん。火を付ければ、証拠は無くなるとお思いですか?証拠は外にいくらでも転がっていますわ」
「……何?」
「もう、警察が捜査を開始しています。あなたは煙草を輸入していますから、その周辺道具の業界とも顔なじみでしたね。マッチ業者に頼んで、黄リンを入手した書類があります」
「……」
「危険物ですから、持ち出し記録があるのは当然ですね。更にマンチニールの木ですが、領地に生えていたのをこの間伐採したそうですね?表向きは誰かが触らないようにするためとおっしゃっていたそうですが、この木で箱を編ませた業者がいることが明らかになっています」
「……」
すると、フィル伯爵はそれを鼻で笑った。
「だからどうした?箱を作ったら、黄リンを入手したら、それを誰かに与えたら、殺人罪に問われるとでも言うのか?」
ジョゼは唇を噛む。
確かに、確実に爆発するものでもない限り、渡すだけなら即殺人罪に問われるというわけではない。殺意を否定し続ければ、量刑は軽くなる。
ジョゼが目配せすると、ベルナールがメモ帳を持った。周囲の人間は、固唾を飲んで聞き耳を立てている。
ここからが勝負だ。
「伯爵。ではなぜ、このようなものをフロランにだけ渡したのですか?何かしら理由があるはずでしょう」




