39.ノン・フィクション
一週間後。
再び文学サロンが開催されるというので、ジョゼたちは馬車でフィル伯爵邸に向かっていた。リゼットも向かっているが、今回の同人誌には寄稿しない。
同人誌に寄稿したのは、ジョゼである。
メリアスとブライアンは再び講評に駆り出されていた。
そして、今回文学サロン初参戦となるのは──ベルナールとブリス。
娼館の二人と刑事と銀行員は同じ馬車に乗り、フィル伯爵邸へと急いでいた。ベルナールが苦々し気に言う。
「なぜ俺が、文学サロンなんかに……」
ジョゼは答えた。
「犯人は文学サロンにいるわ。私が作品を発表している時にきっとボロを出すだろうから、そのタイミングを狙って捕まえて欲しいのよ」
「本当に、文学サロンにフロラン殺しの犯人がいるって言うのか?」
「ええ。特に今日は〝推理〟がテーマの同人誌だそうだから、会場はおあつらえ向きじゃない?」
「なら早く犯人を教えろ」
「ふん。無能刑事さんが私のいない間におかしな動きをして逃げられたら困るから、伝手を頼ってあなたみたいな門外漢を現場にねじ込んで差し上げたのよ?感謝しなさい!」
ブリスは祈るように手を組んでいる。
「あー。貴族だらけの場所だなんて、緊張するなあ」
「あなたはこの前、地方の文学賞に入選したんでしょう?だったらこれからサロンで作家同士の交友関係を広げ、更に高みを目指したらいかがかしら」
「あなたは経営者だからそうおっしゃいますけど、小市民にあんな華美な場所は荷が重いです……」
「そう?私はブリスさんがいると、心強いのよ。だってあなたは、フロランに恩義を感じているんでしょう」
ブリスは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに迷いを振り切るように力強く頷いた。
「はい、確かに。文学サロンにフロラン先生を殺した奴がいるというなら……しっかりと目に焼き付けたい気はします」
「そうこなくっちゃ。悪事を暴くには、そういった誠実な人が場にひとりは必要なのよ」
それを聞いて、リゼットはくすりと笑った。
「あらリゼット、何で笑うの?」
「ふふっ。ジョゼがまるで舞台裏の演技指導者みたいに見えて、笑っちゃっただけ」
確かに、犯人を欺こうとするなら打ち合わせに力が入ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
一行はフィル伯爵邸に到着した。
サロンが開催される応接間には、既にバルナベ・ド・カルヴェとレイモン・ド・セーの姿があった。
フィル伯爵は、部屋の奥の方で作家たちと懇談している。
アルセーヌは、すっかり意気消沈した様子だった。ジョゼは、真っ先に彼に挨拶をする。
「お久しぶりです、アルセーヌさん。お互い、同人誌の講評会、頑張りましょうね」
彼はすぐにジョゼに気づいたようだった。そして震える声で
「フロランのことは……」
と言う。ジョゼがもの言いたげに何度か頷くと、アルセーヌは彼女にすがりつくようにこうささやいた。
「誰にも話せなかったんですけど、あの……俺、あいつに先日カルヴァドスをあげてしまって」
「……」
「フロランはアル中だったから、あんなことをしたらいけなかったんだ。きっとぐでぐでになったところで、フィル伯爵から貰った煙草に火を付けて、そのまま──」
良心の呵責に耐え切れないらしく、アルセーヌはそう言って声を詰まらせる。
犯人が捕まらないと、こうして〝悪くないのに〟自分を責める人が多数発生してしまう。彼らのような善良な人間が苦しまないためにも、速やかに犯人を捕まえなくてはならない。
ジョゼは諭すようにして言った。
「あなたのせいじゃないわ。でも、まだ真相の解明は出来ていないらしいの。これから解明して逮捕するから安心して。今日は刑事さんも来ているわ」
アルセーヌは、部屋の隅にまるで警備員のように立っているベルナールを一瞥した。
「火事の原因は、何だったんだろう。刑事さんは知ってるのかな」
「ふふっ。知らないのに突っ立ってるんだから面白いわよね」
「?」
ジョゼは自ら書いた小説に思いをはせた。
参加者全員、もう読んだだろうか──
同人誌が配られる。
ジョゼの書いた推理小説〝文学サロン殺人事件〟の題がそこにあった。
文学サロン内は、その小説の内容にざわついた。
四番街の火災で死んだ小説家。その死に至るまでが、克明に書かれていたのだ。
すぐさまブリスが反応した。
「ジョゼさん、これは──」
ジョゼはほくそ笑む。
「あら、これはフィクションですわ。でもこのサロンには、この小説の元となった事件に心当たりのある方がいらっしゃるみたいですけれど……?」
バルナベとレイモンも読むなり青くなって、ジョゼの方を二度見している。
ベルナールは事前に提供した情報に流れがついて、感心しきりで壁際で読み耽っている。
フィル伯爵は、顔色一つ変えずジョゼの小説を読み下していた。




