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第四章.文学サロン殺人事件

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37.煙草の行方

 煤けた玄関で、手持無沙汰のリゼットはブライアンと共に煙草を吸っていた。


 リゼットの腕の中に、例の網代編みの箱がある。ジョゼは慌てて降りて行くと、その箱をひったくった。


「あーっ、何をするのよジョゼ!」

「ちょっと貸して。重要な証拠になるかもしれないから」

「……はぁ?」


 それは捜査員の手に渡り、煙草の分解が始まる。


「何するのよ、勿体ない!」


 分解した物にそれぞれ火を付け、恐る恐る顔を近づける。


 しかし、特に毒性のある香りはしなかった。


「毒はなさそうね……」

「あるわけないじゃない、私もブライアンさんもピンピンしてるわよ!」

「死因が煙草の不始末だって聞いたから、フロランの煙草に毒でも仕込まれていたんじゃないかと思ったの」

「はぁ?毒?あの日配ったあの煙草に毒が仕込まれていたなら、フィル伯爵はとんでもない殺人鬼よ?」


 するとメリアスが言った。


「煙草に毒を仕込んで被害者を殺した犯人がいる、という状況があるの?だとしたら、その犯人は頭がいいわね。火をつけてしまえば毒も燃えてしまうし、証拠が残らないわ」

「でも、そうだとしたら誰がどうやってその煙草に毒を入れたか分からなくて……フィル伯爵からの煙草を一度は疑ったんだけど」

「毒の煙草を仕込むこと自体は簡単じゃない?フロラン先生の家は人の出入りが多かったそうだから、彼はその内の誰かに毒の煙草を貰ったかもしれないわよ」


 ジョゼはひとつの箱から煙草を分け合っているリゼットとブライアンに目を向けた。


「確かに、煙草はひとりで全部吸わず、シェアするものだったりするわね……」


 ベルナールが二階から降りて来て尋ねた。


「フロラン氏の煙草に、何か心当たりがあるのか?」


 ジョゼは答えた。


「ええ。これは文学サロンでフィル伯爵から貰い受けた記念品よ。同様のものを、フロランも貰っていたはずなの」

「ふむ。ああいった箱に入っているのか……煙草は燃えてしまって、見つかっていないな」

「箱、燃えちゃったのかしら」

「その可能性は高い。だが、見つからないだけでまだどこかにある可能性も捨て切れない」

「愛煙家同士なら、自然と煙草のやりとりをするはずよ。交友関係を当たってみて」


 その時だった。ベルナールの元に、数人の捜査員が駆け寄って来た。


「警部。周辺住民の証言によると、窓辺で夜に何かが輝くのを数回見た、という目撃情報を得ました」

「ふん……煙草の火か」

「それから、野次馬をしていた連中に異変が」

「どうした?」

「はい。腹痛や嘔吐を訴えています」


 ジョゼは腕組みをして考えた。


「煙……腹痛……嘔吐……」


 遊牧民だったジョゼには、その症状に心当たりがあった。


「やはり、毒物が燃えたんだわ。それで、周囲の野次馬も健康被害を訴えている。きっとフロランも、そういった毒を吸って死んだに違いない。すぐに死んでしまえば、火炎に巻き込まれても息をしていないから口内は煤で汚れないもの……」


 ベルナールが頭を抱える。


「この火災現場から毒物を探し当てるのは至難の業だぞ」


 するとブライアンがやって来て、ベルナールに声をかけた。


「初めまして。私はペンドリー出版のブライアンと申します。フロラン先生は私共ペンドリー出版とも仕事をしていました。私はフロラン先生の担当をしたことはありませんが、出来る範囲でも、社を上げて交友関係の解明など協力しますよ」

「ありがとうございます、ブライアンさん」

「まずは殺す動機のある人間を捜すのが捜査の基本でしょうからね」


 ジョゼが考え込んでいると、ブライアンがこっそりと耳打ちした。


「ここだけの話ですが、犯人の心当たりが多過ぎて警察も候補を絞り切れないと思いますよ」


 彼女がおっかなびっくり顔を上げると、ブライアンは深く頷き、ベルナールに声をかけた。


「では刑事さん、私たちはこれで。ところでマダム・ジョゼ」

「はい?」

「疲れたので、ちょっと飲み直しましょう。今日の夜は娼館開いてます?」


 ジョゼはこくんと頷いた。ブライアンは気難しい顔で、今度はリゼットに何やら話しかけている。

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
[一言] 昭和やそれ以前の推理ドラマや小説では、死体を燃やしたり、あるいは冷やしたり冷凍したりなどで鑑定の結果があやふやになることがありましたよね… DNA鑑定が顕著ですが、もはやトリックや下手な偽…
[良い点] 死体の口の中とか、見たくない……(((´・ω・`)))ブルブル 科学捜査がない時代はやりたい放題ですねぇ
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