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第四章.文学サロン殺人事件

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32.文学サロンへ

 ジョゼは目を覚ました。


 寝ぼけ眼で、フルニエ城の絵画でいっぱいの部屋を見渡す。


 今日ジョゼは、リゼットと文学サロンに行く約束をしていたのだ。


「……早く準備しないと」


 ジョゼはベッドを降りてドレスに着替えると、食堂へ下りて行った。


 既に、トレーンの長い細身のドレスを着たリゼットが待っている。


「ちょっとお寝坊ね、ジョゼ」


 今日もリゼットは美しい。最近は女優兼脚本家見習いとしてパトロンを捕まえ、執筆技術の向上に努めているのだと言う。年増になってもただの一介の娼婦では終わらないという、並々ならぬ熱意を感じる。


「私、本と言えば推理小説しか読まないのよ」


 ジョゼはそう言うと、召使が持って来たグレープフルーツジュースを喉に流し込んだ。リゼットは首を横に振る。


「うーん、舞台と推理は相性がよろしくないのよね」

「やっぱり、今の舞台の流行は恋愛モノなの?」

「そうだね。男性作家も女性客向けに恋愛を書いてるぐらいだよ。王族や公爵様に愛されるやつ」

「へー」

「でも、今日行くサロンは演劇サロンではなく文学サロンよ。我々脚本家もずっと舞台だけにひっついてるのはマズイわけで、こういう場に出てアイデアや学びを掴まえに行かなくてはね。舞台より文学の方が流行の先を行ってるから、これからは流行の先取りをして、文学を舞台に反映させた劇団が勝つの」

「この間娼館に来たヴィトリー男爵が、舞台に流行りをいち早く取り入れたいなら文学畑に足突っ込むべきって言ってたものね」


 ジョゼはそう言ってチーズにハニーナッツを乗せると、カリコリと咀嚼した。


「私、文学サロンって初めてだから、どんな流れで行われるのかちっとも想像つかないわ」

「へー、ジョゼにも知らないことがあるんだね。えーっと、今日行くサロンは〝創作サロン〟。そこには身分に関係なく、多くの小説家志望者が毎週集うのよ。主催はフィル伯爵。プロアマ問わず多くの作家のパトロンで、文学を心から愛している読者代表のような方よ。彼が招待客の同人誌を作成してくれて、その作品をみんなで講評し合うの。呼ばれているのは、ペンドリー出版の編集者ブライアン様、それから最近ヒットを飛ばしまくってる女流作家メリアス女史」

「ええっ!?そんな有名作家が……?」


 ジョゼは驚きに前のめりになった。リゼットはくすぐったそうに笑う。


「きっと皆さま、傑作を提出したはずよ。だってあのメリアス先生に読んでいただけるんですもの。いい加減な作品はお出し出来ないわ」

「本当に、そうね……私、行っていいのかしら?文学に関しては全くの門外漢なんだけど」

「何を言ってるの。私があんたを誘ったのは、メリアス先生がジョゼに会いたがったからなのよ?」

「……えっ」


 ジョゼは絶句する。リゼットは不思議そうに首を傾げた。


「あれ?言ってなかったっけ。メリアス先生は、是非ジョゼという娼館の乙女を取材したい、とおおせよ」

「……!」

「あんた、新しい小説のモデルになっちゃうんじゃない?このー」


 肘で小突く振りをされたが、ジョゼはまだ固まっている。


「は、早く行かなきゃ……!」

「そうね。早く行かないと後日あんたそっくりの主人公が小説の中で〝遅刻魔〟って設定にされちゃうもんね。アハハ!」




 フィル伯爵の住まいは、王都中心部にあった。


 文化が花開くこの大都市には、無論、独自の文壇がある。が、この文学サロンではそれらとは切り離され、身分も作風も違う自由な交流が行われていた。


 ジョゼとリゼットは戦場に赴く兵士の表情で伯爵邸前に降り立った。


「緊張するわ……」

「へー、ジョゼでも緊張することなんかあるんだね」


 このサロンにおいては、リゼットの方が場慣れしている。馬車ひしめく玄関から応接間に入ると、ジョゼはリゼットの影に隠れて恐る恐る周囲を見渡した。


 ロの字型に並べられたテーブルには、既に同人冊子が並べられている。それを読みながら、既に議論があちこちで交わされていた。中には落胆している者や、怒っている者もいた。高貴な大人たちが揃いも揃って感情を隠そうとしない不思議な空間であった。このむき出しの感情を披露し合う空気は、サロンというより、それこそ娼館のようだ。


 その奥に、あの大作家メリアス女史が笑顔で座っている。


 彼女の隣には、むすっとした顔の太った紳士がいる。白髪に白い口髭の男。彼が編集者のブライアンだろう。


 ジョゼとリゼットは、ミーハー根性丸出しでメリアス女史に駆け寄った。


「ご、ごきげんよう……あなたがメリアス様?」

「あら?黒と金の混合の髪に、真っ黒なドレス。あなたがマダム・ジョゼ?」


 二人は互いに有名人に出くわしたとばかりにきゃっきゃとはしゃぎ合った。一方、リゼットは澄まして大人の空気を醸し出す。


「お久しぶりでございます。本日、同人誌の末席に加えていただいたリゼットです」

「あら、リゼットさん。早速作品を読ませてもらいました。この同人誌で唯一の会話劇でしたね」

「はい。私は劇作家を目指しておりますので」

「今感想を言ってしまいたいところだけど、講評は午後から始めるわ。午前中は、他の作家さんや編集者たちと親睦を深めて下さい。きっと素晴らしい情報に出会えるわ」


 ジョゼは、この文学サロンを面白い試みだと思った。執筆は孤独な作業である分、このような機会でもないと創作に関する情報を得ることは難しいだろう。


 メリアスが、ジョゼの袖をつまみながら言った。


「マダム・ジョゼ。いつか娼館に行ってもいいかしら?取材をさせて欲しいの」

「はい、是非!」

「あとで伺いのお手紙を出すわ。今日はこのサロンを存分に楽しんで行ってね」


 ジョゼとリゼットは、同人誌を手に入れた。この会場にいる作者たち渾身の短編が、ぎゅっと詰まっている。


 リゼットが言った。


「ねえ、ちょっとお話に混ぜてもらいましょうよ。あ、ヴィトリー男爵だわ。さあ、あっちあっち」


 ジョゼは背中を押され、とある集団の中に入った。すぐに馴染みのヴィトリー男爵が手招きをする。


 彼は劇団〝リヴェール〟のパトロンで、50代の男性だ。人懐こい性格の親父で、誰とでもすぐに仲良くなれるという特技を持つ快男児である。


「リゼット、今回の寸劇の台本はなかなかの出来だったぞ」

「ありがとうございます、ヴィトリー様」

「なかなかいい恋愛劇だったから、前座で新人役者にやらせてもいいかもしれんな……」

「ああ、いいわね、それ」

「何事も実験だ。ほかにもいい作品があれば、私の元に持って来たまえ」

「はい!」


 そんな会話を聞くともなく聞いていると、ジョゼの地獄耳にするりとひそひそ話が入って来る。


「……何だ、ようやく下手な字を書けるようになったおばさんの癖に」

「どうせ枕で仕事貰ってるんだ、純粋な作家じゃねえよ」


 ジョゼは背後を振り返った。そこには若い男が二人立っている。


 敵の懐になるべく早く入っておくのがジョゼの流儀だった。彼女は踵を返すと、彼らに言った。


「初めまして、私は聴講生のジョゼと申します。あなた方は、一体どんな作品をお書きになったの?」


 彼らは年増には厳しかったが、若い女にはすぐに鼻の下を伸ばした。


「初めまして、私はアルセーヌ・ド・マルティ。〝岸辺の花〟の作者だ」

「俺はフロラン・ル・ボン。今回〝ケーキ屋襲撃〟を書かせてもらったよ」


 ジョゼはフロランの名前に聞き覚えがあった。


「フロランさんって、商業出版してらっしゃいましたよね?〝小麦と毒薬〟とか」

「おっ。すごく昔の作品じゃないか、よく覚えてるね。あれは推理小説だったよな。充満する小麦に火がついて大爆発を起こすやつ」

「あ、それネタバレですよ……」

「もう絶版だから、どうでもいいや。ほかにも何作か推理を書いたけど、鳴かず飛ばずだったな」


 フロランは若かりし頃、純文学界において17歳で鮮烈なデビューを飾っていた。しかし20歳を境に才能は底をついたらしく、現在はすっかり商業出版から遠のいていた。が、まさかこんなところに出入りしていたとは。


「もう商業出版はしないんですか?」

「君ィ、残酷なことを言うね。したくても出来ないんだよ。どこからも声がかからないんだ」


 するとアルセーヌが言った。


「そうだ、フロラン。君に聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」

「おう、何でも」

「ペンドリー出版って、文庫の刷り部数大体いくら位か知ってる?」


 ジョゼはその発言にびっくりして、遠くにいるブライアンを思わず盗み見た。話を聞かれていないようなのでほっとしていると、更に彼は驚きの言葉を口にした。


「金をくれ。そしたら教えてやるよ」

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ブレイブ文庫様より
2025.11.25〜発売 !
― 新着の感想 ―
[良い点] なろうに通じるものがある舞台ですね〜 フラグ立ってるっぽい登場人物も…… いつもながら良い所で切れてるので全裸待機です(笑)
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