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【二巻発売決定】娼館の乙女~売られた少女は推理力で成り上がる~【Web版】  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第四章.文学サロン殺人事件

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31.初めての推理

 今日もジョゼは夢を見る。


 娼館リロンデルで、初めて謎を解いた日を──




 営業終了後の娼館に、大きなエメラルドの指輪がひとつ忘れ去られている。


 しっかりした箱に入った、かなり値打ちの指輪だ。マレーネがそれを持ち上げてため息を吐く。


「リゼットの部屋にあったらしいんだよ。誰が忘れて行ったんだろうね?誰も忘れたことに気づかないのか、取りにも来ないらしくて……」


 ジョゼは言った。


「今日、リゼットの部屋に来たのは五名だ。エンゾ、バジル、ルイ、ベランジュ、セザール」

「そうね」

「エンゾ様は学者だし金持ちだ。でも奥様は金属で肌がかぶれる」

「へー」

「バジル様は競馬狂で常に素寒貧だ。勝った話を聞いたことがない」

「あはは、確かに」

「ルイ様は今日、フロアで何度も指折っては数字を数えていた」

「何を数えていたんだろうね?」

「ベランジュ様はヤリ手の宝石商」

「ああ、じゃあ売り物を忘れていったのかしら」

「セザール様は夫婦共々医者だ」

「うちの嬢たちがいつもお世話になってるわね」

「これで誰が忘れて行ったか、もう分かったろう?」


 それを聞き、マレーネはきょとんとする。


「え?分かんないよ。ああでも、バジル様はお金がないからあんな指輪を買うのは無理だよね」


 それだけは、マレーネも分かったらしい。だが、その先が出て来ず黙ってしまった。


 ジョゼは端的に言う。


「セザール夫妻は医者なので、こういった大ぶりの指輪なぞ日常的につけないはずだ」

「そうだね。特に奥様は皮膚科のお医者様だものね」

「あのやり手のベランジュ様が商売道具を忘れ去ることは考えにくい」

「なるほど……」

「エンゾ様は奥様が金属でかぶれるので、可能性は薄いな」

「……とすると?」


 ジョゼはにやりとして言った。


「あのエメラルドの指輪は、ルイ様が忘れたのだ。なぜだか分かるか?」


 マレーネは首をひねった。


「えー、娼婦にあげる?それとも奥様へのプレゼントとか?」

「……数字を数えていたのがヒントだ」

「あっ、分かった。娼館のみんなにもプレゼントを配ろうとして、人数と予算を数えていたんだ!」

「……それは希望的観測が過ぎるぞ」

「じゃあ、何を数えてたって言うんだよ」


 ジョゼは簡単にこう言った。


「ルイ様の奥様は、恐妻で有名だ。だから今年で結婚何年目なのかを数えていたのだ。指輪を購入後、息抜きにここへ来たのだろうな……悲しい男よ」


 マレーネが何か言おうと口を開けた、その時。


「うわわわ!どーしよー!!」


 娼館のフロアにルイが飛び込んで来た。マレーネはおっかなびっくり立ち上がった。


「あらっ、ルイ様」

「昨晩行った店を今、全部回ってたんだけど──あのっ、ここに指輪、なかったかい?」


 マレーネとジョゼは顔を見合わせた。


「驚いた。ちょうど、その指輪の話をしていたところさ。その前に……念のため、どんな指輪だったか教えてくださらない?」

「銀の土台に、エメラルドのついた指輪だ!でっかい楕円の……!」


 ルイの言うことに偽りはなさそうだ。マレーネは指輪の入った箱を彼に渡した。


「保管してくれてありがとう、助かったよ!今日は結婚記念日だから、プレゼントを忘れたらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない!」


 悲しい喜び方をして、ルイは再び娼館を去った。


 マレーネは再びこちらに顔を向けると、ジョゼの頭をくしゃっと撫でる。


「あんた、お客さんのことをよく見てるね。感心したよ!」


 ジョゼは何ともなしにこう言った。


「人の顔色を見ていなければ、すぐ殺される環境にいたのでな。こういった観察推理は得意なんだ」


 マレーネの顔色が変わる。


「ええっ!?あんた、そんな劣悪な環境にいたのかい?」

「劣悪ではないぞ。王宮のはずれに住んでいたからな」

「……!」


 マレーネの顔色が、ますます青くなった。


「あんた、まさか……サラーナ王朝の王族かい?」

「傍流だがな。母は王族ではないそこらへんの遊牧民だったが、美しさが評判で王に攫われた愛妾だったのだ。私も母も、陛下から日常の衣食住は完璧に保証されていた。ただ──政治を見誤ると、すぐに暗殺対象になってしまう。王族は何かあれば互いを殺し合った。だから、母は機を見つけては、兄弟を頼って私を遊牧の旅に連れて行ってくれた。そういう意味では、なかなか厳しい環境にいたと言える」


 初めて話すことだったが、言ってはいけない話題とは考えなかった。ジョゼはすっかりマレーネに気を許していたのである。


 マレーネはしばらくウズウズと何か考えていたが、急に憑き物が取れたような顔をすると


「だからか……不思議な娘だと思っていたんだよ」


と言い、またジョゼの頭を撫でた。


「大変な思いをしたね。あんたの能力は、その劣悪な環境で生み出されたのか」

「だから、劣悪ではない」

「その能力、これからはあんた自身が得するために使いな。ああ、そうだ……そんなあんたにちょっと相談に乗って欲しいんだけど」

「何だ?」


 マレーネは言った。


「ドノヴァン男爵に、ちょっとした困り事があるって相談されたんだよ。家族や貴族の仲間には言えないらしくてね。あんた、ちょっと頼まれてくれない?多分これを解決したら、あんたの得になると思うんだよ……」

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