27.不思議な遺体
「殺された……?一体誰に?」
ジョゼは、周囲の安全を確認して銃を下ろす。
「だって私、銃声を聞いてないわ……」
「私もだ。雨がうるさいし、眠ってたからかな」
水びたしの足跡はモーリスの部屋を歩き回ったようで、ずいぶんと濡れていた。
ベッドのすぐ隣にある窓は、ガラスが割れてベッドの上に落ちている。
デスクの上には、部屋の鍵が置いてある。
「鍵をかけていなかったのかしら……それとも、窓から侵入者があった?」
ジョゼは天井を見上げた。天井には物干しロープが張られ、濡れたフロックコートがかけられている。
暖炉では、まだ小さな火がくすぶっていた。
「ふーん。こんなに暑いのに、モーリス様は火をつけていたって言うの……?」
一方、セルジュは遺体をしげしげと観察していた。元軍人なので、死体には慣れている。
「ん?おかしいな……」
セルジュはモーリスの首の下を指さした。
「ここ、見てみろ。首をかき切られているぞ」
ジョゼもしゃがみこんでそれを観察する。
「本当だわ。つまり、モーリス様は首を切られて、銃でも撃たれたってこと?」
「妙に念入りに殺されているな」
しかし、それを見たジョゼは首を傾げた。
「……この死体、妙だわ」
セルジュも首を傾げる。
「……どのあたりが?」
「見て。首を切られたら、普通はかなりの血が流れるはずでしょう?なのに、あまり血が出ていないのよ。絨毯にも、ほら。血痕が少ない」
「本当だ。じゃあ、どこかで殺されてここに運び込まれたのか?」
「その可能性も捨て切れないけど……変な話、死んで少し時間が経ったのを弄ばれた可能性もあるわ」
セルジュは頷いた。
「そうか。死体を切っても、血は出ないものだからな……」
「可能性としてはその二つよ。どちらにせよ、悪趣味な殺人ね。妙な用意周到さを感じるわ」
二人は立ち上がった。
「現場はこの目で確認出来たし、他の議員を起こしましょう。馬を出して、警察を呼んで貰うのよ」
やにわに急進党本部は大騒ぎとなった。
義理の父の死に、エンゾは唇を開け呆然と佇んでいる。パスカルはなぜか怒り狂っていた。
「警備はどうなっているんだ!泥棒にすんなり本部の鍵を開けられたとでも言うのか!?お前ら、揃いも揃って……!」
今叫んだところでどうにもならないだろうに……とジョゼは思う。
クロヴィスは沈んだ表情だが、落ち着いた様子だ。党幹部とあって、取り乱すわけにはいかないと思っているのかもしれない。
警察が到着する。段々眠くなって来たジョゼは、椅子に座って仮眠を取りながら半ば諦め気分で警察を待った。
ふと、人の視線を感じて目を開けると、雨に濡れたベルナールが立っていた。
「……またお前か」
「あら、水も滴るいい男ですね」
「ふん。心にもないことを」
ベルナールはそう吐き捨てると、捜査員らとモーリスの部屋をぐるぐると回った。
「第一発見者は、ジョゼと……セルジュの二名、か」
立ち止まった彼にじろりと睨まれ、ジョゼは「何よ」と口を尖らせる。
「発見時の状況を、詳しく聞かせてくれないか」
ジョゼは当時の状況を詳細に説明した。ベルナールはそれを聞くと、
「誰も銃声を聞いていないし、凶器の類も見つかっていないんだな」
と呟く。ジョゼは周囲をきょろきょろと見回すと、
「気になるものがあるの」
と言った。
「何だ?」
「あの、ガラスの破片よ」
ベルナールは近づいて行って、はっと息を呑む。
「……確かに、これなら凶器になり得るな」
「でも問題は銃の方だわ。恐らく、銃の方が致命傷になったと思う」
「それはこれから我々が捜索する。犯人が外へ投げ捨てた可能性も捨てきれない。または、まだ──」
ベルナールが視線を送る。その先では、セルジュら急進党議員たちが警官から持ち物検査をされていた。
警官がやって来る。
「警部、全員銃は所持しておりませんでした!」
「ふーん。ジョゼはどうなんだ?」
「……」
ジョゼは太ももから銃を抜くと、素直にベルナールに手渡した。
「やはりお前が犯人だな」
「違うっ!」
ジョゼはいつもの反応をして気を取り直すと、
「ところで……あなたはこの事件、どう思う?どうやってモーリス様は殺されたのかしら」
と問う。ベルナールは部屋を俯瞰するように見渡すと、所見を述べた。
「そうだな……先ほど報告を受けたが、モーリス様は財布から金を抜き取られていたのと──あと、どうやらあの割れた窓にいくつか銃痕があったようなんだ」
「へー、窓に……」
「もしかしたら、外から撃ってあの窓を貫通し、モーリス様に銃弾が当たったのかもしれない」
「犯人は、かなり正確に撃ったのね。モーリス様がじっとしていなければ、撃ち損じると思うわ」
「それも気になったところなんだが……あながち、チャンスとなる瞬間がないわけじゃないとも思うんだ」
「ふーん、その瞬間って、いつ?」
「天井の、物干しだ。今日は一日中雨が降っていた。モーリス様は暖炉に火をつけると、コートを乾かそうと物干しにコートをかけた──その時を狙えば、いけるのではないか?」
物干しは、かなり高い位置にあった。ジョゼもこの物干しを使用する時は椅子を使ったぐらいだから、男性のモーリスでも背伸びをしなければ届かなかったのではないだろうか。
「でも、この暑いのに暖炉をつけるのは変じゃないかしら?」
「コートを乾かすためだろう?老人は暑さ寒さを感じにくいから、火をつけてしまったのかもしれん」
ジョゼは色々と引っかかりながらも、ベルナールの推理に特段間違った点がないことを確認した。
「確かにね。じゃあベルナールは、あの窓めがけて犯人が被害者を撃った、と」
「ああ。更にそのついでに窓を割り、木を伝って中に入れば、部屋に鍵がかかっていなかったことも、党本部の扉が開けられていたことにも説明がつく」
「うーん、でも気になるのよね……ここから撃たれたら、かなり床に血が飛び散ると思うんだけど」
「確かに……そうだな」
「首を切ろうとしたのも、なぜなのか不明だわ」
「うーん……」
二人が無言で床を見下していると、セルジュがやって来て言った。
「雨が一向に収まらないから、私たちはまだここにいなければならないようだ」
「もう、こうなったらしょうがない。幸い警官もいっぱいいるし、無事を祈りながらみんなで安全を確認し合って泊まるしかないわね」
セルジュはジョゼに向き合うと、両肩を掴んで必死の形相でこう言い聞かせる。
「ジョゼ……絶対に死ぬなよ」
「心配してないわ。だって、あなたが守ってくれるんですものね?」
ベルナールは、そんな二人を怪訝な顔で眺めていた。




