23.急進党幹部クロヴィス
ジョゼは目を覚ました。
昼下がりの馬車の中で、すっかり居眠りをしていたらしい。開け放たれた馬車の窓から雨が吹き込んで来る。ジョゼはそっと馬車の窓を閉めた。
今、ジョゼは急進党本部へ向かっているのだ。
本部にはセルジュが先に待っている。ジョゼを党員に迎えるにあたって、数人の重鎮を加え、食事会を開いてくれるらしい。期待されている──そう考え、ジョゼは緊張と同時に胸が躍った。
(経営者と議員という両輪を手に入れれば、きっといつか王宮の中枢に入り込むことが出来る)
ジョゼは奇跡を待ち侘びるように深呼吸した。戦争で散り散りになったサラーナの民を、再びあの地に戻して見せる。
その願いが叶った暁には、いずれ王の命運をもこの手に──
(これはその布石。きっと、大きな一歩になるわ)
急進党本部は王都の外れにある。緑溢れる丘の上に、雨の中、ひっそりと佇んでいた。
人気のない場所で降ろされ、ジョゼは少し緊張した。
休日の党本部には、党幹部がいるらしい。事前にそれを知らされてはいたものの、やはり浮き足立ってしまう。
雨に打たれながらドアをノックすると、重い扉が開いた。
出て来たのは、お馴染みのセルジュだ。
「ようこそ、お越しくださいました」
彼はわざとらしくそう言って微笑むと、扉を大きく開けた。浮き足立ったジョゼの黒いドレスの裾が、水滴と共にひらひらと党本部の床を舞う。
内部は煙草の煙で充満していた。いかにも男しかいそうにない匂いの、閉じた場所。
応接間に通されると、見知った顔がある。
クロヴィス議員だ。彼を見つけると、ジョゼはどきどきと胸を高鳴らせた。
クロヴィスは当選回数最多議員。いわゆる〝政界の大御所〟である。彼は豪農出身の叩き上げなので、名乗る苗字がない。そんな彼は〝庶民派〟として、民衆から絶大な信頼を寄せられていた。グレーの髪に青い瞳の壮年で、片目の視力が低いため、モノクルを挟んでいる。
正直に言うと、ジョゼはこの議員の隠れたファンであった。自分と同じ叩き上げと言う境遇にシンパシーを感じてしまうのは勿論のこと、枯れているのに未だ野心を隠さない姿勢がカッコいい。
何やら目をギラギラさせているジョゼを一瞥し、セルジュは紹介する。
「クロヴィス殿。彼女が、先日フェドー議員を追い詰めた女傑のジョゼです」
事前に話を通してあるらしいことが判明し、それだけでジョゼは嬉しくなった。クロヴィスは人懐こい笑みを浮かべると、立ち上がってジョゼと握手した。
「君がジョゼか。噂は聞いているよ、セルジュはもちろん……ほかの議員からもね」
ジョゼは胸がいっぱいで何も言い出せずにいる。セルジュがそっとその背中を押すと、ようやくジョゼは我に返った。
「覚えていただいて光栄です、クロヴィス様」
「何でも、君は急進党の党員になりたいそうだな?女性党員は数名いるが、どれも貴族女性だ。庶民出身となると、党初ではないか?」
ジョゼは何度も頷いた。言葉の出て来ない彼女のために、セルジュが応答する。
「はい。しかし心配には及びません。マダム・ジョゼは娼館のほか、郊外にフルニエ城を所有しています。その辺の男性よりは、地域に影響力があるかと」
「ふむ……確か君は、女性参政権を推していたね?」
「はい」
「マダム・ジョゼを党員にしようと言うのは、その試金石にするつもりなのか?」
「……まず法改正をしなければ先へ進めませんが、いずれはそうなると思います。その際、男に従属するような貴族女性を押し出したのでは少し印象が弱い」
「ふーむ」
「ジョゼ以外の党員女性の前でこんなことは言えないのですが……ジョゼがいるので、この機会に話しておきましょう。既婚女性は恐らく、夫や親族に足を引っ張られて議員にはなりにくい。そこで、この娼館の主で先陣を切ろうと言うのです」
すると、ジョゼはセルジュに突っかかった。
「何よそれ、人をチェスの駒みたいに言わないでよね。私は私のタイミングでそういうことを考えるわ」
「……そうは言うが、ジョゼ。党員になるからには、党の方針に従って貰わなくてはならない場面が多くある。数を集め、集団で戦わなくてはならないのが政治だ。特に現在野党である我々は、それこそチェスの駒のように戦略的に動かなければ、選挙に勝てない」
淡々と説き伏せられ、ジョゼは閉口した。
一方的に頼りない男認定していたが、彼だって選挙を勝ち抜いて来た政治家のひとりなのだ。選挙に勝つ方法は、自分よりセルジュの方がよく分かっている。
「……セルジュは私を押し出して女性参政権を叶えようというわけなの?」
「逆だ。女性参政権が叶った暁には、強力な個性を持った候補が必要になるということだ。庶民なら尚のこといい。女も身分関係なく議員になれるというロールモデルになれる」
「クロヴィス議員のような?」
「ああ。第二のクロヴィス議員になるかい、ジョゼ」
それを聞くと、クロヴィスは笑った。
「貴族の君に出自のことを言われると、何だかこそばゆいね」
セルジュがぎくりと顔をこわばらせる。
「……失礼致しました」
「まあいい。確かに、彼女は強烈な個性を持っている。異民族出身、娼館の若き経営者、難事件の解決、そしてその美貌」
美貌、と言われてジョゼは胸を高鳴らせたが、
「立派な票田になり得る」
と続けられ、すんと鼻をすすった。本当に、彼女は党にとって駒にしか過ぎないのである。
と、そこに馬車の音が駆け込んで来た。忙しく玄関の扉が開き、どやどやと男たちが応接間に入って来る。




