21.狂った季節
「犯人は、あなただ」
そう言ってベルナールが指差したのは、クローデットだった。
急にそう宣言されたクローデットは、慌てて反論する。
「は?どこにも証拠がないのに、どうして私が犯人だって言うのよ!」
ベルナールは既に頭の中で整理がついているらしく、とつとつと述べた。
「その、片方の袖。恐らく、ヒ素でグリーンに染めているのでは?」
ぐっ、とクローデットが言葉に詰まる。
「よく見せてみろ」
ベルナールは近づいて行って、彼女のラッフル・スリーブをひょいとつまむ。
時間が経ってはいるが、その袖先はしっとりと濡れていた。
「菓子をつまむ間に、デボラ様の目を盗んで紅茶にこっそりこの〝毒の袖〟を浸したのではないか?袖についたヒ素が紅茶に溶け出し、それが彼女の死因になったのだ。更にその疑惑を強化するのは、君が持って来た食器だ。バルバラ様の用意した銀食器では化学反応が起き、ヒ素を入れたことが即座にバレてしまう。だから、事前に磁器をわざわざ手土産として持参した……そうだろう」
クローデットはなおも反論した。
「馬鹿馬鹿しいわ。何を根拠に──」
「根拠はこれから探す。それが〝捜査〟という我々の仕事だ」
「なっ……!」
「袖の付け替えやヒ素での染色は、誰かに頼んだんだろう?君の屋敷に行ってお針子でも問いただせば、すぐに証拠は上がって来る。誰にだって、仕事への使命や良心があるだろうからな」
「くっ……!」
誰が指示するでもなく、クローデットに警官たちが集まって来る。クローデットは暴れたが、すぐに彼らに取り押さえられ、両脇を固められてしまった。
すると
「この世はああああ、狂ってんのよおおお!!」
突如クローデットが叫び出した。ジョゼは怯えるミシェルを背にかばう。余りに抵抗が激しいので、ベルナールも彼女を押さえつけるのに加勢した。
「なんでっ……なんで愛した人と結婚出来ないのよおおおおお!」
広々とした屋敷に慟哭が響く。
「しかもこのデボラは、妊娠していたって……!そんなの、ズルい!許せない!」
ジョゼは憐れな女を悲しげに、その黒い瞳でじっと見つめた。
「身分が何よ、先に結婚したから何よ、ううっ……私の邪魔をするものは全部許さないんだからっ……!みんな、死んじゃええええええ!!」
ミシェルはじっとその悲痛な叫びを聞きながら、ぽつりと呟いた。
「……馬鹿ね。そんなの、みんな同じよ」
ジョゼはそれを聞き、ミシェルを振り返った。
「愛しても愛されないし、愛されても愛せない。そんなことばっかりじゃない?人生って」
まだ十六歳の若いジョゼには、腑に落ちない言葉ではあったが。
「そうね。全部が上手く行くなんてこと、ないわよね」
修羅の環境にいた彼女には自ら選んだ道や愛などはなく、〝死ななかったから偶然ここにいる〟という結果しか知らないし、見えていないのであった。
「おい、大人しくしろっ」
ベルナールが仲間のひとりから縄を受け取り、慣れた手つきで拘束する。クローデットは泣き狂いながら、屋敷の外へ連れ出されて行った。
ふと、赤いドレスとピンクのドレスが動き出す。
「やめたやめた。私、今日でオーブリー男爵と縁を切るわ」
「私も。何か……割に合わないわ、こんな関係」
ベレニスとカサンドルはバルバラの元へ行って、男爵との別れを告げる。バルバラは驚いていたが、近くの召使に何か命じながら荒れた現場を片付け始めた。
ジョゼとミシェルも、顔を見合わせる。
「……私たちも、帰ろっか」
「ええ」
現場には、まだ手付かずのガレット缶が残っていた。
ミシェルはそれをひょいとさらって持ち上げると、鼻歌を歌いながら歩き出した。バルバラに丁寧に別れの挨拶をしてから、ジョゼもその後に続く。
馬車に乗って王都に帰る道すがら、ガレット缶の封を開けながらミシェルは言った。
「ジョゼはさあ、恋ってしたことないの?」
ジョゼは困ったように微笑むと
「ないわ」
と簡単に答えた。
「したいって思わない?」
「別に。思わないわ」
「えー、勿体ない!恋はいいよ~。人を狂わせる麻薬であり、劇薬なんだよ、あれは」
ジョゼは窓の外へ視線を向け、閉口した。
(だからしたくないのよ。何かに頼ってしがみつく人生なんて、御免だわ)
しかし──なぜか、ミシェルの言葉はジョゼの心をざわつかせるのだった。
翳り行くジョゼの瞳に、王都が見えて来る。と、隣からバリバリと威勢のいい音が聞こえて来た。
「うわ〜。噂通り、このガレットめっちゃ美味しい!」
ジョゼは、甘い恋には目を背けたが、甘い菓子には目がなかった。
「……いいなぁ」
「ジョゼにもあげるよ、ほら」
「あっ、ありがとう!」
「いい男も紹介してあげようか?」
「だから、そういうのはいいって……そんなもの、いらない!」
「男を〝そんなもの〟扱い!?イイね~、ジョゼ!それでこそ女傑だよ!」
ミシェルはゲラゲラ笑うと、揺れる馬車の中、夕闇に酔い知れるように愛の歌を歌い出すのだった。




