13.スパイの葬列
フェドー邸に着くと、周囲は召使がばたばたと走り回っていた。
ジョゼはそのひとりを捕まえて尋ねる。
「シュザンヌ様はいらっしゃいますか?フレデリク様が生前うちにお忘れになった、金の結婚指輪を返しに来たのですが」
召使はすぐに走って行った。ジョゼは落ち着きなく、その場で爪先をこつこつと打ち鳴らす。
しばらくすると、召使が出て来た。
「ジョゼ様。奥様が、是非お会いになりたいと」
ジョゼは入れ替わるようにやって来た執事に連れられ、フェドー邸に足を踏み入れた。
通されたのは客間ではなく、シュザンヌの寝室であった。恐らく、内密の話をするつもりだ。ジョゼはぞっとしながら、しかし自分の中で出した仮説が当たっている予感に打ち震える。
「ごきげんよう」
窓辺に立っていた、喪服のシュザンヌが振り返る。
50代の美しい中年の女。その黒い髪には、染め切れない白いものが混ざっていた。
ジョゼは微笑みながら指輪を取り出すと、言った。
「フレデリク様がお忘れになった、金の結婚指輪をお持ちしました」
シュザンヌはその貼り付けたような少女の微笑みに、特に疑問を抱かなかったようだ。
「ありがとう。あなたにはお礼をしなくてはね」
「お礼はいりません。ですが、お聞きしたいことが……」
ジョゼははっきりとした口調で問う。
「奥様は例の指輪紛失騒動をフレデリク様から告げられるや、工房〝ミドナ〟にて、この指輪のレプリカを大急ぎで発注なさいましたね?これは一体何を意味するのか、教えて頂きたいのですが」
「……!」
「ご遺体は、レプリカを身に着けてらっしゃったそうですね?」
「な、何のことだか……」
「言い逃れは出来ませんよ。だって本物はここにあるのだから」
「わ、私は夫に頼まれてレプリカを作りに行っただけよ……意味とかそういうことは、よく分からないわ」
シュザンヌはとぼけて見せたが、明らかに顔色が悪い。ジョゼは断言した。
「あの首無し遺体は偽者です。フレデリク様は生きています」
すると
「馬鹿な事言わないで!」
シュザンヌは激高した。このままだと言葉の応酬になりそうなので、ジョゼはあえて声のトーンを落とす。
「首無し連続殺人の遺体は、警察によってスパイ容疑のある男たちのものだと判明しました。なぜ、首がないのか……それは猟奇殺人などでは断じてなく、身元確認を曖昧にするスパイの裏技です。そして、彼らはその遺体を人身売買組織から購入し、手に入れていた」
「死者を愚弄する気!?」
「首は、かなり鋭利なもので切断されたと鑑定されました。のこぎりで押して引いてでは、あそこまで綺麗には切れません。ではこの首無し遺体は、一体どうやって作られたのか──?」
「や、やめなさい!」
「ギロチンです。20年前、各地で〝忌むべき凶器〟として焼き捨てられたはずの、沢山の血を吸ったギロチン。けれど実は、その一部は人身売買組織の手に渡り、脅し道具として活躍していました。あれを使って身代わりの遺体を作り出すまでは良かったのですが、フレデリク様は死後〝本人証明〟となるはずの、いつも身につけていた結婚指輪を紛失してしまった。そこであなたは慌てて指輪を作らせ、遺体にねじ込み、夫のように偽装した」
「やめっ……」
「奥様。人買いが容疑を吐き、フレデリク様の罪が知られれば、あなたもいずれスパイ幇助の罪に問われます。黙っていても時間の問題です。でも、全てを話せば罪は軽くなるわ。夫のためとはいえ犯罪の片棒を担ぐのはおよしになって、素直に警察に出頭してください」
蒼白になったシュザンヌだったが、急に笑みを浮かべてこんなことを言った。
「なら、生きたフレデリクをここに連れて来なさいよ」
今度はジョゼの方が身構える番だった。
「出来ないんでしょう?なら、私の勝ちよ」
ジョゼも、負けじとほくそ笑む。
「では、フレデリク様を連れて来れば……フレデリク様は死んだことになりませんよね?」
思いがけない返しに、シュザンヌは目を見張った。
「何を言ってるの?今から葬儀を……」
「あの方は、実はもう見つかっているんです」
「んなっ……」
ジョゼは勝ち誇ったように言った。
「あの人は、出国するまで王都のギロチンと共にいるのです。違いますか?」
シュザンヌは顔面蒼白になる。
「な、なぜあなたがそれを知ってるの……?」
その言葉を受け、ジョゼは勝利の微笑みを浮かべた。
「お認めになりましたね?」
シュザンヌの顔が凍りつく。
「ま、まさかあなた……私にかまをかけたの……!?」
ジョゼは勝利の微笑みを浮かべた。
と、その時。
遠くから、聞き慣れた馬車の音がする。
ジョゼは音の方に顔を向けて呟いた。
「……間に合ったみたいですね」
急に話を遮られ、頭上に疑問符を浮かべているシュザンヌにジョゼは告げた。
「警察が来ました……この葬儀を止めに」
「!?まさか本当にフレデリクは……!」
「どうやら、捕まったみたいですね。ご無事で何よりです」
するとシュザンヌは奇声を上げてジョゼに飛び掛かった。ジョゼはひょいと身をかわすと、シュザンヌのドレスの脇を踏む。シュザンヌの体はバランスを崩し、腕は虚空を彷徨い、膝から床に崩れ落ちた。
騒ぎを聞きつけたのか召使たちが走り込んで来て、ジョゼの両脇を拘束する。
ジョゼはそのまま羽交締めにされ、屋敷から追い出された。
遅れてやって来た馬車から、ベルナールが出て来た。別の召使が対応している。
屋敷から追い出されたジョゼとベルナールが、玄関前で鉢合わせた。
「ふむ。太客の屋敷から追い出される娼館の主、か」
彼はそう言ってニヤリと笑う。
「人買いがようやく遺体を切断した凶器とフレデリク様の居場所を供述したんで、葬儀を止めにすっ飛んで来た。王宮すぐ近くの、街のど真ん中に奴らの所有する倉庫があってね。凶器となったギロチンはそこにあるそうだ。そして、そこにフレデリク様は隠れているらしい」
「予想通りね。死亡届が通って死者になれるまでは、国内にとどまっていると思ったのよ。フレデリク様も、まさかこんなに速く人買いが警察に捕まり、遺体が偽物だとバレるとは思っていなかったでしょう」
「しかし……なぜお前はフェドー議員がギロチンと共にいるはずなどと言い出したんだ?」
ベルナールの問いに、ジョゼは簡単に答えた。
「この国以外で、本物のギロチンを拝める場所はないからよ。あんな大きなギロチン持って国外脱出は無理だと思うから、最後くらいはギロチンと共にいるんじゃないかと思って」
「あのなぁ……」
「続きはシュザンヌ様と、署でやって」
ベルナールは呆れたように頭を掻いたが、屋敷からシュザンヌの奇声がしたので警官を引き連れ、フェドー邸へ速足で入って行く。
「葬儀は中止だ!奥様をここへ」
やにわに召使たちは屋敷へと入って行く。その背中を見送っていると、
「ジョゼ」
背後から声をかけられた。
そこには、怪訝な顔をしたセルジュが立っていた。
「君が人身売買組織の所有する倉庫とやらに心当たりがあったというのは、どういうことなんだ?」
ジョゼは涼しい顔をして答えた。
「私、ベルナールの前では言い出せなかったんだけど……本物のギロチンを保管している倉庫が王宮のすぐそばにあるっていうことは知っていたの。うちの店のギロチンは馴染みの大工さんがわざわざそこの倉庫番と話を付けて、その本物を見ながらそっくりに作ってくれたものだったから」
「そうなのか……」
「あの倉庫を人身売買組織が所有していたとは初耳だったわ。でも、もう解決したも同然ね。あとは警察に任せましょう」
葬儀に参列する目的を失った二人は、早々にその場を去った。




