116.陰謀論
それから一週間後。
ジョゼは再び王宮に呼ばれた。
何となく原因は分かっている──
王宮へ向かう馬車の中で、ジョゼは新聞を開いた。
各紙、アルバン二世の醜聞で溢れ返っていた。王宮で起きた愛妾の殺人事件はセンセーショナルに連日報じられ、それがきっかけで芋づる式に王の自堕落な生活が(事実も嘘も含めて)引きずり出されていた。
王室側が声明を出し、新聞社も訂正記事を出したが一向に収集はつかなくなっている。
〝王室側がメディアを操作して事実を隠匿しようとしたのだ〟
民衆はそう受け止めた。
いわゆる〝陰謀論〟がまことしやかに囁かれるようになったのである。
ジョゼには嫌な予感しかしなかった。
「きっと、私がこの情報を漏らしたと疑われているんだわ」
王から呼び出しの手紙が来た時点で、ジョゼは覚悟を決めていた。
「謹慎……いいえ、投獄の可能性も」
思考は悪い方にしか転ばない。
どの記事が嘘でどの記事が真実か──民衆も王族側も、それを証明する手立てなど何も持ち合わせていない。
一旦センセーショナルな記事が出てしまったため、王族側が何を言っても民衆に信じて貰えないフェーズに入ってしまったのである。
「は~。……困ったわ」
これもノールの綿密な計画だったかと思うと、頭が痛い。
「王も憔悴し切っているでしょうね……」
王宮に着き、ジョゼは重い足取りで王宮に入って行った。
しかし──
「やあジョゼ!難事件を解決してくれたこと、感謝する」
意外にも、そこにはいつもの元気なアルバン二世がいたのだ。
玉座の間に通されたジョゼは何だか釈然としない。
王はどことなく生気がみなぎっているとすら思える。ジョゼは彼の奇妙な様子を眺め、むしろ疲労が深まった。
「いやぁ、大変なことになったな〜!」
呑気にアルバン二世は言う。ジョゼはしかめ面でこうべを垂れた。
「陛下……そうですね……本当に」
「私は、悪く言われることには慣れているから大丈夫だ。それに警察によると、アラドが新聞社に事件をリークしたらしいじゃないか」
それを聞き、ジョゼはほっと息を吐いた。
「供述が取れたのですね」
「ああ。だからその点はもうクリアになっている。私が今日君を呼び出したのは、新聞記事についての話をするためではない」
「……?では、なぜ」
ジョゼが話を向けると、王は言った。
「別の話で新聞を書き換えなければならないんだ」
ジョゼの胸がざわつく。アルバン二世はどす黒い笑顔でこう言い放った。
「これから戦争をするんだよ」
ジョゼは目を見開いた。
「えっ。戦争……ですか?」
「ああ。別の領土を取りに行く」
「領土……」
「ソラナスと係争中の土地があるだろう。あれを取りに行くんだ」
「係争中の土地と言うと……」
「サラーナ平原の西、オル・ブフ。少数民族ブフ族の住む地だよ」
オル・ブフはよく知っている。限りなくソラナス国に近いブフ族が遊牧している場所だ。ジョゼは話を聞き、はらわたが煮えくり返った。
こいつはまた、遊牧民の土地を奪いに行くのだ。
しかも「醜聞を新聞から消したい」などという、つまらぬ欲のために──
「開戦すれば、新聞はそれ一色となる。暇を持て余した民衆も熱狂する。どうだ、いい案だろう?」
ジョゼは喉を掻きむしりたいのをぐっと堪え、にこやかに言った。
「それで?私を呼び出したのは、一体なぜなのでしょうか」
アルバン二世は言う。
「私が戦争にかかりきりになっている間、裏社会における愛妾のお目付け役をしてもらいたい」
「愛妾の目付……」
「先の戦争で私は全員ほったらかしにしてしまい、現実に引き戻された時には城内の人間関係は空中分解を起こしていた。臣下が愛妾を取り合い、愛妾は詐欺師に騙され、財政は悪化し──そういった事態を避けたいんだよ」
「申し訳ありませんが陛下、私には娼館の仕事が」
「分かっている。要は、愛妾を裏社会側から監視して欲しいんだ。今までは私に言ってくれれば何でも解決してやっていたが、戦争が始まるとそこまで手が回らなくなる。君は裏社会で顔が利くだろう?彼女たちは表でも裏でも色んなトラブルを起こすから、何かあったら解決してやってくれ。君ですら手に負えないことがあれば、その時はこちらに話を持って来い。前金なら支払おう」
ジョゼにとって悪い話ではない。
城内の人間関係に首を突っ込んでおけば、今後また別の手段で王のアキレス腱を狙えるかもしれないのだ。
王のいない間に、何か裏工作が出来るかもしれない。
(やっておくか……)
これはチャンスなのだ。ジョゼは素直にそう思った。
「前金で、おいくらいただけますか?」
「5000デニーやろう」
「まあ、そんなに……」
金額も悪くない。
「それならば、引き受けましょう」
「彼女たちにも伝えておく。くれぐれもトラブルは他言なきよう」
「かしこまりました」
要は、王と愛妾の間に入る仲介役ということなのだろう。
執事がうやうやしく書類を持って来て、サインを要求する。
ジョゼは書類を隅々まで読み込むと、契約書にサインした。
「……愛妾と申しますと、リストなどはあるでしょうか?事前にどんな方がいるか知っておきたいのですけれど」
「その件については、あとで文書で知らせる。口頭で伝えるには情報量が多すぎるのだ」
「はぁ……」
「大きな金の動く案件だから、呼び立てた。そういうことだからよろしく。では次の謁見が控えているから早く出て行ってくれ」
ジョゼは苦笑いをしながら差し出された札束を懐に入れると、玉座の間を去って行った。
これが終わると、ジョゼは馬車に乗って街外れを目指す。
揺られながらふつふつと、新たな怒りが腹の底から湧いて来る。
ノールにひとこと言ってやらないと気が済まない。
「あの子のせいだわ。あの子のせいでまた戦争が起き、罪のない民族が攻撃されてしまう……!」




