115.醜聞
ジョゼは娼館の前で降ろしてもらい、いつもの業務に戻った。
事務室の革のソファにもたれ、小さなシャンデリアのある天井を見上げる。
「はー、びっくりした……」
ノールの手口が、かなり大胆になって来た。このままでは早晩目を付けられて捕まってしまう。
(またノールに会った方がいいわね。そろそろ捕まるって、釘を刺しておかないと)
ジョゼはノールを失いたくない。
なのに彼女はどうしてそれを分かってくれないのだろう。
ふと、テーブルに投げ置かれたままの夕刊が目に入る。
一面を見て、ジョゼはぎょっと目を見開いた。
〝アルバン二世の寝室で愛妾クレール殺害される〟
ジョゼは慌てて体を起こし、新聞を読み込んだ。
しまった。
ジョゼの推理とアラドの逮捕劇は先程行われたばかりだ。なので新聞には、犯人特定がされていない午前の時点の事件内容が掲載されてしまったのだろう。
それにしても──
(なぜ何もかも王宮内で収められたことが、あろうことか夕刊の一面を飾ってしまっているの?一体誰がリークを……?)
そこまで考え、ジョゼは我に返った。
「……訂正記事を書いてもらわないと!」
今ならまだ、テオール新聞社の営業時間に間に合う。
ジョゼは夕暮れの中、馬を出して新聞社まで走って行った。
テオール新聞社内にて。
ジョゼに会うなり、ラウルは興奮気味に話し出した。
「見たか!?夕刊スクープを!!」
ジョゼはラウルの言葉を塞ぐように声を大にして言った。
「その件については、私が解決したわ」
「えっ、そうだったの!?じゃあ早速ここで取材を……」
「こらっ」
ジョゼはぴしゃりとラウルの言葉を跳ねのけた。
「私はのこのこ取材されに来たんじゃないのよ。なぜあなたがこの事件を知ってるのか?って聞きに来たのよ!」
するとラウルは黙秘するように首を横に振った。
「それは守秘義務があるので言えないよ」
「あのね、こっちにだって守秘義務があるのよ。王宮内での事件は外に出しては駄目なの。だからこの記事は取り下げて貰わないと……事件を解決した私が疑われちゃうじゃない」
「そういうことだったのか。でもそうは言っても、もう刷って販売しちゃってるからな~。あ、そうそう。今日の夕刊、凄く売り上げがいいってよ」
はぐらかしにかかっているラウルの裏をかこうと、ジョゼは単刀直入に言った。
「あなたに王宮での出来事を教えたのは、ノールなの?」
すると意外にも、ラウルは首を横に振った。
「誰それ?違うよ」
──となると、あの人しかいない。ジョゼは言った。
「じゃあ、アラドね?家具職人ギルドのアラド」
するとラウルは分かりやすく黙りこくってしまう。ジョゼはにやりと笑った。
「そうよね。だって彼は、陛下に罪を負わせたかったのだから──」
「……ジョゼには敵わないなあ。で?事件解決っていうのは、一体どういうことなんだい」
「とにかく、陛下は愛妾殺しの犯人ではないってことなのよ。恐らくこの記事を受けて、王室側が何か反論をしてくると思うわ。その時には、ちゃんと訂正記事を出してよね。そうじゃないと私が疑われるんだから」
「恩人のジョゼにそう言われちゃ、やるしかないな~めんどくさいけど」
「いいこと?私の名前は絶対に出さないでよね!」
意外にも、アラドが新聞社にアルバン二世の醜聞を吹き込んだのだ。しかし、とジョゼは自分を律する。
(アラドなら、ノールに入知恵されていた可能性が高いわね……)
恐らく彼は、遺体を投げ込んだその翌朝に新聞社へ行ったのだ。
(犯人自ら隠匿、犯人自ら醜聞をまき散らす。そうすれば、吹き込んだノールに罪は及ばない……。考えたわねあの娘)
ノールには何のお咎めもない。偶然とはいえ殺人事件の現場に居合わせ、一瞬で主従関係を作りアラドを操り人形にしてのけたノール。恐ろしいとしか言いようがない。
ジョゼは新聞社を出た。
今宵も娼館の扉が開く。
ジョゼが娼館の営業に奔走しているのとほぼ同時刻に、ノールの屋敷の扉も開かれていた。
その扉の向こうに待っていたのは──
「ベルナール・ド・シモンだ。君に話があって来た」
ノールは刑事とその背後にいる捜査員とを眺め、妖艶に微笑んだ。




