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第十章.血濡れの愛妾

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114.あの子はそんな子じゃない

「証拠……だと?」


 王妃ヴィクトワールは頷いた。


「ええ。まあ、証言でもいいわ。あなたとノール以外に、その話を聞いたという人はいるのかしら」

「いや……二人でしか話してないから、何とも……」

「ならば、どうとでも言えますわ。アラドはノールに罪を被せようとしているのではなくって?ノールはとっても大人しい女性よ。そんな大それたことが出来るとは思えないわ」


 そう言って、王妃はアルバン二世に目配せをする。アルバン二世は我に返ると、おっかなびっくり頷いた。


「そ、そうだな……」


 アラドはこういった展開も予測出来ていたのか、悔しそうに歯噛みする。


「お、俺が言った事は真実だ。信じてくれ──」


 ベルナールが冷たく言い放つ。


「信じるかどうかは今からこちらで判断する。さあ、来るんだ」

「くそっ……」


 アラドは衛兵に脇を固められ、思ったより静かに王の寝室を出て行った。


 アルバン二世はわなわなと震え出す。


「まさか……ノールが……」


 困ったことになったとジョゼはうつむいていたが、ヴィクトワールがすぐに夫を取り成した。


「アラドは苦し紛れにあんなことを言ったに違いないわ。王の妾にうつつを抜かすような恥知らずだから、おおかたノールにも手を出そうとしてやりこめられ、逆恨みをしただけでしょう」


 もっともらしい予想を提示され、アルバン二世も少し気を取り直したようだ。


「なるほど、確かに……」

「しっかりして下さい陛下!人殺しの話などに、一国の王が惑わされてはなりませぬ」


 なよっとした外見とは裏腹に、思ったよりもヴィクトワールの圧は強い。皇女スレンと同じように彼女も一国の王女であったのだから、気が強いのは当然といえば当然であろう。


 仲は悪いらしいが、彼らも王家の代表としての矜持はあるようだ。互いが間違えそうになったら牽制し合う。王族特有の使命感、連帯感を持っているようだ。不思議な関係の二人を眺めながら、ジョゼは今日ほどヴィクトワールを頼もしく思ったことはなかった。


 アルバン二世が声をかけて来る。


「ジョゼ、それにベルナール。犯人を捕まえてくれてありがとう。私は危うく濡れ衣を着せられるところであった──礼を言うぞ」


 ジョゼとベルナールはようやく肩の荷を下ろして微笑んだ。


「礼には及びません、陛下」

「ところでジョゼ」

「はい」

「ノールはなぜ私を犯人に仕立てようとしたのだろうか?」


 ジョゼは一瞬言葉に詰まったが、すぐにこう答えた。


「まだそのようなことをおっしゃるのですか?そんなこと、あろうはずがありません。ノールとは知り合いですが、彼女はそんな大それたことを出来る女性ではないはずです。彼女は……とても心の優しい女性ですから」


 アルバン二世は気を取り直した。


「そ、そうだよな。大体、私に濡れ衣を着せてノールの得になることなど何ひとつない」

「その通りです陛下。特にさしたる証拠もないわけですし、アラドの話は流して構わない。私はそう思います」


 ベルナールが話に割って入った。


「陛下。捜査へのご協力、感謝申し上げます。ジョゼ、俺はもう戻るからあとは好きにしてくれ」

「待って、ベルナール。私も行くわ」


 ジョゼは両陛下に別れの挨拶をした。


「では、私もこれで……」




 そそくさと王宮を出ると、馬車に乗り込みながらベルナールがジョゼに問うた。


「さっきのアラドの話……どう思う?」


 ジョゼは顔色を読まれないよう、うつむいて答えた。


「王が失脚すれば、愛妾のノールだってそしられる可能性が高い。金銭的にも困るだろうし、わざわざそんなことをするとは思えないわ」

「まあ、そうだが……ノールは陛下に個人的な恨みがあったりしないか?わざと困らせてやりたい、というような」

「それは……私にも分からないわ。人の胸の内にあることは、たとえ探偵でも暴けない」


 ベルナールは深く椅子に腰かけると、予想もつかないことを口にした。


「ジョゼは彼女と親しいんだろう?一度、ノールに会わせてもらえないだろうか」


 ジョゼは嫌な予感がして、あえてはぐらかした。


「私は仲立ちしないわ。彼女に会いたいなら、自分でアポイントを取りなさいよ。仮にもあなた、男でしょう」


 するとベルナールは顔を赤くした。


「……そっ、そういうつもりで頼んだんじゃない。俺は捜査の一環で──」

「ならやっぱり自分で行きなさいよ。腐っても刑事じゃないの」


 ベルナールは困惑しながら頬を掻いた。

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